フロリダ攻防戦
ニューヨークからフロリダまでの長距離移動を、ポップの変身後の能力、背中のロケットエンジンを全開で吹かして成層圏近くにまで一気に上昇し、宙から急降下という荒業でわずか数分で到着。
現場へと辿り着いた二人が目の当りにした光景は、二体のデータが湿地帯で激しい戦闘を繰り広げ、湿地の一部が荒野と化したものだった。
連絡を受けた段階では、フロリダに出現したのは狐型のデータ一体だけであった。
それが移動のほんの数分の間に事態が変化していた。まさかもう一体出現するとは。
「どうする?」
ポップがアイリッシュ系の青年に質問を。
当初の計画とは大幅な狂いが。
「情報が必要だ。俺達が来るまでに何があったかを話してくれ」
動揺した様子など微塵も見せずに冷静な口調で言う。
彼が説明を求めた相手は、現地、ニューヨークには赴かずに、フロリダに残り、地元にデーモンが出現した時に対処にあたる任を担ったデーモンだった。
先祖のネイティブアメリカンをモチーフにしたデーモンは簡潔な説明を。
彼がデータ出現を知らせる信号を国立公園内の湿地帯でキャッチし、現場へと向かうと狐型のデータが。すぐにニューヨークに集結している他のデーモン達に連絡を。応援が到着するまで、一人で事態にあたるのか、それとも観察に徹するのか、思案していたネイティブアメリカンのデーモンの目に一匹のミシシッピーワニが。それが瞬く間に肥大化した。
巨大なワニが、狐型のデータへと襲い掛かった。
周囲の環境を、一変させてしまうような激しい戦闘に。
「どうする? 俺達だけで戦うか? それとも他の連中が来るまで待つか?」
ポップが再び口を開く。
予定が瓦解した今、今後の判断を年下のリーダーに訊く。
アイリッシュ系の青年は目の前で繰り広げられているデータ同士の戦闘を観察しながら、逡巡した。
二体のデータを共に破壊、及び回収できればそれに越したことはない。
しかしながら二体のデータは共に強大な力を有しているようであり、現在の戦力では二体とも確実に仕留めることができるという保証はない。
応援を待つべきなのだろうか。数が増えれば、戦力が増せば、勝つ公算が高くなる。しかしながら、仲間が駆け付けるまでにはまだまだ時間がかかってしまうのは紛れもない事実。その間に戦闘が、この人気のない湿地から、観光客の多い場所へと移動し、そこで甚大な被害を出してしまうのは望むところではない、その悪い想像はでき得る限り避けたい。
ワニの姿が変貌した。
背中に蝙蝠のような大きな翼が生え、まるでドラゴンのような姿に。
大きく翼を羽ばたかせ巨大な身体は宙に。顎をほぼ垂直に開口し、火球を、ブレスを狐型のデータへ目がけて放つ。
直撃を喰らった狐型のデータは、その後立て続けにブレスの餌食に。
ドラゴンが優位に戦いを進めていた。
このままいけば、ドラゴンが狐型のデータを簡単に駆逐してしまうような勢いであった。そうなれば狐型のデータを破壊するという当初の目的は果たせる、しかしながらより強大なデータが存在したままになる。そのままその姿を何もせずに消してくれるのであれば何ら問題はないのだが、他の場所で暴れ回るかもしれない可能性は非常に高い。それが人口の多い場所ならば、先日のロンドンとは比べものにならないくらいに被害者が出てしまうことは容易に想像できる。
「……まずはあのドラゴンを倒す」
アイリッシュ系の青年は小さく言う。
狐型のデータと共闘することを決断した。
力と数の戦いであった。
一人一人の力、それに狐型のデータ、いずれもドラゴンに劣る戦力しか有してはいなかった。一対一の戦いであれば、数分、いやもしかしたら数秒で敗北を喫していたかもしれないほど、強力な存在であった。
にもかかわらず、戦闘を維持どころかやや優勢であるのは三対一という数に勝る状況だけではなく、三人のデーモンの能力が上手く作用し、連携できたからである。
