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このタイミングかよ!


 出物腫物ところ選ばず、という言葉があるが、世の中そんなタイミングで出てこなくても、もっと別の時間に出てくれれば簡単に対処できるのにということが間々起きうるものである。

 この時の美月もまさにそうであった。

 といっても、席を立てないような状況で不意に尿意や便意が襲い掛かってきたり、大勢の人がいる中で急に体内からガスが出そうになる、ある意味乙女の一大事、まあ中身は男なのだが、ということではなかった。

 現在期末試験の真っ最中。

 このテストの点数によっては希望する私立高校の推薦を受けることが可能になるかもしれない。

 人生の岐路、とまでいうと少しばかり大げさかもしれないが、それでも美月は志望の高校、桂の勤めている高校、へと進学を果たすために日々勉強を。

 当初は一般入試で受かることだけを考えていたが、最近では推薦入試の芽もほんの少しだけど見えてきたので、出来得るならば推薦枠にと目論んでいた。

 だから、この試験はすごく大事なのである。

 そんな美月の身に一体何が起きているのか?

 それは脳内で鳴り始めた警告音。

 つまり、データが出現した合図であった。


「何もこんな時に出なくても」

 思わず愚痴のようなものが美月の小さな口から漏れ出てしまう。

 新しい変身スタイルに変更してからずっと平穏、つまりデータの出現はなかった。

 それがよりによってこんなタイミングで。

(そういえば前にも、こんなことあったよな)

 先程の愚痴めいたものは思わず声になって飛び出てしまったが、今度のは脳内で。

〈ああ、去年の一学期の中間試験の時だな〉

 左腕のクロノグラフモゲタンが美月の脳内にだけ聞こえる音で答える。

(そうだったな)

〈それよりも回収に向かうぞ〉

 モゲタンの言葉に美月はすぐに返事を返すことができなかった。

 前に一度経験したことであり、その時は成功しているのだから、それと同じことをすればいいだけの話なのだが、いかんせん状況が少々異なる。

 あの時は解答用紙を半分ほど埋めていて、さらにいうと試験時間も後半であった。だが、今回は、まだ試験が始まったばかりであり、なおかつ答案用紙は白紙に近いような状態。さらにいえば、前述したように先の推薦枠を狙う身として、解答欄を埋めないままで席を立ってしまうなんて以ての外。それでなくともこの教科は得意な科目なのに。

 モゲタンに促されたものの、美月は一向に動こうとはしなかった。

〈どうした? 早くしろ〉

 未だに脳内の警告音のようなものは小さく鳴り続けている。

(なあ、この音からしてデータの出現した場所って離れていないか?)

〈ああ、ワタシの探索範囲ギリギリといった所か。麻実はまだ気付けていないだろう〉

 美月は自身の後方に座っている、同じような力を有する麻実の姿を、試験監督の先生に見つからないようにこっそりと覗き見た。

 口では、別に期末試験なんかどうでもいいといったようなことを言ってはいたが、真剣な表情でテストと格闘する麻実の表情が。

〈行くぞ〉

 再三のモゲタンの要求。

 しかしながら、まだ動けない。

 遠く離れた位置にデータが出現したということだけはモゲタンの探知能力で分かるのだが、それがどのような能力を有しており、また近隣にどれほどの被害を出しているのかまでは分からない。

 一刻も早く、データを退治し、回収する必要があることは美月も重々承知している。

 しかしながら、何度も書くが、この試験は大事なもの。

 それを放っておいて向かうのは。

 だが、放置してしまうとどれほどの被害がでることか。

 合理的な判断を下すのであれば、できうる範囲で解答欄を埋めてから席を立ち現場に向かうか、それとも反対に猛スピードで事態を解決してその後で試験問題に取り組む。

 二者択一ではあるが、美月は決めきれない。

 前者は得意な教科であるが、まだ試験問題全てに目を通していないためにどの程度解答欄が埋められるか分からない。後者は、データが簡単に退治できるだけの強さしかないのなら全く問題ないのだが、予想外に強い、または強さはないが逃げ回る相手となると時間を浪費してしまい、結果試験時間に帰還することが不可能になってしまい、不甲斐ない点数を取ってしまうことに。

 この迷っている時間にどちらでもいいから行動すべき、と頭の片隅では思っていても、まったく動けない美月であった。

〈少し体をコントロールさせてもらうぞ〉

 モゲタンの言葉に反応はできたものの、どう返事を返していいのか分からずに戸惑っている間に美月の右手は勝手に、自動的に動き出して空欄の解答欄を瞬く間に埋めていく。〈終わったぞ、これでデータの回収に問題なく行くことができる〉

 全ての解答欄を埋め終えて、再度モゲタンの声が。

 たしかに二者択一の狭間で美月は悩んでいた。

 その問題が解決されたとあれば、これで憂いなく赴くことが可能に。

 美月は、大きく深呼吸を。そして……。

「あの、……先生」

 一年以上前と同じように挙手しながら言い、そして教室から出ていった。


 被害も未然に防ぎ、かつデータも無事回収し、次の試験にも無事間に合うことができたのだが、美月の心中は少し穏やかではなかった。

 その理由は、先の試験の解答。

 モゲタンのよって書かれた答案に些か思うところが。

 美月を促すためにモゲタンが適当に解答欄を埋めたのではという疑問が生じた……のではなく、もしかしたら本来の成績以上の点数を取ってしまったのでは、あまつさえ満点ということも。他者からはまず絶対に立証されることは不可能だけれども、これは一種のカンニングにあたるのではという、良心の呵責に少し苛まれてしまうことに。

 良い点数を取る必要性はあるが、他者の、モゲタンの力を借りるのは、他の真面目に試験に取り組んでいるクラスメイト、それから三年生の生徒に申し訳ないような気持ちが。

 それでなくとも二度目の中学生活という、少々負い目もあるのに。

 そんな美月にモゲタンは、

〈キミのその憂いを晴らすため白状しておくとあのテストの回答は満点ということはない。キミの普段の学習能力や学力を基に、幾通りもワタシの中で演算し、その中で普通に受けてもキミが書くであろう答えを代理で書いたに過ぎない。だからキミが引け目を感じる必要はないぞ〉


 後日、返ってきた答案はモゲタンの言う通り満点ではなかったものの、それなりに高得点であった。

 返却される際に、

「あの時席を立たずにもっと見直していれば百点もあったかもな」

 と言われてしまう。

 それを聞きながら美月は、これだったらモゲタンも少しオマケをして満点にしてくれてもよかったのにと都合の良いことを思ってしまう。

 そんな美月にモゲタンは、

〈キミと一緒になって一年以上になるが、まだまだワタシの理解が及ばないくらいに人間の心理というものは複雑怪奇なものなのだな〉

 と、独り言のように美月の脳内に呟いた。



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