里帰り、ふたたび 9
「お待たせー」
「ありがとうね、稲葉くん」
待っていた美月に、二人がそれぞれ声を。
「あっ、麻実さんそういう水着にしたんだ」
「えっ、何? やっぱりスクール水着のほうが良かったかな」
夏休みに入って、このナガシマスパーランドに遊びに行く計画を立案していた時に、麻実が冗談交じりに普段授業で着用しているスクール水着を着ようかと言っていた。
「そんなことないよ、似合っているよ」
事実、白色の可愛いデザインのビキニは麻実に似合っていた。
「でしょ。スク水で受けを取るのも面白いかもとも思ったけど、一発ネタで終わりそうだし、それにあたしは貧乳じゃないからステータスにもならないし。だからさ、ビキニにしてみたの。ああでも、色は迷ったのよね。白にするか黒にするか。それで考えた末に、十七歳という年齢はまだ子供だから可愛いデザインで、それでいて可憐な白にしたのよ」
一気呵成に白色のビキニを選んだ理由を説明。
ちなみに麻実は来週十八歳に。
「ねえねえ、私はどうかな?」
二人のやり取りを聞きながら、ちょっとだけ嫉妬のような気持ちを懐きながら桂が。
桂の水着はボタル二カル柄のワンピース。
「何度も見ているから、今更感想を言うのはちょっと」
自宅で何度もこの水着を、それ以外のもだが、披露している。
新鮮味があまりない。
「ええー、でもさ……」
「それにさ、俺としてはあっちのビキニのほうが好きだし」
「あれはお腹が出るから」
そう言いながら桂はお腹を隠すような仕草を。
少しだらしないお腹を好きな人に見てもらう、愛でてもらうのはいいけど、それを衆目に晒すのはちょっと、と桂は思ってしまう。
「はいはい、痴話げんかはその辺にして遊ぶわよー」
手を打ちながら麻実が二人の間に割って入る。そして……。
「さあ、行くわよ」
麻実は、美月と桂の手を取ってプールへと駆け出そうと。
それに、
「ちょっと待って、日焼け止めを塗らないと」
と、桂がストップを。
この好天の中、対策もとらずに肌を露出したままにすると後で大変なことになるのは目に見えている。
「別に必要ないわよ。学校の授業でも何もつけていなくても焼けないし、それにちょっとくらい日焼けしていたほうが健康的だし」
長年病院暮らしをしていた麻実にとって、日焼けした小麦色の肌というのは憧れであった。
「ああ、俺も必要ないな」
美月の肌はモゲタンの管理によって、透き通るような白い肌を維持していた。もっといえば、昔のコギャルのように真っ黒といっても差し支えないような黒さになることも可能。
そんな二人を少しだけ羨ましいそうな表情で桂は眺め、
「二人は平気かもしれないけど、私はしないと駄目なの。そうでなくてもお肌のケアは大変なんだから」
切実なアラサー女子の心中を吐露。
「……うんまあ、桂はしないとね」
「というわけで稲葉くん、これお願いね」
そう言いながら桂は荷物の中からクリームを取り出して、美月に渡した。
ナガシマスパーランドは絶叫系アトラクションで有名な遊園地であるが、実はプールの施設も充実していた。
世界最大級の屋外海水プールであるジャンボ海水プールはもちろんのこと、それ以外にもウォータースライダーが多数あった。
それを楽しむのが、とくに麻実の強い熱望、今回遊びに来た目的。
麻実にとって憧れの、ずっと来ることを望んでいた場所であった。
というのも、長年病院暮らしですることといったら本を読むか、ゲームをするか、そしてテレビを観ることだけ。
そんなテレビでこのナガシマスパーランドのCMをよく観た。
それは東海地方の夏の風物詩といってもいいくらい頻繁に流されていた。
そのCMを観る度に、麻実はいつか絶対に健康になって、あのCMのように楽しく、気持ちよくウォータースライダーを滑り降りたいと願っていた。
その念願が今ようやく叶うことに。
普段ならば、長蛇の列の一部になることをすごく嫌がる麻実ではあったが、この日は美月と桂の手を引っ張って、嬉々として行列に参加を。
並んでいる間もずっとハイテンション。
それがいざ滑り終わると、なんだか少し浮かない表情に。
「どうしたの?」
見た目では年下なのだが、中身は年上の美月が、まるで妹を心配するかのように、目聡く表情の変化に気がつき、訊く。
「もしかして滑り降りた途端にビキニが捲れあがって男の人に見られたとか?」
浮かない表情になっていたのには桂も気が付いていた。美月に後に、言葉をかける。
麻実の水着はビキニ。勢いよく滑り降りると水の影響で捲れあがってしまい、胸をさらけ出してしまう可能性も稀に。
「ああ、それは大丈夫」
「だったら?」
「いやー、期待していたよりもあんまり楽しくなかったなと思ってさ。ほら、CMじゃ可愛い女の子がすごく楽しそうにはしゃいでいるじゃない。そこまででもなくても、なんかすごい体験、というかスリリングなことが起きると思っていたのよ。それがなんか、思ったほどじゃないなって」
「期待が大きすぎたのかしらね」
桂が言った後に、
「……ああ、それはしょうがないんじゃ」
と、美月が。
「ちょっと……稲葉くん……」
言葉としては出してはいないが、先程の美月の声を少し窘めるようなトーンで桂が。
「麻実さんは、普段これよりも凄いことをしてるんだから」
美月の言葉に、麻実はしばし考える。
「……ああ、なるほど。言われてみれば、そうよね」
そして納得し、大きく手を打つ。
