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コロンブスをぶっとばせ

2024年に問題になるとは思いませんでした。


 ロンドンの惨劇から数日後。

 あの狐型のデータは依然その姿を隠したままで、現在どこにいるのか全く分からない状況が続いていた。

 そんな状況下で成す術なく、アレが再び出現するのをただ待つだけの身になっているかといえば、そうではなく、ヨーロッパ在住のデーモンでロンドン近郊に住む者は、かの地で残滓を探したり、または復興の手助け、瓦礫の排除、をしたり、英国に行けない者達は、この中には美月も含まれているが、次に出現しそうなポイントを数少ない情報を元にしてなんとか割り出そうと躍起になりながら議論を重ねていた。

 そんな議論の結果、これまでの進行方向からしておそらく西だろう、となるとアメリカが有力なのでは、ということで意見がまとまった

 アメリカの東海岸には大きな都市がいくつもある。

 その中には最も大きい、世界一の都市、ニューヨークがある。

 そこに突如出現し、ロンドンの時のように、いやそれ以上に暴れまわったりしたら、先の被害を上回るような未曾有の惨劇になってしまうことは、容易に想像できてしまう。

 ということで、ニューヨークを中心にして警戒することに、予め複数人のデーモンが待機し、不測の事態が起きた場合に対応に当たることが決定した。

 広範囲の捜索能力を有する美月はニューヨークでの待機を志願したのだが、アメリカのマッシブなデーモン達に、それからモゲタンに諭され、彼等にしてみれば幼い少女を前線に立たせたくないという正義感から、渋々日本での待機を余儀なくされた。

 だが、これは非常に正しい選択であった。

 アメリカに、ニューヨークに出現するかもというのはあくまで予測、しかもあまり精度のよくない、であって、もしかしたら北米大陸を素通りして、再び日本に出現するという可能性だって十分にあり得る。そうなった場合、美月が国内にいないと、対応できるデーモンは現在のところ麻実一人だけになってしまう。そして麻実には、あの狐型のデータに一人で対抗できるだけの力はない。

 それに加えて、身近な人間の平穏な日々を守ると、心の中で一人決意したのに。

 かくして美月は、日本で情報を、吉報を待つ身に。


 といっても、四六時中報告が来るのをじっと待っているわけにはいかない。

 一応日常の生活というものがある。

 いつものように学校に行き、受験勉強をし、そして家事に勤しむ。

 そんな中で、

「ねえ、昨日言っていたコロンブスの二の舞を踏むなって、どういう意味なの?」

 と、桂が。

 これは自身は全く能力を有してはいないのだが、事情を知る身として、ネット上の会議に参加、とまではいかなくても一応横に一緒にいて成り行きを見守っていたのだが、いかんせん睡魔に勝てずに先に就寝した桂であったが、半分寝かかった脳で聞いていた二人のやり取りを、脳内が再び活性した、つまり起きてから突如として思い出して質問を。