アイリッシュ系の青年が変身したデーモンは現代風にアレンジされた西洋鎧で、その両手にはそれぞれ槍と盾が装備されていた。しかしながら槍を使用することはほとんどなく盾での防御に専念。その後ろからネイティブアメリカンのデーモンがトマホークで遠距離の攻撃を仕掛ける。効果はあまりなかったが、それでよかった。この攻撃はいわば撒き餌のようなもの、けん制であった。
本命の攻撃は、隙だらけの無防備な背後への強烈な一撃。ポップがロケットエンジンを吹かし上昇し、高高度から一撃離脱の急降下による体当たりをお見舞いする。
それに加え、狐型のデータも攻撃を。
徐々にではあるが、ドラゴンを追い込んでいった。
ポップがドラゴンの翼をもぎ取り、その巨体を地面へと、湿地帯へと引きずりおろした。のたうち回る身体に槍が突き刺さる。
そしてとどめの一撃が。
全ての力を出し切り、ようやくドラゴンの動きを止めた。退治に成功した。
強敵を倒した、アメリカを守った、歓喜に震え、喜びの声を上げようとしたが、三人共に声を出すことはできなかった。これは三者とも同様に先の戦闘で疲れ果てて、声を出すことが、それどころか指一本も動かせない程に疲弊していたというのはもちろんだが、それ以上に大事なことを、ほぼ同時に思い出したからであった。
そう、戦闘が激しかったばかりに忘れていた、失念した、危惧していたことを。
共闘という形をとっていた狐型のデータは他のデータを吸収し、強くなる可能性があるということを。
そしてとどめを刺したのは、あの狐型のデータ。
疲労困憊で今にもその場に倒れこんでしまいそうな三人の目の前で、狐型のデータがドラゴンの力をその体内に取り込もうとしていた。
三人の前で、その姿が。
先のドラゴンのように大きな変化があったわけではない、尻尾の数が増え、形が少し変化しただけ。
大きな変貌があったわけではなかった。その身体もあのドラゴンよりも小さなものであった。
それなのに、圧倒的な力を感じた。
疲弊した現状ではなく、万全の状態であっても絶対に勝てない。そう思えるほどの差であった。
成す術もなく蹂躙されていく未来が見えた。
絶望が一気にこの場を支配する。死という言葉が、三人の脳裏をよぎった。
だが、狐型のデータはそんな三人のことはまるで歯牙にもかけない、弱い者の相手なんかしない、より強者のデータを狩りに行く、そんな佇まいで優雅に宙に浮き、湿地帯から離れようとした。
これに一人は助かったと安堵し、一人は己の無力さに屈辱を感じた。そして残る一人は……。
老体にムチ打ち、残る力を振り絞り、油断している狐型のデータの背後へと取り付いた。そして二人に声を残し、背中のロケットを全開で吹かして、狐型のデータを抱えたまま急上昇を開始した。
瞬く間に、その姿は小さくなり、消えていった。
ポップが東の空へと、狐型のデータ諸共にまるでロケットのように飛んで行ってから数分後、日本にいる美月へと連絡が入った。
その連絡を受けるなり美月はモゲタンに「行くぞ」と声を。
〈ああ、了解だ。アレを忘れるなよ〉
少女の身体には大きくて似つかわしくない左腕のクロノグラフモゲタンが。
「分かっているって。あ、それから麻実さんも今回はお願い」
横に居て、一緒にアメリカからの連絡を受けた麻実に声をかける。
「任せなさい」
麻実の返事を聞くと同時に、美月は携帯バッグを手に取る。そして……
「それじゃ桂、行ってくる。どれくらいで帰れるから分からないから先に寝ていて」
まだ就寝の時間には早いのだが、何時に帰ってこれるか。明日が休日ならともかく平日、つまり桂には仕事がある。
「うん。……でも、できるだけ待っているから。……なるべく早く……それから無事に帰ってきてね」
「分かっている」
「良い雰囲気なところ邪魔して悪いけど、行くわよシロ」
黒のゴスロリ風の姿に変身した麻実が、同じく変身した小柄な美月の身体を後ろから抱きかかえ、ベランダから夜空へと飛び立った。




