TRPG
突発的に思いついた話。
本筋とはあまり関係のない、番外編的なものです。
九月一日、暦の上では九月だが、実はまだ夏休み期間であった。
というのも、一日が土曜日、そして二日は日曜日ということで、二学期の開始は月曜日、つまり三日からであった。
この残り少ない中学最後の夏休み、美月達は麻実に部屋へと呼び出されていた。
その目的は、新学期に備えての勉強会、または受験を見据えての自主勉、はたまた後二日しかないのに未だに夏休みの課題が全て終了していなくて全員で分担し、まだ空白なままのノートを埋めようと画策、ということは全然なく、麻実がみんなをよんだ理由は、遊び、であった。
「TRPGするわよ」
という一言、というかメールによって、文、知恵、靖子、そして美月の四人が呼び出された。
高めの志望校を目指している美月にとっては本来ならば遊んでいるような時間はないのだが、四六時中受験勉強に専念するなんていうことは常人離れした能力を持つ美月でもなかなかに難しい。時には息抜きも必要。
それに加えていつものように麻実の強引な誘いによって、半ば強制的に参加を。
他の三人も夏休みの課題を全て済ませており、まあ有体にいって暇であったから麻実の誘いを承諾。
本当ならば、桂も誘う予定ではあったのだが、生徒とは違い、教師は新学期の準備で忙しい。ということで今回は参加を見送りに。
そしていつもならば、美月の家にだいたい集まるのだが、先も述べたように桂が新学期の準備に追われているために、今回は麻実の部屋で。
「二学期に入る前に美月ちゃんに会えるのは嬉しいけど。でも、集まってRPGをするってどういうことなの? 私はゲームには詳しくないからよく知らないけど、RPGって一人でするゲームなんじゃないの?」
麻実に家に集合し、それからしばらくお喋りに興じ、その中で出たのが靖子のこの疑問。
靖子の知識では、RPGはテレビで一人でするファンタジーのゲーム。それをみんなで集まってプレイするということがどういうことだか全然分からなかった。
「あれじゃないかな。麻実さんはきっと新しいオンラインゲームを見つけて、それをちょっとプレイしてみせて、それで興味を持ったらみんなが参加する。もしくはドラクエか、FFのレベル上げの作業を交替でするとか?」
多少なりとも知識のある文が言う。
「そんな鬼畜のような所業を麻実さんが思いついたとしても美月ちゃんがストップをかけるわ。あんな、麻実さんがウチらを呼んだんは|CRPGをするためやなくてTRPGをするためや」
「それって違うものなの?」
「テーブルトークってゲームの名前じゃないの?」
靖子と文が同じようなタイミングで疑問の声を。
「ちゃう。CRPGはコンピュータ。まあ電源がいるゲームで、TRPGは非電源のゲームや」
「それの何が違うの?」
「えっと……説明が面倒くさいな。麻実さん、パス」
「それをシロに」
「……え、僕が説明するの」
「美月ちゃんしたことあるの?」
TRPGはまだ稲葉志郎であった頃、高校生の時に経験したことが、遊んだことがあった。演技の練習になるかもしれないということでプレイしたのだが、その時自分がこれ程までアドリブ芝居が下手なんだと思い知らされた、今は経験を積んで改善したが、苦い記憶が。
だが、そのことを正直に話すわけにはいかない。
「したことはないけど、麻実さんに借りた本で一応少しは理解しているから。えっとね、簡単に説明すると……大人の……ごっこ遊びかな」
「ごっこ遊び?」
「ごっこ遊びって子供のするものでしょ。それが大人のって。……どういう意味?」
「ルールが合って。キャラクターを作ったり、それを演じたり、後はサイコロをふったりとか」
「せっかく美月ちゃんが説明してくれているのに、全然理解できない」
「なんか余計こんがらがっちゃった」
「まあ、美月ちゃんの説明は間違ってはないんやけどな。ウチも何回かしたことあるけど、ホンマ説明が難しいわ」