麻実も美月同様に、デーモンと呼ばれる存在で、人を遥かに凌駕するような能力を持ち合わせていた。その能力は変身することと、空を自由に飛ぶことだけであったが、この園内にある全てのウォータースライダーよりも速いスピードで、旋回も、さらには落差も比べ物にならないレベルで普段から飛んでいる。水の中と、空の上という違いこそあれど、求めていたことにそれほど違いはない。
「……麻実ちゃん」
「まあいいか、期待とは全然違ったけど、こうやって二人と一緒に遊びに来たのは楽しいんだし。他にもプールはあるんだから楽しもう」
さっきまでのちょっと浮かない表情は何処に忘れ去ったのか、太陽にも負けないような笑顔を見せる麻実が、美月と桂に言った。
まぶしい笑顔で「楽しむ」と宣言した麻実であったが、すぐにその言葉を撤回することになった。
これは人が多すぎて、動く隙間のないくらいにプールに辟易したから、というわけでなく、別の理由が。
それは、ナンパであった。
ショートカットではあるが誰もが認めるような美少女の美月、健康的な身体で魅惑的な麻実、そして巨乳の桂。見た目の年齢こそバラバラではあるが、男の視線を集めるということでは一致している。
そんな人間が三人。しかも、周囲には男の気配はなし。
純粋に行楽にきている、遊びに来ている人間だけではない。出会いを求めて、積極的に欲して来園している連中も多数。
そういう類の男達の、格好の標的となってしまった。
まあ流石に美少女ではあるが、まだ見た目が幼い美月や、桂に声をかけてくるやからは少なかった。
その代わりと言ってはなんだが、大半の男が麻実目当てに迫ってくる。
言い寄られて悪い気はしない麻実ではあったが、あまりの多さにいい加減鬱陶しくなり、時には断りの言葉を告げると悪態が返ってくるようなことも。
これにとうとう麻実が切れてしまい、一行はプールから退散することに。
プールから出た後、三人が向かったのは隣にある施設、アンパンマンミュージアム、というわけでなく、まあシャレで行こうかと冗談交じりには言ってはいたのだが、おなじく隣接するジャズドリーム長島へ。
ここはアウトレットモール。
つまり、帰省したものの、普段の休日とあまり変わりのないショッピングを楽しむことに。
そして例によって、いつものように美月は二人のおもちゃに。
買い物を、といってほとんど見るだけで、美月を除く二人が堪能し、少し遅い昼食を摂ろうとレストラン街へと移動。
「あれ、このお店って去年稲葉くんが言っていたところじゃない?」
とある店名を目にした瞬間桂が、
「うん、そう。けど、こんな場所に出店していたんだ。全然知らなかった」
「ああ、そのお店。津の有名なお肉屋さんだよね」
「知っているの麻実ちゃん?」
去年教えてもらうまでは桂は全然知らなかった。それなのに去年まで愛知県民の麻実は知っていた。そのことに驚いての声だった。
「ええー、だってさ三重テレビでCMやってるじゃん」
「麻実さん、三重テレビを観てたの? というか、観れたの?」
「ケーブルテレビでね、ほら、三重テレビとか岐阜テレビってU局だから、テレビ愛知じゃ放送しないアニメを結構流していたし、昔の再放送でちょっと変わったのも。『巨神ゴーグ』も全話観たし。あ、後『じゃりん子チエ』も観たな」
懐かしがるように麻実が言う。
「私、全然観たことないな」
「ああ、俺も子供の頃に高校野球の県予選を観るくらいだったかな」
元三重県民二人が。
「もったないな二人とも。ああ、それじゃあさ大観音寺とかルーブル美術館のCMは」
「何それ?」
「ああ、それは知ってる。凄いよね、アレ。でもさ、実物はもっと凄いけど」
「シロ、あれ見たことあるの?」
「近鉄で大阪に行くときに突然目に飛び込んできて、驚きを通り越して思わず笑ってしまった」
「いいなー」
「ねえ、それって何なの?」
桂一人を置いてきぼりにして、美月と麻実はしばし三重テレビネタで盛り上がった。
その後、件のお店は予算オーバーで入ることが叶わずに、別のお店で昼食を済ませ、また美月をおもちゃに。
そして今年は、去年とは違い、夜の花火を見ることなく解散することに、帰宅することに。
そのことに関して美月は、
「ゴメンね、麻実さん」
と、謝罪を。
早い時間帯に帰ることになったのは、ひとえに美月の予定が詰まっているためであった。
その予定とは、夕食作り。帰省前から桂の母が楽しみにしていた予定であり、今日を逃せば機会を逸したままで東京に戻ることになってしまう。
「いいよ別にさ。それに去年だって観ていたわけじゃないんだし」
去年の夏は、花火の下で三つ巴の戦闘を繰り広げていた。
「でも、楽しみにしていたんじゃ」
「いいのいいの。ああでもさ、来年……じゃ面白くないわね、再来年、あたしの二十歳の誕生日にお祝いとして一緒にあの時みたいに海の上で、今度は平和的に花火を見るというのはどうかな」
「別にそれは構わないけど」
「桂」
「えっ、何?」
「シロをその時は借りることになるけど構わない?」
「どういうこと?」
「だってさ、あたしの力じゃ二人も運んで空を飛べないから」
「うん……まあいいけど、でも朝帰りとかは絶対に駄目だからね」
「それじゃあ、約束よ。シロ」
「了解」
この約束は、再来年果たされることはなく、変わった形で実現するのだが、それはまだまだ先のお話。
実は伏線。




