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ワクワク、中学生活 6


 約束どおりに美月みつきは学校帰りに知恵の家へと寄った。

 知恵の部屋の中は所構わずグッズが置かれている、いわゆるオタクの部屋ではなかった。大き目の本棚にぎっしりとマンガが詰まっている以外はごく普通だった。

 そのことを質問すると、

「ああ、ウチは作品に惚れるから。あや美人みとみたいにキャラ萌えとかは全然せえへんから」

「そうだよね、あたし等みたいにキャラ萌えしないのに。どうやって楽しんでるのか? カップリングを妄想するのが楽しいのに」

 文が発言して後ろの美人が同意して肯く。

「前から言ってるやろ。ウチにはあんまり萌えが理解できんて。ウチにとっての基準は自分の目で見てたしかめて面白いか、そうでないか。シンプルな思考やねん」

「ええー、それじゃ面白くないよ。美月ちゃんもそう思うでしょ」

 美月の思考も知恵と同じであった。たしかに、このキャラクターを演じたら面白そうだ。そんな考えはある。けど、それは作品全体を内包したもの。世間一般の目で見れば同じ好きでも、当人同士からしたら、そこには大きな隔たりがあった。

「まあ、ええわ。今日の目的は美月ちゃんにウチの秘蔵のネットサーフィンで集めまくった画像を見せることやから」

 そう言うと机の上に鎮座しているパソコンの電源を入れる。

「ねぇ、ねぇ、マンガ読んでもいい?」

「ええけど、読んでええのはこの部屋にあるのだけやで。こないだ文がオトンの部屋からマンガ勝手に持ち出したもんで、後でオカンにオトンと二人で二時間説教受けたんやから」

「……どうして?」

 言っていることは大体理解できたが、叱られた理由は見当つかない。

「ああ、それはな。あの子が持ち出したんはエロマンガやったんや。それをウチの部屋に置きっぱなしにしてたもんやから掃除しに来たオカンに見つかってしまって。普段はエロ関係にも寛容らしいんやけど、子供の目につく所に置くなって叱られたんやわ」

 納得できた。それは怒られても当然だ。

「話とったら立ち上がったで。ほら、これや」

 慣れた手つきでマウスを操作してフォルダを開く。そこには多くの画図が収集されていた。

「見てもいい?」

「ええよ、好きなように操作して見て。もし、分からんことがあったら言い」

「うん」

 一枚目の画像を開く。そこには魔法少女と表記された画像があった。

 クラシックチュチュに似た衣装を纏う金髪姿の魔法少女の姿。

 外の視点から観測するのは二度目であったが、やっぱり恥ずかしいと思う。

(なあ、このかっこう恥ずかしいよな)

〈そうなのか。ワタシにはその手の感情があまり理解できない。しかし君が恥ずかしいと言うのなら恥ずかしいのだろう。どうだろう、一つ提案がある。そこまで嫌悪を感じるのならば別の形態へと変更することも可能だが〉

(できるのか?)

〈ああ、可能だ〉

(それなら元の姿に戻してくれ)

〈それは以前も言ったように不可能だ。その少女の姿で復元してしまったのだから簡単には元に戻せない。変身というのは戦闘時における一時的なものでしかない〉

(そうなのか)

〈ああ〉

 もしかしたら淡い期待が浮かんだが、すぐに否定される。

〈それで君はどんな姿を望むのだ?〉

 恥ずかしくて変えたい、そんな思考はあったが、どのように変えるか。そこまでは頭が回っていなかった。しばらく考えるが、良い案が浮かんでこない。

〈どうも思考が停止しているようだな。どうだ、他のを見て、それを参考にするというのは〉

 その言葉に美月は行動で示した。次々と画像を開いていく。しかし、出てくるのは美月が変身した姿ばかりだった。

「ねえ、これ以外の画像を見たいんだけど」

 後ろのベッドで寝転びながらマンガを読んでいる知恵に美月は言った。

「うん、どれどれ。ああ、それが一番目撃されてるからな。ちょっと待っててな」

 画面上に天使のような翼を生やした騎士が映る。次はヒラヒラの服を着たもの。それからロボットアニメのロボット。武者姿に、デーモンの名前の通りに悪魔のような形をしたもの。

 様々だった。

(けっこういるもんだな。俺とは違ってみんな自分の好きなような形をしてるのかな?)

〈おそらくそうだろう。記憶や知識の中にある強いものの姿を具現化しているのだろう。どうだ? 新しい形の参考になるようなものはあったか?〉

(分からん)

〈そうか。それなら考えが纏まったのならいつでも告げろ。君の望む姿に変更しよう〉

(ああ、その時はよろしく頼む)

「えらい、熱心に観てんなー。さっきから美月ちゃんモニターを凝視しとったで」

 モゲタンとの頭の中で会話中には外からそう見えるのだろう。

「そんなに興味あるんやったら、このサイト面白いで」

 他のサイトへとアクセスする。

 そのサイトはデーモンの考察したものであった。その中で美月が一番注目したのは秋葉原あきばはらの事故も、これが原因ではないかと明記してあったことだった。世間一般ではあの事件は原因不明のままであった。真相の一端を知るものは、おそらく美月しかいない。それでも概要を少し聞いただけで詳しくは分からないままだった。それなのに秋葉原とデーモンを関連付けて書いている。

(これはどうなんだ?)