「ゴチャゴチャ言っていないで、実際にしてみれば、どんなのか分かるわよ。まあ、あたしも本当はしたことないんだけどさ。けど、昔病院にいた頃にリプレイ集を読んで興味を持って、それで関連する本を色々と集めたのよね」
そう言って、麻実はみんなが囲むテーブルの上に何冊もの本を広げた。
「ファンタジーだけじゃなくて学園物のゲームもあるんだ」
「あ、この学校の名前、私の苗字と同じ」
文と靖子の二人が手に取っているのは『蓬莱学園の冒険』という作品。
「どんな内容なの?」
二度目の中学生を満喫、とまではいかなくともそれでも充実した日々を送っている美月が、ゲームの中でも学園生活を送らなくてもと思いつつも、面白そうなイラストに少しだけ興味を惹かれて訊ねる。
「えっと、南の島の生徒数十万人以上の超巨大学園で色んなことをするゲーム」
「それじゃ、ざっくりしすぎて分かんないよ」
「たしか、元はTRPGやなくて、メールゲームとかいう郵便を使ったものらしいわ。そんでグランドマスターが柳川房彦。今の名前は新城カズマ」
「流石、知恵。詳しいわね」
「まあ、ウチもオトンから聞いたことがあるくらいの知識しかしらんからな。それにオトンは新城カズマの小説好きやねん。ウチも読んだことあるし」
「ということは、お父さんがそのゲームに参加していたの?」
「いや、それが美月ちゃん。ウチのオトンは、最初の蓬莱学園自体には参加してへん。その後のには参加したみたいやけど。まあ、それは置いといて、蓬莱学園は何でもありの学園物とかゆうとったな、たしか」
「その通り。この学園では何でもあり。原発もあるし、軍隊もあるし、超巨大な迷宮図書館も存在するし、地底世界も出てくるの」
「ちょっと面白そうかな」
「あ、後ね。蓬莱学園の小説短編集で賀東招二はデビューしているのよ」
「……誰ですか、その人?」
「ああ、靖子は知らないか。シロは分かるわよね」
「ゴメン。僕もその名前に心当たりがないんだけど」
突如麻実に振られるが、美月には聞き覚えのない名前であった。
「ほら、ふもっふ、フルメタルパニックの作者よ」
麻実のお薦めで観た京都アニメーション制作の『フルメタルパニック? ふもっふ』。テンポの良いギャグアニメで大笑いしながら観ていた。
「ああ、あの作品の作者か」
小説自体は読んだことはないが、アニメは楽しんで、笑いながら観た。
「そういや、そうやったな。ほんで、短編集で書いたキャラを元ネタにしてフルメタのほうでも出したんやったな」
「やるわね、知恵」
「いやいや麻実さんこそ流石やで。ウチはオトンに聞いただけやもん」
そう言いながら、麻実と知恵が固い握手を。
それを残る三人が不思議そうな顔を浮かべながら眺めるという、少々シュールな状況がしばしの間続いた。
「へー、SF物、ロケット関係のRPGもあるんだ」
文庫本タイプのルールブックを手に取りながら美月が言う。
「シロはそれに興味を持ったんだ。まあ、ある意味必然かもしれないけど」
「どういう意味?」
「それはねロケットガールっていう小説を元にしたTRPGなの。その小説は凄いのよ、読んで面白くて、その上ロケットに関する基礎知識が身に付く。富士見ファンタジア文庫なのに、本格的なSF作品としての評価も高いの」
「ああ、それってたしかアニメにもなっとったよな」
「ええ、そうよ」
「ロケットのアニメなんかあったんだー」
「で、僕がこれを選ぶのは必然というのは? 別にロケット関係が趣味というわけじゃないけどな」
かつての芝居仲間にはいたが、美月自身はそれほど興味のないジャンル。
「この小説の作者の野尻抱介さんは、三重の津出身で今も在住なんだって」
「そうなの?」
津市で生まれ育ったのだが、その作者のことも、この作品のことも美月は知らなかった。
「知っていて選んだんじゃないの?」
「知らない」
「ほなら、これやってみようか」
「えー、SFするのは嫌かも」
「でも、さっきの麻実さんの説明だと勉強にもなるみたいだから」
知恵、文、靖子の順で発言を。
「えっと、ゴメン。出しておいてなんだけど、これをするのは無理。ルール自体はそんなに難しくないんだけど、あたしの頭じゃGMするのはちょっと……」
