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久々


 やってて良かった公文式、ではなく展開していて良かったこの能力、もっといえばこの機能を麻実に考えてもらって本当に良かったと美月は心の底から思った。

 その力とは、二段階目の変身時に周辺の空間を、データもろとも閉鎖する能力のこと。

 これは世間にあまり晒したくない恥ずかしい姿、美月の個人的な感想、を覆い隠すという目的もあるが、それ以上にデータが暴れて周囲に被害を出さないことが主。

 それが今、十全に発揮されていた。

 データ出現を知らせる警告音が美月の脳内に鳴り響き、マルボロレッドのマウンテンパーカーのような、正確にはM51モッズコートを基にした、姿に変身し、麻実と一緒に出撃。

 今回のデータは大きな卵の形をしていた。

 動かない物体を破壊することは実に容易い。

 素早く壊し、データを回収し、戻るつもりでいた美月であったが、左腕のクロノグラフモゲタンに用心のためにマウンテンパーカーのようなコートを脱ぎ捨てノースリーブな魔法少女のような姿になることを促された。

 脱ぎ捨てたマルボロレッドのコートは空中に広がり、閉鎖空間を瞬時に構築。

 この段階では美月はそこまでする必要はないのではと考えていた。

 だが、それをすぐに翻すことに。

 卵型のデータの表面に無数の亀裂が突如生じ、中から飛び出してくる物体が。

 美月よりも大きな飛蝗(ばった)、殿様飛蝗であった。

 あきらかに爬虫類、もしくは鳥類のような卵であったにも関わらず、出てきた姿は昆虫のそれであった。

 昆虫というのは自重の何倍ものパワーを生み出す。

 この飛蝗型のデータも強靭な後ろ脚を駆使し、美月の閉鎖した空間内を縦横無尽に跳ね回っていた。

 美月の常人離れをした能力があっても捕まえることがなかなかできない。

 スピード自体には対処できる、事実データの背後をとることは可能、なのだがその度に力強い後ろ脚の蹴りで反撃を喰らいそうに。

 当たりさえしなかったものの、まともに喰らえばそれ相応のダメージを受けていたはずと直感的に美月は感じるし、またモゲタンも同じ意見を。

 そんな状況ではあったが、まだ美月の中に少しだけこの姿に変身しなくても、前の姿でもどうにかできたのではという考えがあった。

 姿、というか衣装が変わり、閉鎖空間を構築し、能力もやや向上するけど、それが二倍も三倍も上がる、劇的に強くなるわけではない。人の多い場所での戦闘ともなれば、この能力は大いに有効なのだが、現在データが出現した場所は人気の少ない、いやほとんどいない夜の河川。橋、または堤防が破壊されてしまうのは問題ではあるのだが、その辺りには近付けさせずにデータを捕まえ、回収できると思っていた。 

 つまり、冒頭のような心境にはまだ至っていなかった。

 では、何故そこに至ったかというと、それは飛蝗型データの一つの動き。

 大きな翅を広げた。これだけならば、普通の飛蝗でもよくある行動である。しかし、その広げた翅から粉のようなものが散布される。

 モゲタンが散布された粉を簡易ではあるが素早く解析。

 美月事態には大きな影響を与えないのだが、通常の人間にとっては危険性が、神経器官を麻痺させ、最悪の場合死に至らせるような毒性の強い物質であった。

 それを周囲にまき散らす。もし閉鎖した空間内でなければ、この危険な毒性の粉は、風に流され川下へと、つまり多くの人が住んでいる街へと流れてしまう、それによって夥しい犠牲者を出してしまう可能性が。仮に、そこまで毒が届かなかったとしても川の水の中で溶けて自然環境に悪影響が出るという懸念も。

 これが美月が冒頭での考えに至ったプロセスである。


「それにしても飛蝗型とはね。どう考えても、そのシチュエーションなら蛾でしょ。まあ、百歩譲って蝶でもいいけど、飛蝗はないわよ、非常識よ」

 苦戦の末、飛蝗型データの捕獲、破壊、回収を済ませ、外で待機していた麻実と合流した美月は内部で繰り広げた戦闘のことを話す。その際に出たのが、先の麻実の言葉。

「どういうこと?」

 理解できずに美月は質問を。

「シロ、モスラ観たことないの?」

「モスラは一応知ってはいるけど……そういえば観たことはないな」

「観なさいよ、絶対。モスラが名作なのはもちろんだけど、モスラ対ゴジラもすごく良いから。なんてったって名古屋が舞台になるし、それに四日市のコンビナートも出てくるのよ」

