里帰り、ふたたび 8
予定よりも早く伊勢に到着した成瀬家及び美月一行は、まずは天照大御神の食事を司る豊受大御神を祀る外宮を参詣。
参詣を終え、外宮内、及びその周辺を散策。
そうしている間に予約していた時間に。一行は外宮前の洋食屋さんへと。
美味しいランチを堪能した後は、文尚の運転で内宮へと。
夏休みという季節柄、さらには県内有数の観光地ということで駐車場探しに少々手間取ってしまったのだが、それでもなんとか見つけ出して無事駐車を。
誘惑の多いおかげ横丁を抜けて、まずは内宮へ、天照大御神にご挨拶を。
参拝後、美月は大いに、というほどもでもないが悩むことに。
それは仲の良い年下の友人達へのお土産として、神宮で合格祈願のための学業のお守りを購入しようと思い立ったのだが、受験はまだ半年近くも先、いわば来年のこと。それを今購入してもご利益が半年後もまだ継続されているのだろうかと迷い、しかしながら関東在住の身としてはそうそう来ない場所だから買っておいた方がいいかもと悩み、結局購入。だがしかし、これで美月の迷いと悩みは解消されたかというと、そうではなかった。というのも一人例外がいたからだった。それは麻実。麻実は本心なのかそれとも冗談なのか定かではないが、かねてから高校進学ではなく高認を取り皆よりも一足先に大学進学を目指すと言っていた。それが本音であるならば、高認試験は一年も先の話、ご利益は一年先までもあるとは思えない。だったら代わりのものを購入していけばと思われるだろうが、かつては病弱だったけれど今ではすこぶる健康な身体に、交通安全も必要がないし、さらにいえば安産祈願なんて確実に不必要。麻実の分だけは買わないで、別のお土産で埋め合わせという選択もあったのだが、美月は色々と考え、なんとか合うお守りを探し出して購入。
頭を使った後は、脳への糖分補給というわけではないのだが、まずは去年も食した赤福氷を。
その後もついつい桂に付き合って買い食いを、そして東京に持って帰る自分達のお土産も何点か。
日が沈む前に神宮を離れ、文尚の運転する三菱デリカは伊勢自動車道へ。
東名阪自動車道に乗り換えて、一路桑名へ。
ここで数話前に運転は交替ですることになっていたのに、まだ桂が運転してないと思われる奇特な人がいるかもしれないから説明しておきたいが、運転免許は所持しているが普段運転しない桂は不測の事態に陥った場合のいわば保険のようなもので、そんな事態に陥ることがなかったために文尚が運転を。
そして事故も問題もなく無事桑名に到着。
だが、そのまま家へと真っ直ぐには向かわずに、よく行くという中華料理屋で晩御飯を食べ、それから帰宅した。
翌日も朝早くから外出を。
本日の目的地は、ナガシマスパーランド。
これまた昨年も訪れた、行った場所に、二年続けて遊びに行くことに。
しかし昨年とは異なる点が、二つ。
一つ目は人数。
去年は美月と桂、二人だけでの来園であったが、今年はそこに麻実が加わって三人に。
このことに対して、桂が二人だけの幸せな時間を邪魔されたと異を唱えた、ということはなく快く迎え入れた。
というのも、約一年前、だいたいこの場所で、美月と麻実は出会い、それから壮絶なバトルを繰り広げ、そして仲良くなった。
いわば、出会いの場所での一周年をお祝いするようなもの。
これを無下にして、二人だけの時間を楽しむような狭い了見を桂は持っていない。
と、表記したけど少しばかり誤りが。実というと、出会いの場所は本当はここではなく名古屋市内で、ナガシマスパーランドの外で二回目の邂逅があり、壮絶なバトルも二人の間で行われたものではなく、データを含めた三つ巴の戦闘だった。
それはともかく、異なる点は二つ。
もう一つは何かといえば、それは去年は準備していなかったということもあって、園内のアトラクションを楽しんだのだが、今年は併設されているジャンボ海水プールで遊ぶことに。
つまり、水着回です。
「シロ、あたしに報告することがあるでしょ」
正門前で待ち合わせをしていた麻実が、美月の顔を見るなり開口一番で。
「麻実ちゃん、おはよう」
「あ、伊勢で買ってきたお土産のこと?」
「そうそう、あたしにどのお守りを選んできたのかって。それじゃなくて」
てっきりお守りのこととばかり思っていた美月は、麻実が何について話しているのかを考え、そして、
「東京に持って帰る干物の味の感想?」
「あれ、すっごく美味しかったよね。何回も試食しちゃったし」
おかげ横丁の端にある干物屋さんでの事を思い出して桂が言う。
「それはそれですごく興味があるけど、それも違う」
「それじゃ?」
「データよ、データ。出たんでしょ、しかもあの大阪のと同じ奴が」
「うん、まあ。でも、今回もまた他のデータを取って何処かへと行っちゃった」
「その辺はシロが書いたレポートを読んだから」
「読んだの?」
「読んだわよ、ズィアに訳してもらってだけど」
「麻実さん、興味ないと思ってたのに」
「あるわよ。まあ、あのデータにだけだけど。アイツはあたしが初ゲットしようとしたデータを横から掻っ攫っていったのよ。今度会ったら、絶対に捕まえてタヌキ汁……じゃなくてキツネ鍋にしてやろうと心の中で誓っていたのに。それなのにシロったら、あたしには報告してくれないなんて酷いんじゃないかな」
憤慨し、少しだけ興奮気味に麻実が言う。
「それはさっきも言ったけど、麻実さんはデータに興味なんか全然ないと思ったから。それと、簡単にだけど説明は今日あった時にしようと考えていたし」
美月は弁明の言葉を。
「それじゃあ、早速してもらおうかな」
「あの、お二人さん……」
美月と麻実のやり取りを横で聞いていた桂が小さく言う。
「何、桂?」
「いつまでもここで話していたら他のお客さんも迷惑になっちゃうから、とりあえず入ろう」
桂の指摘通り、たしかに人の流れの妨げになっていた。
その後入園パスを購入し、海水プールへと向かう園内の通路で美月は簡単にではあるが、昨日の一件を麻実に改めて報告した。
「じゃあ、先に出ているから。場所取りしておくから」
美月はそう言って、まだ水着への着替えの最中の桂と麻実を混雑している更衣室に残して、一人陽光のまぶしい屋外へと。
美月一人だけが着替えが早かったのには理由が。
それはスポーティーなデザインのセパレートタイプの水着を予め着用していたからだった。
見た目通りの子供っぽい行動と言われれば、そうなのかもしれないが、美月の中身はれっきとした成人であり、さらにいえば三十路前、しかも男。それなのになぜこんな行動をとったのか、それには理由が。
それは絶対に周囲の人間に正体を晒してしまうようなことなんてないのだが、それでも中身が異性の人間が同じ空間で着替えをするのには如何なものかと考えてしまい、できるだけその場にはいないことを心掛けた結果が、下に水着を予め着ておくという少々子供じみた行動の根本であった。
まあなるべく周囲の着替えを見ないように、目を閉じたままでも一応水着に着替えることも可能なのだが、それでも少しでも更衣室にいないことを前提にして。
それはともかく、美月は更衣室同様に、いやそれ以上に混雑しているプール周辺へと。
そんな中で三人分の荷物を置く場所を確保。
そうこうしているうちに、着替えを終え、美月同様に水着になった二人が合流した。