「言葉のとおり」

「アメリカが酷いことになってしまうから」

 美月と麻実の口から。

 質問には答えてもらったのだが、

「どういうこと? コロンブスって偉人じゃないの?」

 と、桂は再度質問を。

 桂にとってコロンブスという人物は、アメリカ大陸を発見した偉人。後は、幼い頃に流れていたアイドル歌手のヒット曲の歌詞に出てくるくらいのもの。

 コロンブス=酷いという式が桂の脳内ではうまくかみ合わなかった。

「じゃないのよ、これが。奴は稀代の大悪人なの」

「だって、新大陸を発見したんでしょ」

「それはヨーロッパ、白人主観の歴史で、アメリカ大陸にはネイティブアメリカンが先住していたわけだから」

「……言われていれば、たしかにそうかも」

「それに、最近の学説ではコロンブスより以前にバイキングが上陸している可能性があるらしいし」

 麻実と美月が交互に桂に説明を。

「今はそんな風に教えているんだ。私達の時とは違うんだ」

「いや、授業の内容自体はそんなに変わっていないよ。これは教科書の内容じゃなくて、先生が個人的にしたものだから」

「そうなの……あれ? でもさ、それだけならまだ大悪人というのはかわいそうなんじゃ」

「いや、それがさ。俺も教えてもらって初めて知ったんだけど、本当に酷い」

「うん、あたしも聞いててドン引きしたもんね」

「そんなに酷いことしたの?」

「まずね、ネイティブアメリカンを奴隷としてヨーロッパに送った」

「それは酷いこととは思うけど、当時の社会としてはそういうのは当たり前に行われていた行為なんじゃ」

「まず、って言っただろ。これはまだ序の口」

「うん、そう。奴隷も十分酷いけど、もっと悪辣なことをしたのよコロンブス一行は」

「……何をしたの?」

 思わず固唾を呑みながら桂は聞いてしまう。

「虐殺、大虐殺」

「……そんなに人が死んだの?」

「ゲーム感覚で人を殺しまくっていたのよ」

「一説によると、数百万人ものネイティブアメリカンが殺された。まあこれは虐殺だけじゃなくて、コロンブスが持ち込んだ病原体による可能性もあるけど」

「ペストとかコレラをアメリカ大陸に持ち込んだのよね。まあもっとも、そのお返しというわけじゃないけど、コロンブス一行もヨーロッパにはなかった病気を持ち帰ったけど」

「それは異説ありとか言っていたような記憶があるけど」

「いいのよ、こっちのほうが。ちょっと不謹慎だけど、ざまあって感じで」

「その病気って?」

「……梅毒」

「……それって性病の?」

「うん、そう。ああ、二人ともちゃんとしてる? って、モゲタンがいるから大丈夫か。じゃあそれ以前は大丈夫だった? ちゃんとしてた?」

 この場にいるのはアラサーの女性教師と、女子中学生が二人。

 こう書くと、未成年が二人で、性病の話はまだ早いのではと思われるかもしれないが、実際には車の免許が取得可能でAVの視聴も可能な年齢と、肉体年齢はまだ十代前半女子でありながら、その中身は三十路前の成人男性。

「私は、稲葉くんにしか身体を許していないから」

「……俺もまあ大丈夫だよ……多分」

「シロ、なんか言いよどんだー」

「まさか、浮気なんかしてないよね稲葉くん?」

「……してない。……してない、絶対に」

「本当に?」

「本当、していない」

 天地神明にかけて美月は、稲葉志郎は、桂以外の女性と肉体的関係をもったことはなかった。ついでにいうと、この少女の姿になってからの男性経験も当然なし、にもかかわらず言い淀んでしまったのにはそれなりの理由が。

 それは、かつて劇団内で危うい関係に発展しそうになった、鋼の心で、それを未遂に終わらせた経験が何度か。後は、バイト仲間に風俗に誘われ、誘惑に耐えながら、さらに言えばお金がなくて断ったことも。つまりずっと一穴主義を貫いてきた。それなのに言い淀んだのは、ほんのわずかばかりだか桂以外の女性に靡きそうになったことへの記憶がふと脳裏によぎり、その結果であった。

「うん、信じる」

「……桂」

「はいはい、ごちそうさま」

「いえいえ、お粗末様でした。……それで話を戻すけど、コロンブスの悪行は分かったけどさ、それでも一応は新大陸への航路を見つけたんだから偉人になるんじゃないのかな。ほら、織田信長だって長島で酷いことをしたじゃない」

 桂が言っているのは、長島一向一揆のこと。約三万もの門徒や女子供、そのほとんどを焼き討ちにした。

「まあ功罪はあるけど、一応偉人には入るかな。コロンブス交換という言葉もあるくらい、それによって色んな物が東の大陸と西の大陸を移動したわけだし」

「何? そんな言葉あるの? コロンブスに関係ある言葉って、コロンブスの卵くらいしか知らないよ」

「それは、俺も初めて聞いた」

「これは先生言ってなかったよね。そうそう、シロが嫌いで、桂が大好きなものもコロンブスによってヨーロッパにもたらされたという説があるわね、たしか」

「何?」

「何だろ?」

「チョコ、カカオよ」

「えっ? カカオってアフリカで採れるんじゃないの?」

 桂の中ではチョコレートは主にガーナで栽培されている植物。ガーナは西アフリカの国。

「それが違うのよ。原産はアメリカ大陸で、神の飲みものとされる代物だったのよ。それがヨーロッパに渡って、それからアレヤコレヤと色々あって今のようなチョコになったの。アフリカで栽培されているのは植民地ということもあるけど、他にもなんかメンドクサイ理由があったような気がしたけど……」

〈おそらくカカオベルトのことだな。チョコの原材料となるカカオは北緯南緯ともに20度まででしか生育しない植物だ〉

 麻実が言っていることを捕捉、おそらくこうであろうと推論して、左腕のクロノグラフモゲタンが、美月しか聞こえない声で脳内に話しかける。

 脳内での説明を美月が、外の二人へと。

「そうそう。あ、チョコ関係でちょっと変なこと思い出したんだけど、砂糖って中毒性のある食べ物なんだって」

 現代のチョコには砂糖が含まれている。

「へー、そうなんだ」

「あー、それはちょっと分かるかも。甘いお菓子ってなかなか止められないのよね」

「だから桂、気をつけないと」

「何で私だけに言うのよ。稲葉くんはともかく麻実ちゃんだってお菓子大好きじゃない」

「えー、だってあたしは食べても太らない体質だし、それはシロも同じだから。この中で仲間外れなのは桂だけだから」

「ひどーい」

「まあ、麻実さんの言うことも一理あるかも」

「稲葉くんまで」

「でもさ、麻実さんもお菓子を食べ過ぎないように。今はいいけど、今後どうなるか分からないんだから、良くない習慣は改善したほうがいいから」

「はーい」


 その後、中毒性の話からジャンキーに話題が移行し、ヴィクトリア女王もマリファナを吸っていたとか、架空の人物ではあるがシャーロック・ホームズも愛用していたとかになり、そこからアニメの『名探偵ホームズ』に。桂は「犬だけど可愛かった」という感想を、美月は「広川太一郎が良い。広川節最高、ちょっと憧れたけどできなかった」、そして麻実は「宮崎アニメのアクションは最高」という話をするのだが、割愛することにする。

 美月達が日常を少しだけ取り戻し、話に興じている頃、あの狐型のデータが予測通りにアメリカにその姿を現した。



もう一度。

広川節は良いものです。

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