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マーフィーの法則 


 世の中、得てして起きてほしくないタイミングで厄介なことが身にふりかかるものである。

 少々大げさな書き方ではあるが、美月にも面倒というか、こんな時にと思うような状況で。

 三重への帰省から都内へと戻り、日常の生活へ。

 といっても、まだ八月、夏休み中。

 だからといって残り少ない中学三年生の夏を思い切り楽しむ、もしくはダラダラと怠惰な生活を送る、というわけにはいかない。

 なんといっても受験生。

 志望校にはまだまだ合格確実という成績ではない。そしてそのうえ桑名にいる時には勉強をほとんどしていなかった。

 ネジを巻きなおして、心機一転、受験勉強に一心に励む所存であった。

 そのために、桂を職場へと送り出した後、素早く家事を、洗濯物を干し、机の前にかじりついて遅れ、というわけではないが滞っている参考書を解こうとしていた。

 実際に、詰まることなく面白いように問題を解いていく。

 良い調子であった。

 そんな矢先にデータ出現を知らせる警告音が美月の脳内に。

 流石に放置しておくわけにはいかない。

 このまま受験勉強に没頭していたら、その間にどんな被害が。

 美月は、もしかしたら人生で一番かもしれないほど集中していた受験勉強を一旦止めて、珍しく出撃することを厭わなかった麻実と一緒に、データが出現した場所へと急行した。


 今回麻実がついてきた理由は、もしかしたらあの狐型のデータがまた現れるのではと考え、同行したのだが、その目論見は見事に外れることに。

 それはともかく、データをそのまま放置しておくわけにはいかない。

 美月は変身し、それから麻実に促されて渋々二段階目の変身もし、データを閉じ込め破壊、及び回収を。

 その間、麻実はいつものように見ているだけであった。

 ともかく、周囲に被害が出る前に無事事態を解決、

 しかしながら、何もかもが上手くいったかというとそうでもなかった。

 代償というわけではないのだが、出撃する前には美月の中で満ち満ちていた受験勉強に対するやる気と集中力が消失してしまっていた。

 帰宅後、先程までとは全然違い、全く動かないシャーペンを握りしめながら美月は思わず愚痴のようなものを漏らしてしまう。

「そういうのって、マーシーの法則って言うんだっけ」

 独り言のような、思わず出た呟きのような言葉であったが、あれから同じ部屋で勉強をしている麻実の耳に届いてしまったようであった。

 そして、その愚痴のようなものを受けての声が先程のもの。

「違うよ、麻実さん。マーシーじゃなくて、マーフィー。それに意味合いもちょっと違う。あれは失敗する可能性のあるものは失敗するというもので」

「そうそう、そうだったわよね」

「理解していただいたようで何より」

「ところでさ、そのマーフィーでちょっと思ったんだけど」

「何?」

「シロはさ、どっちのマーフィーが好き?」

「……どういうこと?」

 疑問の往復が。

「アトムと宏一、どっちの声のエディーマーフィーが好きなのかなと思って」

 麻実の言葉に美月はしばし考える。

 麻実は名前でしか言っていないが、おそらく下条アトムと山寺宏一のことであろう、その二人のどちらの吹き替えが好みなのかを聞いているのだろう。

 昔は下条アトムのほうが好きだった。しかし、経験を重ねた今では、芸達者の山寺宏一の吹き替えのほうがしっくりくる。

「山寺宏一かな」

「やっぱりシロからみても、というか聞いてもそうなんだ。あたしも同じ」

「あの人、上手いからね」

「そういえば知ってる? 昔ね、山寺宏一は東海ラジオで番組やってたんだよ」

「うん、まあ。でも、聞いたことはないけど」

 放送当時はまだ小学生。深夜ラジオを積極的に聞くような年頃ではなかった。

「知ってるんだ? どうやって知った? あたしはねネットで知ったんだ。だからさ、どんなラジオだったかまでは分からないの」

「前にね、紙芝居のお兄さんから聞いた」

 以前に何かの話で突然話題に上って、詳細にとまではいかないが、それでもどんな内容であったのかを教えてもらったことがあった。

「あの人なんでも知ってんなー。今回の帰省で会わなかったことがちょっと悔やまれるわね」

 麻実は夏の帰省では都合が合わずに会っていなかった。

「当時ラジオでしていたコントみたいなものも再現して披露してくれた」

「くそ、ますます悔やまれるわ。……そうだ、シロならさ、それを再現できるんじゃないの。うん、君なら絶対に可能なはず。ということで、今からあたしの前でしてちょうだい」

