ワクワク、中学生活 5
「なあなあ、美月ちゃんはどのデーモンが好きなん?」
学校の休み時間に美月は知恵に唐突に質問をされて窮してしまった。言っている意味がよく理解できなかった。デーモンという単語は知っている。それは日本語に直すと悪魔。
しかし、直前までの話題とはなんの関係性も無かった。
「……デーモン?」
聞き返してしまう。もしかしたら知らないゲームかアニメのものかもしれない。
「なんや、この子はデーモンの存在知らへんのか。昔のことはリアルタイムで見てきたみたいによー知っとるのに、最近のことはてんでアカンな。よし、ほならウチが手取り足取りレクチャーしたるで、しっかり聴いとるんやで」
一瞬、しまったと後悔した。意外と鋭い。以後、言動には注意しないと。
「は、はい。それじゃお願いします」
「ほないくで、あんなデーモンというのは最近世界中で目撃されてる存在やねん。あんな、春休みにもこの街でもあったやろ。昼の日中から有名アニメの魔法少女みたいなのが暴走するトラックを止めたの」
知っているも何もあの現場にいた。
美月は世界中の誰よりも一番近くにいた。
「それとよく似たのが世界中で目撃されてんねん。もっとも、あれが一番よく映ってるんやけどな。大半がほとんど画像もなくて目撃例だけやし、テレビとかのマスコミにはあんまり流れてないから、もっぱらネット上で賑わっとるだけやしな」
ネットというものはあまり利用していなかった。
ニュースに関してもあまり見ていない。
いや、美月と桂二人とも意図的に避けていた。あの事件から二ヶ月近くが経とうとしていたが未だに続報が流れている。それを直視するだけの精神は二人にはなかった。
「ねぇ、どうしてデーモンて呼ばれてるの?」
「ええ、質問や。ほな、それを今から説明するわ。目撃者や数少ない画像から判断するとけっこうな種類がおることが分かったんや。そんで何か統一する名前がええやろいうことになって最初は人を助けたりもするから天使、エンジェル言うとったんやけど。とある世界的な宗教団体からクレームが出てな。そんな存在を神の御使いと称するものはいかがなもんかって。そんなら、デーモンはどうやって意見がネットで出始めたんや。デーモンというのは悪魔でもあり神でもある存在を指すんやて」
この意見の底にはキリスト教的な思想があった。一神教の宗教ゆえに異教の神は悪魔ということになる。そこからとったものであった。
「そうなんだ」
自分のことのはずなのに何も知らなかった。同じような連中がいることをモゲタンから教えてもらっていない。
(どういうことだ?)
〈申し訳ない。それに関しては説明をしていなかった。データは世界中に散らばっている。それをワタシ一人では回収すること不可能だ。捜索するには地球という天体は大きすぎる。そこでワタシは自らをコピーして拡散させた。月の表面から吹き上げられた時に一緒に塵も舞い上がった。だから物質はふんだんにあるので増えることは苦ではなかった。それで世界にワタシは散らばったのだ〉
(つまり俺以外にもたくさん回収を手伝っている人間がいるのは本当なんだな)
〈それは正解でもあり、不正解でもある〉
(分かるように説明しろ)
〈ああ、それは構わないが先程から保科知恵が君を見ているぞ。相手をしなくては不審に思われるのではないのか〉
「遠い目してんな。おーい、帰ってこーい」
美月の目の鼻の先で知恵が手を振る。
「ごめん」
「そんなに興味があんなら帰りに家に寄んな。少ないけど画像をパソコンに入れてあるから」
チャイムが鳴って授業が始まる。知恵は自分の席へと戻り、美月は頭の中でモゲタンとの会話を再開させた。
(それじゃ、さっきの曖昧な物言いについて説明してもらおうか)
〈了解した。君とワタシはある意味特殊な存在なのだ〉
(男の俺がこんな少女の身体になるのは、たしかに特殊だな。その上二度目の中学生活を送っているし)
〈そうではない。本来ならば接触をした段階でワタシは存在しなくなる。協力者と一つの存在になる。だが、ワタシは君との接触時にミスを犯した。ワタシは君にではなく、君の左手につけていたクロノグラフと接触をしてしまった。これでは回収の目的を果たすことができない。擬似人格を構築して、それから君の身体を再生し、コンタクトを図った。それ以降は君も記憶にあると思う〉
多少皮肉を込めての言葉だったがスルーされてしまう。
(ああ)
〈他のワタシとの接触は無いから確かなことは言えないが、おそらくこのような状況に陥っているのはワタシだけだろう〉
(一つ聞いていいか。俺とお前が特殊であることは理解した。けど、他の存在もデータの回収を目的にしていることは間違いないんだろ?)
〈そうだ。そのために我々はこの惑星に降りてきたのだ〉
(それなら俺はもう戦う必要は無いんじゃないのか。他のが全部回収してくれたら、たぶん月に戻れるんだろ。そしたら俺も元の男の姿に戻って桂の前に顔を出せる)
線路上に出現した勾玉状の物体以来変身の機会は無かった。当初は早く元の姿に戻りたい焦りのようなものが美月の中にあった。
しかし今は少しその考えにほんの少しだけ変化が生じていた。
〈それでは困る。今の所この範囲ではワタシしかいない。他の存在が活動をしているのならば、データの反応に呼応して顔を出すはず〉
(そうか)
経験した三度の戦闘ではいつも一人だった。他の存在が介入した記憶は無かった。
〈それに……〉
モゲタンが何かを言いかけて止めた。
(何だよ? 途中で言うのを止めて)
〈いや別に。コレは君が気にはしなくてもいいことだ〉
(まあ、いいや。それでさ、話は少し変わるけど他の連中はどんな姿で活動してるんだろ)
〈それについてワタシは何も言えない。個人の趣味や嗜好でありとあらゆる形状に変化することは可能だ。だが、それを知る術が無い。さっきも言ったと思うが他の存在とは一切の接触が無いからな〉
これ以上訊いても無駄と思い美月はモゲタンとの脳内会話を停止した。
仮初とはいえ、一応学生だから真面目に授業を受けないと。
そう思い教師の言葉に耳を傾けた。