新しい姿
「きゃー、かっこかわいいわ、稲葉くーん」
現役の国語教師らしからぬ少々乱れた日本語で、桂は黄色い歓声を上げた。
桂が声を上げた原因は、現在美月、麻実、そして桂の三人で観ているモニター。
そこには美月の姿が映っていた。
これは昨日の夜に麻実が撮影した、例の映像、つまり美月の新しい変身姿を映したもので、廃工場へと追い込み、その上で周囲に被害が出ないように封鎖し、そして鯉のぼり型のデータを見事に破壊し、データを無事回収した一部始終が収められていた。
美月の大活躍に、思わず興奮して桂が声を上げてしまったというわけである。
少々興奮状態のままで桂は、
「ねえねえ、これって巻き戻しできる?」
と、麻実に訊く。
「巻き戻しって、早戻しのこと?」
ここで世代間ギャップが。まだビデオテープが主役の時代を経験している桂にはテープで撮ったわけではないのだから、その言葉は過ちではあると認識しつつも、昔からの癖で巻き戻すと言ってしまう。対して麻実はといえば、こちらは完全なDVD世代なので桂の言葉を理解するのに少々時間がかかってしまった。
「うん、それ」
「了解」
そう答えながら麻実は素早く操作を。
「……そんなことしなくてもいいんじゃ」
そんな二人の横で美月は小さく呟く。
改めて、客観的に、自分の姿を見せられるというのは恥ずかしいものである。
出来得るならば、この場には居たくないのが美月の心情であったのだが、その意見は却下されてしまい、針の筵のような心境で自らの躍動する姿を。
これでも元役者である。自分がどんな動きをしていたのか、どんな風に映っているのか、それを確認のために観るという行為には慣れている。しかしながら、あんな姿でモニター上に映し出されている自分を観るのは、至極恥ずかしい、赤面ものである。
そんな美月の心情なんか全く気にせずに二人は、
「どこまで戻す?」
「えっとね、変身のところ」
「どっちの?」
「それはもちろん二回目よ」
美月の新しい変身スタイルはあのコート姿以外にも、もう一つあった。
「……いくぞ、モゲタン」
いつもとは全然違うような、蚊の鳴くような弱々しい声でモニターの中の美月は言う。
その声に呼応するかのように美月の左腕に装着されているクロノグラフ、モゲタンが光る。
その光は大きくなり、美月の小さな身体を包み込む。
光に包まれた美月は胎児のように丸くなり、やがて新しい姿へと変身。
その新しい形は、白色の肘まであるようなオペラグローブ、同じく白のヒールのあるロングブーツ、ノースリーブでハイネックな上半身の小さな双丘の上には大きめのリボン、そしてスカートはミニでピンク色に一見思えるのだが、よく観察すると、幾重にも重ねられた淡い白色がまるで桜の花びらのように見えるものである。変わったのは服装だけではない、髪形にも変化が。コートの姿に変身した時には短いままだった髪も、この姿では長くなり、その上ピンクへと変色し、さらにいえばポニーテールに黄色の大きなリボンが。
麻実が苦心の末に、平成以降の魔法少女アニメを研究し、それらを掛け合わせ、それだけでは装飾過多になってしまいゴテゴテのデザインになってしまうので、なるべく余計なものをそぎ落とし、そして桂の意見も所々取り入れて、そして桜をモチーフにして生み出したものである。
「やっぱり恥ずかしいよな、これ」
美月がポロリと言葉を漏らす。
自身が男であった頃、脇フェチとまではいかないが、それでもまあ好きではあった。だが、それは他人のを見るのが好きであって、自分がこのような丸出しとまでは言わないが、それでも大きく露出している姿をさらけ出すのは恥ずかしい。
「何言っているのよ、隠れているんだから大丈夫。外からは見えないようになっているからシロもこのデザインでOKしたんでしょ」
閉鎖した空間は、外からの視認を一切遮断するようなものになっている。そこに着目して、麻実は人がいるような場所ではコートの姿に変身、そして隠れた場所では魔法少女のような姿へ、という二段変身を提案したのであった。
そしてその提案を美月はのんだからこその、現在モニターに映し出されている変身姿。
「ええー、すごく可愛いのに」
「でもまあ、ちょっと変身後のポーズが残念よね」
「あ、それは私もそう思う。あと掛け声とか口上なんかもいいよね」
「いや、これ以上は勘弁してほしいんだけどな」
「後はナレーションも欲しいよね。政宗さんのとか」
「何で伊達政宗がナレーションするの?」
桂が疑問の声を出す。
「違う違う、宇宙刑事シリーズのナレーションをしていた政宗一成さん。シロなら知っているよね」
思わず首を縦に降ってしまった美月であったが、実際には政宗と聞いて『攻殻機動隊』で有名な士郎正宗が頭に浮かんできており、また宇宙刑事シリーズは一応知っているものの、そのナレーションを担当した人の名前は知らなかった。
その後、女三人姦しく、といっても一人の中身は三十路前の男なのだが、変身ポーズや決めゼリフ、または口上について夜遅くまで語り合った。
尚、後日ズィア達ヨーロッパ勢にこの新しい変身姿を配信でお披露目したところ、前のサイクリストを模したものよりも好評であった。
だが、真正面から突進し、鯉のぼり型のデータを破壊する美月の姿を観て、日本に留学経験があり、また日本文化にも造詣が深く大和魂の意味も知っているズィアは、とあることを連想してしまい、思わず「カミカゼ」と呟いてしまったことだけは記しておきたいと思う。