「子供の頃にたしか上演していたよな。あれってそんなに面白い作品だったんだ」

「多分だけど、それ違う。シロが言っているのはゴジラvsモスラの方だと思う。平成シリーズになってからもモスラは登場しているから」

「ふーん、そうなんだ」

 大人になってヒーローショーのアルバイトに携わった経験はあるものの、特撮物にはそんなに詳しくない。

「そうなのよ」

「それでモスラがどうしたの?」

「モスラはね、普通の卵みたいなのから産まれるの。まあ、殻を割って出てくるのは幼虫なんだけど。それにモスラも羽から鱗粉を出して攻撃するし」

「ええっ、モスラって飛ぶだけの大きな蛾じゃなかったの」

 詳しくはないが少しくらい知識はある。美月にとってのモスラの知識は、大きな蛾。それと後は、小美人という小さな双子の美少女がいるくらい。

「そうよ。大きな卵で、それから鱗粉での攻撃、どう考えてもモスラでしょ。それなのに蛾じゃなくて飛蝗とは。どうせ飛蝗ならさ、バイクに乗る変身ヒーローにでもなってくれればいいのに」

「……まあ、言いたいことは何となく分かるけど……」

「ああ、そういえばさ、話がちょっと変わるけど、こないだよりも時間かかったよね、今日のデータは強かった?」

「手強かったのは手強かった。動きも読めないような変則的だったし……けどさ、それ以上に怖かった」

「怖かった? 飛蝗が?」

「小さいのなら今でも多分平気だと思う。けどさ、よく見ると飛蝗の顔って怖いんだよね。それが俺に向かって飛んでくる。それだけでも十分恐怖の対象になるのに、その上噛みつこうとするんだ。それもさめちゃくちゃ強い力で」

「まあ、たしかによく考えてみれば人よりも大きな昆虫が眼前に迫ってくるというのはなかなか怖いわね」

「でしょ」

「でもさ、倒したんだし。それにシロも怪我とかはしてないんでしょ?」

「うん、まあ。大きな顎で噛まれそうになったけどなんとか防いだし」

「まあ、それなら良かったじゃない。……あ、今変なこと思いついたんだけどさ。聞きたい?」

 麻実が悪戯っ子のような笑みを浮かべて言う。

「うーん、じゃあいいや」

 わざと素っ気ない口調で美月が言う。

「そんなこと言わないで、聞いてよ、シロ」

「冗談だよ。それで?」

「あのね、なんかゲームみたいだなと思ってさ」

「……ゲーム?」

「ほら、シロってさ、というかあたし以外の他のデーモンもだけど、みんなデータを倒して強くなっていくじゃない。それで、データの方も強くなっていって倒すのが少しずつ難しくなっていくじゃない」

「まあ、そうだね」

 ズィア達、ヨーロッパ勢との連絡で、最近では一人では倒しきれなくて、複数人でデータを囲み、そして破壊、回収していると。

「それってさ、なんかRPGみたいだなと急に思いついたわけよ」

「つまり、データの回収が経験値みたいなものでレベルアップしていき、それに伴い敵も強力になっていくということ?」

「うん、そう」

〈面白いとは思うが、ゲームではなく紛れもない現実だ。たしかにデータを回収すると、その能力の一部を得て強くはなるが、それはレベルアップと呼称されるものとは異なるものだ。また、経験を積み重ねて、データの対処が上手くはなるが、そこには経験値という数字は存在しない〉

 脳内で話すモゲタンの声を、美月は麻実にも伝える。

「そうか。……違うか……けどさ、ゲームだったら良かったかもとちょっと思うんだよね。それだったら、現実にはデータによって傷付いた人はいないから」

「……麻実さん」

「それに、もしそうだったらあたしは最低レベルでのクリアができるかなって」

「どういうこと?」

「あたしはさ、まだ一体のデータも破壊していないじゃん、回収もしていないでしょ。今更最高レベルを目指すのなんて無理、というか、面倒くさいから、だったらその逆を目標にしてみようかなって」

「それって?」

「これからも、あたしはシロが戦うのを見ているだけ」

「いや、それは。向うでも集団、RPG風に言うならパーティーを組んでデータと戦っているんだから、麻実さんも協力してほしいな」

「だってほら、あたしはデータを回収しないほうが本当は良いんだし。モゲタンが帰っちゃったら、空を自由に飛べなくなっちゃうから。だから、このままシロの後ろで見ることに徹することを、この場で宣言します」

 高らかに宣言を。

 これを聞いて美月は、麻実の言い分も理解できるためになんら言い返すことができずに、困惑気味な表情に。

 そんな美月を尻目に、麻実はまだまだ暑い太陽よりもまぶしい笑顔で浮かべた。



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