〈子細な点では異なるが概要としては間違っていない。実情については今まで君にキチンと話していないがこれも良い機会だ。話しておこうか?〉

(いや、いい)

 避けている事柄。以前、意識の無い身体を勝手に使用したのだから、モゲタンは責任を感じる必要は無いと言っていた。完全に罪をモゲタンに擦り付けたわけではなかった。心のどこかで罪悪感を覚えていた。だからこそ協力している。けど、全てを知りたいわけではなかった。

 あらかた見た。後はリンク先のページくらいだった。

「これ、他のサイトに跳んでもいい?」

「ええけど、十八禁のサイトに行ったらアカンで。ウチらは健全な女子中学生なんやから」

 本当は見てもいい年齢なんだけど、ここは肉体年齢に合わせて見ません。というかそんなサイトには跳んだりはしません。

 そこには秋葉原の犠牲者、行方不明者の名前が出ていた。自分の責任だ。

 胸が閉めつけられるような思いがした。

 あの時ちゃんと意識があれば、こんな被害を出さずにすんだかもしれない。誰も不幸にはならなかったもしれない。

 多くの名前の中に稲葉志郎の名前を発見した。この姿だから行方不明者の中に自分の名前があることは分かっていた。それなのに文字を見た瞬間、怒涛のように悲しみが押し上げてくる。それが涙腺を刺激した。大きな瞳から涙があふれてくる。拭い去る。止まらない。ふき取る、それでも止まらない。まるで蛇口の壊れた水道のように流れ続けた。

「ちょっ、どうしたん?」

 突然のことに知恵が驚き、美月の肩を叩きながら言う。

 涙は止まることなく流れ続ける。

「どうしたの一体? 知恵が変なことでも言ったの?」

 読書を中断して文がハンカチを美月に手渡そうとする。

「……大丈夫?」

 美人の手も優しく美月の背中に触れた。

 美月は泣きやもうとした。心配をかけたくなかった。その意思に反して涙は止まることをしらなかった、とどめなく溢れ続けた。

 泣き続けた。


 美月はかつらに手を引かれて知恵の家を辞した。

 一向に泣き止むような気配の無い美月を心配し、以前交換していた桂の携帯電話に連絡をいれてくれた。報告を聞くと、仕事がまだ途中であったにもかかわらず桂は飛んできた。

 どのようにして家に帰りついたのか憶えていなかった。断片的な記憶しか美月にはなかった。

 情緒が不安定になっていた。一旦止まった涙は、また流れ出す。これの繰り返しだった。

 心配して声をかけてくれるが、それはまともに耳には届かない。ただゆるくなっている涙腺を刺激するだけだった。

 涙の理由は本人には分からないが、確固とした理由があった。まず一つ目に、自己の存在の希薄さ。今まで意図的に目を逸らしてきたのに見た。行方不明の文字が稲葉志郎の名前の横に記載されていた。それが揺さぶりをかけた。涙が零れ落ちる。そこに優しい声をかけられる。これが二つ目の起因だった。気付かぬうちに内側に溜めこんでいたものが一気に噴出して溢れ出た。

 しかし、それは客観的な関知よるものであり、この時の美月はまったく分かっていない。

「……ごめん」

 ベッドの中で美月は桂に謝った。迷惑をかけてしまったことを詫びた。

「いいの、いいの。気にしなくても。私の方こそごめんね。美月ちゃんしっかりしているように見えてもまだ十三歳だもんね。色んなことで悩んだり苦しんだりする時期だもんね。気が付いてあげられなくて」

 優しく、愛しく頭を撫でながら桂が言う。

「……違う」

「えっ? なにが違うの? それじゃ、お姉さんに理由を話してみる?」

 その問いかけには静かに首を振った。自分でも理由は分からないが、切欠は知っている。そのことを話すということは隠していること全てを桂に打ち明けるということだった。

「そっか。それじゃ、いつか話せる時がきたら、その時はちゃんと話してね」

 今度は肯く。元の姿に戻れたら全てを話そう。

「約束だよ」

 ニッコリと笑いかけ、大きな胸で美月の頭をギュッと抱きしめた。少し息苦しいが心地よさを感じた。自らも顔押し付けた。

「そうだ。もうすぐ連休になるよね。二人でどこかに遊びに行こうか。美月ちゃん行きたい所ある?」

 真っ先にある土地が頭に浮かんだ。

 それは楽しむための場所ではなく、自身の心にけじめをつけるための地。

「……うん」

「それじゃ、そこに決定。そこに行くことを考えて寝ようか。楽しいことを考えながら眠る。そして朝のお日様の光を全身に浴びれば嫌なことも忘れる。付き合い始めた頃に落ち込んでいた時、彼にそう言って元気にしてもらったの」

 言った本人ではあるが、すっかりと忘れていた。

「うん」

 密着した身体から桂の鼓動が聞こえた。それは心地よいリズムだった。まるで眠りの国へと誘う誘導音のようだった。

 美月はいつしか眠りについていた。


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