上陸
今回主人公は登場しません。
予測は、ある意味当たり、ある意味外れた。
これまでの経緯、経路からして、おそらく次はアメリカ大陸の何処かに出現する公算が高いであろうと予測していた。
これは当ったのだが、出現した場所は外れた。
前回はロンドンという人口の密集地。次にもしアメリカに出現した場合、おそらく東海岸に出現するのではないのだろうかという考え、アメリカにいるデーモンの大半が東海岸の大都市、ニューヨークに集結し、襲来に備えた。
これはある意味正解であった。狐型のデータは、アメリカの東側に。
ここまでは的中であったが、その姿を再び人類の前に見せたのは広義の意味では東海岸ではあるが、正確には東海岸には含まれない土地に。
その場所はフロリダであった。
「まさか、フロリダとはな」
ニューヨークのとある一室で、ドーナツを食べながらデータ出現に備えて待機していたデーモンの一人が呟く。
東海岸の大きな都市に、数人ずつ分散して備えていた。
この部屋にはアメリカの各地から集まった六人のデーモンが。
「予想外だな」
「ああ、これだったらあのリトルガールも誘ったほうが良かったんじゃないのか」
リトルガールとは美月のことである。
この名称で美月を呼ぶのはアメリカのデーモン達だけ。見た目通りの少女、ということでこの呼称で呼んでいるのはもちろんだが、それ以外にも大きな理由が。
それは美月の強大な力を、かつて広島に投下された原子爆弾リトルボーイにひっかけてのもの。
日本人の感覚からしたらその名前は不謹慎なものなのだが、アメリカという国家においては、日本に投下された二発の原子爆弾は戦争を終わらせた記念すべき兵器。
それに準えての名称。
だが、これを大っぴらに、美月にも言っているかといえばそうではなく、この呼び方はアメリカ在住のデーモン達の間でだけ飛び交っている、隠語、身内だけの符牒、のようなものであった。
「彼女はレイズのファンなのか?」
レイズ、とはタンパベイレイズのこと。アメリカンリーグに所属しているメジャーリーグのチーム。かつて日本の野茂、森、岩村が所属しており、2012年シーズンは八月まで松井秀喜がいた。
「あのくらいの年頃の子がベースボールになんか興味はないだろ。NFLかNBAだろ」
バスケットとアメリカンフットボールのこと。
「ジャパンはベースボールが人気なんだろ?」
「あの子は女の子だぞ」
「じゃあ、どうして?」
「ワールドだよ」
「ああ、なるほどな。子供は好きだからなディズニー」
フロリダ州にはディズニーワールドがある。
「まあそれは例のデータを回収してから、改めてご招待すればいいだけのことだ。リトルガールの力は強大だが必要ない。この国は俺達アメリカ人の力で守る」
この言葉の後、部屋中に響き渡るような歓声とも雄たけびともつかないような声が上がった。
「それでフロリダの何処に出現したんだ? ワールドの近くか?」
「いや、国立公園内の湿地帯らしい」
「ということは、人は少ないな」
「大暴れしても大丈夫だな。ミシシッピーワニが絶滅するくらいだな。アイツらはいなくなったほうが世の中のためだ。俺の先祖の一人もご主人様達の悪戯で喰われてしまったらしいからな」
集っているうちに一人、黒人の青年が言う。
「そう言うなよ、あれでも大事な観光資源だ。そうでなくても環境問題や昔の乱獲で絶滅の危機に瀕している」
「……そんなことはどうでもいい。誰が行くんだ?」
これまでずっと部屋に居ながら一言も発していなかった初老の男が。
「ポップ、少し待ってくれ」
ポップと呼んだが、それは彼の名前ではない。ポップという言葉には親父という意味合いが含まれている。事実、彼はこの部屋の中で待機している人間の中で一番の年嵩であった。
「言っておくが、俺は一人しか運べないからな」
待機場所の近場に出現した場合は全員で現場に、そうでない場合、つまり今の状況のように予想外の遠距離に出現した場合は移動能力が高いものが駆け付ける、またはそのデーモンが他の力のあるデーモンを現場にまで運ぶということになっていた。
「手筈通りに、私だ」
白人の青年が言う。
このアイリッシュ系の青年がこの中で一番の戦闘能力を保持していた。狐型のデータの力が分からない以上、戦力を出し惜しみすることなく、もっとも強い力で早期に決着を図る作戦であった。
そして、それが上手くいかなかった場合に備えて、他の、ニューヨークに、この部屋に集まっている以外のデーモンも、随時駆け付け、件のデータの破壊、及び回収に当たることに。
「じゃあ、行くか」
そう言うと、ポップと呼ばれた初老の男はコーヒーを流し込み、静かに立ち上がる。
「よろしく頼む」
「ああ、祖国を守るためだ」
狐型のデータを退治するために、アメリカという国を守るために、男達が行動を開始した。