そう言いながら麻実は両手を合わせて、小さく頭を下げた。
「これちょっと気持ち悪い、というか不気味な感じがする。これってもしかしてホラー物なの。私はこういう怖そうなのはちょっと無理かな。…けどさ、もし美月ちゃんがしたいというのなら……」
少々おどろおどろしい表紙に目を背けながらも、指差して靖子が言う。
「あ、それってニャル子さんの元ネタじゃん」
文が言う。
ちなみに、ニャル子というのは『這いよれニャル子さん』というアニメで、原作はライトノベル。少し前にアニメが放送されていた。
「ああ、ク・リトル・リトル神話のRPGやな」
「あれ? 表紙にはクトゥルフって書いてあるよ」
「流石ね、知恵。荒俣風の読み方でくるなんて」
作家の荒俣宏のことである。
「いやいや、それに即座に対応できる麻実さんも流石やで」
本日二度目の固い握手を。
「二人だけで分かり合っていないで説明してよー」
文が説明を要求する。
「オッホン、それじゃ文や靖子、それからシロにも分かるくらい簡単に説明するわね。これはねラブクラフトというアメリカ人によって書かれたホラー小説なの。それが面白かったから、その当時の色んな作家が、出てくる架空の神や地名を借りて他の作品を書いて、それがクトゥルフ神話と呼ばれるようになったの。それで次に、読み方なんだけど、それはね人には発音不可能な音だから。だから、翻訳する時に色んなバージョンが派生したのよ」
「そんでク・リトル・リトルは博物学者の荒俣宏さんのや」
「へー」
「そうなんだ」
美月と文が同時に感心の声を。
「あの……いつも思うんですけど、そういう知識ってどうやって仕入れるんですか?」
半ば感心、半ば呆れたような感想を懐きながら靖子が質問を。
「ウチの場合は大体はオトン、そんで時々オカンやな。それで興味持ったらネットでより深く調べるとか」
「あたしの場合もだいたいネットかな。でも、これに関してはこの本」
そう言って麻実が胸の前に抱えたのは一冊のソフトカバーの本。
HJから刊行された『クトゥルフハンドブック』
「古本屋で偶然に、しかも安く手に入れたんだ」
「なんか、古そう」
「バブルの頃に初版が出ているわね」
本の奥付を見ながら麻実が。
「ああ、それは確かに古いわ」
五人中、まだ四人がこの世に誕生していない時代の出版物。
「でね、関係ない話になるかもしれないけど、これ読んでいてちょっと思ったんだけどさ、この本にね、リプレイも載っているの、そこにジャンヌの復活を目論む青髭公が登場するのよ。これってさ、もしかしたらって思わない」
「あ、もしかしたら、それってフェイト・ゼロのこと?」
青髭公という言葉に美月はピンとくるものが。麻実や知恵の影響によって観ていたアニメのタイトルを挙げる。
「そう、その通りよシロ」
「ああ、なるほどな」
「どういうことなの?」
「虚淵さんってクトゥルフ神話が好きなんでしょ。だから、もしかしたらこの本のリプレイがあのジル・ド・レェの元ネタとまでは言わないけどさ、もしかしたら何らかの影響を与えているかもしれないって考えたのよ」
「それはあるかもな。バブルの頃なんてネットなんかない時代やもんな。本で情報を集めるような時代。まあ、読んどる可能性はあるやろな」
「それってすごく不便」
「想像できない」
文と靖子、二人がネットのない時代の感想を。
しかしながら、見た目の年齢と姿に反して中身は三十路前の男である美月は、ネットのない時代も経験しているので、そういえばそんな時代もあったなと少々懐かしがるのだが、それを口に出して言うわけにはいかないので、心の中で一人密かに。
ともかく、TRPGをすることになったものの、未だにするゲームが決まらずに脱線した話ばかりを繰り広げている女子中学生達が、中には十八歳女子も中身が三十路男もいるのだが、果たしてどんなゲームを選び、どんなプレイをするのか。
それはまた別の機会に。
20万PVに到達しました。
ありがとうございます。




