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里帰り、ふたたび 4


「ゴメン、ちょっと行ってくる」

 美月は桂にだけ聞こえる声で言い、続けざまに、

「すみません、ちょっとトイレに行ってきますので先に境内に入っていて下さい」

 そう言って、桂と文尚、それから先行している桂の両親を追い越していった。

 凄まじい速度で坂を駆けていく、しかも走りにくいミュールで。美月の小さな背中を目で追いながら桂の父が、

「昨日のキャッチボールの時も思ったけど、あの子の運動能力は凄いな。……もしあの子が男だったら甲子園も、その先も夢じゃないのに」

 と、呟くように、そして残念がるように言う。

 昨日のキャッチボールは短い時間ではあったが、美月は自身の能力を見事に見せつけた。キャッチボールの基本である、相手の胸にボールを投げる。それだけではなく汚い回転ではなく、綺麗なスピンのかかった球を、つまるところキチンとボールの縫い目に指を当てたフォーシームの投球であった。さらに言うと、昨日は軟式ではなく、硬式球であったのに全く怖がるような素振りを見せないのも高評価の要因である。そして最後にお遊びでと言いつつ、流れるような美しいアンダースローから投じられた浮き上がるような一球。自分の叶えられなかった青春を、もしかしたらと思ってしまうのだが、女子は甲子園には出場できない、グラウンドに立つことさえ許されていない。そんな思いから出た言葉であった。

「いや、美月ちゃんは自転車競技のほうが」

 父親の言葉に、息子の文尚が。

 これは全くスピードの衰えない走りを見ての言葉であった。

 自転車は文尚の最近の趣味。自身はレースに参加するようなことはないのだが、ロードバイクのレースでは持久力、もちろんそれ以外にも色々と必要なのだが、重要な要素であることを知識として持っていた。

「二人とも、何言っているのよ。美月ちゃんは、そんなことしません」

 と、桂が。

 これは美月の正体を知っており、なおかつこの美少女の姿では目立つようなことはしたくないという心中を分かっているからであった。

「じゃあ、何をするんだ?」

 この文尚の問いに、桂は言葉がつまってしまった。

 しばし、考え、熟考し、二分ほど固まった後に、

「……えっと……私のご飯作りかな……」

 別にこれは本心から出た言葉ではない。好きなことをしてほしいという想いもある。しかし、具体的なことが何一つ思いつかなかった。

「何言ってるの。美月ちゃんばかりじゃなくて、アンタも料理をしなさい。美月ちゃんはこれから受験で大変になるんだから」

 と、母親も参戦。

 成瀬一家は、美月に先に境内に入っていてという言葉には従わずに、鳥居の前に集まってちょっとした家族会議を開始した。

 ただし、議題の人物は不在のままで。


 一人駆けだした美月は、会館のような建物の中へと飛び込んだ。

「何処にいる?」

 小さな声で、この格好には似つかわしくないクロノグラフモゲタンに問う。

〈まだ距離は離れている。が、こちらの方向に接近しているのは確かだ〉

 脳内に小さく響くデータ出現を知らせる音とは違う、モゲタンの声。

「接近ということは、移動しているのかデータは?」

〈ああ、現在の位置は山の向こう側。地名でいうと滋賀県甲賀市にいる〉

 鈴鹿山脈の西側は滋賀県で、現在美月のいる場所は三重県。

「滋賀か。どれくらいの時間で来そうなんだ?」

〈かなり移動速度は早いぞ。すぐに県内に侵入し、ここへと到達するだろう〉

 このモゲタンの言葉に美月は少し考える。

 そして考えをまとめ、瞬時に決断を。

「待っていたら参拝に来ている人に被害がでるかもしれない。なるべく人気のない山の中で迎え撃つぞ」

〈了解だ〉

 美月は周囲に目を配り、誰にも見られていないことを確認して、それから空間を跳躍した。


 山中へと空間を跳躍、瞬間移動した美月はワンピースにミュールという可愛い姿ではなくなっていた。

 M51モッズコートを基にして麻実がデザインした、マルボロレッドの新しい変身スタイル。それと万が一に備えて正体を隠すためのアイウェア。

 空間を跳躍すると同時に美月は変身を完了させていた。

 街中では目立つような姿ではあるが、この山中においては、見ようによっては登山の格好に見えないこともない。

 それはさておき、

「なあ、この格好でデータを破壊、回収できないかな」

 と、美月が左腕のクロノグラフモゲタンに問う。

 この姿でも十分に強いのだが、真の力を発揮できるのは別の姿。

 その姿にはできれば、あまり変身したくないと美月はちょっとだけ思っていた。

〈あの姿での能力は有効的だ〉

「そうか? ここなら少しばかり派手に立ち回っても、山の中だから人的な被害はでないんじゃないのか」

〈それは軽率な考えだ。キミは知らないかもしれないが、この近くに入道ヶ岳の登山ルートがある。流石に街中ほどではないが、それでも幾人かの登山客がいることは予想される。そんな人を巻き込まないためにも変身することをワタシはお薦めする。それに付け加えて言うならば、この山はキミ達がこれから参拝を予定している神社の御神体の一つでもあるのだろ〉

「ああ、そういえば車内でそんな話が出ていたな。……流石にこれからお参りとをする神社のものを故意にではないとはいえ、傷付けてしまうのは罰当たりか。一応未然に防げることが可能なのに、それを使用せずに被害を出してしまったら御利益なんかもらえないよな」

〈その辺りの思考をワタシはまだ理解できないのだが〉

「信じる者はなんとやら、だ。俺だって完全に信じているわけじゃないんだから」

〈人類というのは、面白い生き物だ〉

 そんな会話をしている最中も、美月は空間跳躍をしたり、時には山間を駆けていた。


「なあ、ちょっとおかしくないか」

 違和感を感じ美月はモゲタンに。データに近付いているのなら、頭の中の警告音が徐々に大きくなっていくはずなのに、現在は一定の音量で鳴り響いている。

〈ああ、データの移動が止まった〉

 違和感の正体をモゲタンが説明してくれる。

「はあ?」

 驚きの声が出てしまう。

〈山頂付近で動きが止まった。そこに停滞し、動こうとしないようだ〉

「山頂ということは、多分人がいるよな」

〈まだ早い時間だからそれほど多くないだろうが、いることは十分に予想される〉

「急ぐぞ」

 美月はそう言うと、大きく地面を蹴って空間を跳躍した。

 

 幾度となく空間を跳躍し、美月は入道ヶ岳の山頂に。

 山頂には鳥居と、その近くには奥の宮と呼ばれる祠があった。

 まだ午前という時間帯なのに、頂上にはもう複数の登山客が。

 そしてその登山客は一様に、東に広がる景色を楽しむのではなく、上を見上げ、ざわついていた。

 鳥居の上に、尻尾が複数生えたような黒い人影が浮かんでいた。

「あれか」

 その黒い人影、つまりデータを視界に捉えた瞬間、実をいうとまだ美月の中にあった違和感が一気に氷解した。

 警告音とこれまでずっと表記したが、実をいうとその音には僅かではあるが差異があった。つまり、個体ごとに音がほんのわずかではあるが違っていた。

 美月はこの頭で鳴り響く音を以前聞いたような気がしていた。

 それを今はっきりと思い出した。

「……あん時の、狐だ」

 道頓堀で回収しようとしたデータを奪って、逃げていったあの狐型のデータであった。





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