 無理難題を突然押し付けられてしまう。

「うーん……ソックリそのままというのは不可能だけど、なんとなくの雰囲気を再現することはかろうじて可能かな……あ、駄目だ、だいたいの内容は憶えているけど、やれるだけの記憶がない。うろ覚えだ」

〈それなら問題はないぞ。ワタシは当時のことを記録してある。音声を文字化して、キミの脳内で展開しよう。麻実を楽しませることができる〉

 脳内にモゲタンの声が。

「……モゲタンが助けてくれるみたいだから、一応することは可能。……だけど、練習したことなくてぶっつけ本番だから面白くないかもしれないけど」

 モゲタンの声は美月にしか聞こえない。だから、黙っていればせずにすんだのに、正直に話してしまう。

 そして、予め下手だという予防線を一応張って。

「いいわよ、さ、それじゃあ披露してちょうだい」


 本来は男子高校生三人、それから男性教諭が登場人物なのだが、中身は成人男性であるが、見た目も声も女子中学生の美月は、今回は全ての人物を女性に置き換えて、アレンジして演じることに。

 元気馬鹿な女子高生、真面目な女子校生、元の話では不良なのだがギャルで、そして先生は少しトーンを押さえて大人の雰囲気をなんとか演じてみせる。

 紙芝居のお兄さんのように上手くできなかった。くだらない落ちを上手く昇華させることができなかった。

 それでも初めて、ぶっつけ本番でした割りには割とでき、一応及第点であった。

実際、聞き手である麻実は大いに笑って楽しんでくれていた。

 だが、美月本人としては少々不甲斐ない、もっと面白くできたんじゃないのか、工夫して笑いを取る術があったのではないかという反省とも、忸怩たる思いともつかないものが美月の中に芽生え始めていた。


「ねえねえ、他にはないの?」

 麻実がおかわりを要求。

 その言葉に美月は応えようとした。

 他にも教えてもらった、聞いた話がまだいくつかある。

 今度こそは満足できるように。そう思った矢先に、美月の脳内にモゲタンの声が、

〈いいのか。キミは受験勉強の最中だったのではないのか。ワタシもけしかけておいてこんなことを言えた義理ではないのだが、いつまでも休憩をしているのはどうかと思うぞ〉

 指摘されて思い出す。こんなことをしている場合ではない。別にまだ切羽詰まったような事態、状況でもないが、一問でも多く問題を解いておけば、その分志望校への合格の可能性が高くなるはず。

 内にあったリベンジのような精神を一旦解除して、美月は大きく息を吸い、そして、

「ゴメン、また今度ね。……あ、そうだ。麻実さんならもしかしたら貸してもらえるかもしれないな」

「貸してくれるって何を?」

「紙芝居のお兄さん、当時録音したテープをまだ保存しているらしいから、頼めばもしかしたら貸してくれるかも」

「いいね、聞いてみたい。今度電話でお願いしてみようかな。借りられたらラジカセかなんかを用意しないと。あれ? そんなテープがあるならさ、どうしてシロは借りなかったの?」

 この問いに美月はその時のことを思い出しながら、

「多分だと思うけど、これはあくまで僕の推測だけど、そのラジオ番組は下ネタが多かったんじゃないのかな。だから、一応女子中学生、未成年である僕にはあまり聞かせない方がいいのではという判断が働いたんだと思う」

 その時は何とも思わなかったが、改めて鑑みると、もしかしたらそういう配慮をしてくれていたのではと想像する。

「まあ、あたしはもう少しで大人になるからね。レンタルビデオのAVだって借りられるんだから、下ネタくらい問題ないわ」

「頼むから、カーテンの向こう側に特攻しないでね。物色している男側の忌憚のない意見を述べさせてもらうと、めちゃくちゃビックリしてしまうから」

「シロもそんな経験あるの?」

「それはノーコメントで」

「あ、あるんだ。だったらさ、その時の状況を詳しく話してよ。知っておけば、あまり驚かせずに、禁断のカーテンの向こう側へと足を踏み入れることができるじゃない」

 受験勉強を再開するつもりだったのに、思わぬ方向へと話が逸れてしまう。

 何とか軌道修正をしないと。

 そう思った矢先、今度は美月の携帯電話が着信音を奏でる。

 着信の相手は、ヨーロッパにいるズィアからだった。



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