里帰り、ふたたび 2
三重への、桑名への帰宅プランとして昨年の夏東京に戻る時に使用した深夜高速バスという案も出たのだが、桂が寄る年波には勝てない、というか昨年の経験上深夜に八時間以上バスに乗っていたら、朝早く着いたとしてもその日一日は何かをするような気力と体力がなくなるために、去年同様に朝早くの新幹線で名古屋まで行くことに。
いつもならば麻実も同行、麻実の故郷は名古屋だから、すると言いだすのだが、麻実はそんなこと言わずに独自の計画で名古屋へと行くことを選択。
ということで、美月は桂と二人で三重を目指した。
昨年と同じように朝早く起きて、これまた去年と同じように寝ぼけ眼の桂を美月が引っ張って、始発の新幹線のぞみに。
約二時間で名古屋に到着。
昨夏はここで近鉄に乗り換え、三重県へと入ったのだが今回は異なる。
事前に連絡を受けていた桂の兄、文尚が名古屋駅まで車で迎えに来てくれたのであった。
名古屋駅の西口で車に乗り込み、いざ桂の実家のある桑名へ……とはいかずに、途中で最近では東京にも進出しているコメダ珈琲に立ち寄り、本来ならばモーニングを頼むべきところを、桂のたっての希望でシロノワールを食べ、それから国道一号線ではなく、大治、七宝、佐屋を抜け、立田大橋を超えて三重県内へと。
その道中で、
「どっか寄ってみたい場所ある?」
という、文尚の言葉に、美月は持ってきた荷物の中からプリントの入ったファイルを取り出して、その中から一枚紙を抜き取り、そこに書かれた場所の名前と住所を遠慮がちに言った。
そこにどうしても行きたいわけではない、どうしても行きたい場所はあるにはあるのだが、後日行く約束になっているので今である必要性はない。サプライズで行って驚かせるということも思い付いたのだが、突然行った場合は大抵において迷惑になってしまうことが往々にしてある。美月は見た目とは違い大人なのでそのサプライズは自重を。まあそれはともかく、美月はどうしても行きたいと思ってもいない土地の名を遠慮がちに言ったのに理由が。
それは、人から頼まれた場所だったから。
自分では行けないから代わりに、美月に行ってほしい、見てきてほしい、写真を撮ってきてほしいと頼まれていたのであった。
頼まれごとは早々に済ましておきたいという美月の打算があり、本当ならば明日の朝早くにでも一人でその場所に赴くつもりでいたのだが、せっかくだから文尚の言葉に甘えることにしたのだった。
「あれ? ここ家の近所だ」
美月から告げられた住所をカーナビに打ち込み、ルート検索をした文尚がちょっとだけ驚いたような声色で。
「そうなの?」
「そうなんですか?」
その言葉に後部座席にいる二人、つまり桂と美月が同時に。
同じような言葉でも、その内包する意味合いは異なっていた。
桂は、長年暮らしていた家の近所にそんな場所があるとは全く知らなかった。
美月は、先程自分で読み上げた地名から、蛎という文字が入っていることからしてきっと海の近くであると、勝手に想像していた。しかしながら、桂の実家は市内でも内陸に位置している。
「北高の近く、ほれ、大山田川沿いを通って高速の高架を抜けるとミニストップがあるだろ」
「うん」
文尚の説明を桂は理解できたが、昨年の夏、それからお正月に訪れただけの美月には土地勘なんて全然なく、さっぱりと分からないのだが、そこで余計な口を挟むような子供ではなかったので黙って兄と妹の会話に耳を傾けていた。
「そこの横の坂道を上がって、そこから下った場所だ。ナビによると」
「あの辺って行かないから、全然分からないよ」
坂の途中にある農協センターまでは桂も行った記憶はあるのだが、その先にある北高に進学したわけでもないので、まったくといっていいほど土地勘がなし。
それは文尚も同様であった。
「こんな場所に神社があるなんてな」
「ほんと。……それで、いな……じゃなくて美月ちゃん、その神社って最近有名なパワースポットにでもなったの?」
以前から有名な場所であるのならば、いくら高校時代流行りものに弱かったとはいえ絶対に聞き及んでいたはずだ。なのに知らないということは最近中学生の間で噂にでもなっているパワースポットではないのだろうか、という推理を脳内で立てて、桂は美月に訊く。
「そんなんじゃないよ」
「それじゃあ美月ちゃんは、地元の人間も知らないような場所を知っていて、行きたって言ったんだ」
「これは僕が望んだ場所じゃなくて、うちのクラスの副担任に頼まれた神社なんです。なんでも壬申の乱に関係するかもしれない場所だとか」
「「壬申の乱?」」
兄と妹の声が車内で見事に重なった。
「その先生、学生時代からずっとその時代のことを研究していて、一度は桑名とその周辺を周りたいと思っていたらしいんだけど、全然時間が取れなくて、それで僕が三重出身で、そしてこの夏桑名に行くことをちょっと話したら是非自分の代わりに行って写真を撮ってきてくれ、それからレポートも制作して提出してくれと懇願されたんです」
現在の姿は可憐な美少女であるが、中身は三十路前の男、クラスメイトよりも教師連中との話が合うこともしばしば。
ついでに記してくと、件の副担任は今年の夏の休みも家族サービスに追われる予定になっており、遠い三重の地にまで足を延ばす余裕なんか全くなかった。
「知らなかった、そんな場所が家の近くにあるなんて」
「それに壬申の乱って」
「ああ。……でもまあ考えてみれば関連していてもおかしくないかも。紙芝居のお兄さんに前に聞いたけど、あれって関ケ原で開戦したらしいし」
関ケ原町は、桑名市から程近い場所にあった。
「小学校か中学校で習ったりしなかったんですか?」
「習っていないって。そんな歴史的な事件の一端に関わっているのを習っていたら、流石に憶えているよ。……桂は?」
「私も習った記憶はないかな」
「桂……さんは歴史関係は仮に習ったとしても、すぐに脳内から消えてしまうから」
大学受験で散々勉強したはずなのに、歴史の知識が曖昧なことを美月に突っ込まれてしまう。
「ひどーい、そんなことないから」
桂が非難の声を。
「まあ、それはともかく」
「お兄ちゃんまでー」
「あの道狭そうだから、この車だともしかしたらきついかもしれないな。いったん家に帰って、母さんの軽で行こうか。あ、それから紙芝居のお兄さんにも連絡して情報を仕入れておこうかな」
と、運転をしながら文尚が独り言のような声を出しながら算段を。
「あ、後そういえば、そのことは日本書紀にも書かれているって先生言ってました」
「「日本書紀?」」
またも車内に、兄と妹の声が木霊した。




