呼び出し
短めの話。
本編とはあまり関係ない話。
昨年の帰省時同様に、この夏も桂は友人から急な呼び出しを受けてしまう。
無視とまではいかなくとも、それでも行かないという、拒否するという選択肢もあったのだが、帰省二日目には何の予定も組んでおらず、することといったら美月の受験勉強の手伝いをするくらい。それでも最初は美月と一緒にいることを選ぼうとしたのだが、これまた去年同様に美月に「せっかくなんだから、行ってくれば」と言われ、さらには兄と父親から「俺達が美月ちゃんの勉強を見ておくから」、と。
というわけで桂は、昨日も待ち合わせ場所になっていたイオン桑名内にあるサイゼリヤへと。
「ナル、アンタまさか、教育者なのに人の道を踏み外したりなんかしていないわよね」
入店してすぐ、まだ席にもついていない桂に浴びせられた言葉がこれ。
ちなみに、ナル、というのは高校時代の桂の渾名であった。何故この呼び方かというと、当時は桂という名前をあまり気に入っておらず、名字で呼んでほしいと親しい人間に懇願していた。成瀬という呼び方がいつしか短縮し、ナル、という呼び方が友人達の間で定着していた。
「はあ? いきなり何言っているのよ」
「昨日さ、春がナルのことをマイカルで見かけたって言ってたんだよね」
「声掛けてくれたらよかったのに。あっ、春がいたってことは杏ちゃんもいたはずよね。去年に比べて大きくなっているんだろうな、逢いたかったな」
「逢えるわよ、もうすぐ春も来ることになっているから」
「そうなんだ。あ、それよりもさっきのは一体どういう意味なの?」
「だからさ、昨日春がナルのことを見掛けたんだよ」
「それは聞いた」
「そこでさ、春が、アンタが小学生高学年くらいの美少年と一緒に、それも仲良さげに手を繋ぎながら歩いているのを見たというのよ。去年さ、あんな事があって、役者の彼氏を亡くした悲しみから立ち直る、新しい恋への一歩を踏み出すのは私も大賛成だよ。だけどさ、流石に小学生が相手というのは犯罪でしょ。純粋無垢な美少年を騙して囲うなんて、人の道を踏みはずした外道そのものでしょ」
「……あの……それ勘違いだから」
「何が勘違いなのよ」
「それ、美月ちゃんだから」
「美月ちゃんって去年紹介してもらった従妹の?」
「うん、そう」
「あんな可愛い子を男の子と見間違えるわけないでしょ。いくら春の目が悪いからといっても」
「本当だってば。あ、写メ見る?」
そう言って桂は携帯電話を取り出し、制服姿の美月が写った画面を見せる。
「髪は短くなっているけど、どう見ても美少女じゃない」
「昨日はボーイッシュな服だったのよ」
「信じられん」
「それじゃ、い……美月ちゃんをここに呼ぶ?」
「いいね」
桂は持っている携帯電話で、美月へと連絡を取った。
いつもはすぐに電話に出る美月であったが、この時はなかなか出なかった。
再度コールするが、それでも出ない。
桂は、もしかしたら父と兄が付きっきりで教えてもらっている受験勉強が忙しくて出られないのではと推理して、家の電話へと。
数度のコールで母が出た。
が、しかし美月の不在を伝える。
家で受験勉強をしているはずなのに、どうして不在なのかを受話器の向こうに問うと、「お父さんがキャッチボールをするために、美月ちゃんを公園に連れ出したの」、と。
どうしてそんなことになったのか、簡単に経緯を説明すると、昨日の美月のマッサージによって、今朝は肩が、身体が軽かった。それに気をよくした桂の父は、美月を、それから息子の文尚を連れてキャッチボールをするために公園へと。
ならば何故美月は携帯電話に出なかったかというと、それはキャッチボールに夢中になっていたから、というわけではなく携帯電話を置いていたからであった。それでもなお、通常ならば、たとえ手元になくともモゲタンが着信があったことを伝えてくれるのだが、この時はモゲタンも外していた。
これはキャッチボールをするのにクロノグラフを着けたままでは危険だから、しない方がいいと言われ、それにモゲタンが〈外しても大丈夫だ。緊急の案件があった場合のみ、君の脳内に信号を送り、伝えるから〉と、言ったからであった。
そんなことを全然知らない桂は、ちょっと憤慨し、美月を連れ出した父への不満を少し受話器の向こうの母にぶつけ、それから帰ってきたら電話をくれるように頼んでから、大きく溜息をつきながら通話終了ボタンを押した。
美月が折り返しの電話をかけたのは、それから約一時間後のことであった。
すぐに桂の元へと向かう、馳せ参じると、美月は受話器越しに告げたのだが、桂がそれを拒む。すぐにでも来てほしいとは思うものの、夏の日差しの下で運動をしていたのだ、当然汗をかいている。好きな人の汗だからそれほど不潔とは思わないものの、それでも友人達の前に汗だくで現れるのはちょっとと思ってしまう。だから、急いで来ることはなく、汗を流してからで十分。
呼べば来てくれるだけで、十分嬉しいのだから。
美月が到着するまでの間に続々とかつての懐かしい面々がやって来て、近況を報告しあったり、高校時代の思い出に花が咲いたり、それからもちろん桂の誤解を解くための弁明の時間があったりと、楽しい時間を過ごした。
最初の電話からおおよそ二時間後、ようやく美月が。
その際の格好は、昨日と同じようなボーイッシュな、より正確に記載すると、Tシャツにハーフパンツ、それからベースボールキャップという出で立ち。
これでより一層誤解を強めてしまうことになり、桂はスカートで来てと念を押しておくべきだった内心反省をするのだが、その誤解はすぐに解けることに。
というのも、遠目では少年のように見えるけど、近くで見れば紛れもないショートカットの美少女。
それに微かにではあるけど、出るところはちゃんと出ている体型だ。
というわけで、桂のお稚児さんが囲っている、ショタコン疑惑、は無事解消されたのであった。
なお余談、というか未来の話であるが、美月の姿は杏ちゃん、四歳、に大きなインパクトを、強い衝撃を与えてしまい、人生、とまではいかなくとも性癖を少々狂わせてしまい、母親の春を悩ませてしまうのだが、それはまた別の話である。




