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ニュースタイル

平成最後の投稿です。


 夜の幹線道路を逆走する一つの物体。

 それは少しばかり季節外れの鯉のぼりであった。

 逆走と表記はしたが、実際には走っていない。路面からわずかに浮き上がり、まるで川の中を泳ぐがごとくであった。

 だが浮いているにせよ、路面を走っているにせよ、交通法に則って走行している仕事帰りの帰宅の途についている他の車にとっては迷惑この上ないことは間違いなかった。

 鯉のぼりの大きさは普通車ほどで、さらに言えば速度もそれなりに出ている。

 逆走している物体があるのだ、通常ならば幹線道路内はパニックに陥り、あちこちで事故が多発し、多くの被害者をだしていただろう。

 だが実際には少しばかりの接触はあったものの、大きな事故は起きていなかった。

 というのも時間帯。

 帰宅時間ということでラッシュが起きていた、つまり渋滞状態であった。

 遅々として進まない車の列の中を、季節外れの鯉のぼりが車を縫うようにして逆走。

 そんな鯉のぼりを追う二つの影が。

 一つはゴスロリ衣装に背中の漆黒の翼。

 麻実の変身した姿であった。

 いつもの変身姿と同じであるが、一つだけ異なる点が。それは右手で持って覗いているカメラ。

 何かを撮影しているのだった。

 では、その何かとは何か?

 それは美月の新しい変身した姿であった。

 遠目から美月の姿を観察すれば、その姿は今の季節、梅雨時にはピッタリのレインコートやポンチョのようなシルエットに映るだろうが、実情は大分と異なる。

 麻実がデザインの元にしたのはM51、通称モッズコートと呼ばれるかつては米国の陸軍で採用されていた防寒着である。

 だが、それをソックリそのまま使用したのでは面白くもないし、小柄な美少女の美月が着るとコートがミスマッチになってしまう。

 そこでアレンジを。

 まずはコートのシルエットを変更、ワンピースのAラインのようなシルエットに裾に向けて広がっていくものに。そして丈を膝上20㎝に。これは桂の強い要望で採用されたものだった。

 それから長めの袖、いわゆる萌え袖とか言われているほどまでではいかないが、それでも手の甲が隠れ指が出ているだけに。これは麻実の意見で。

 コートから伸びる白くまぶしい脚のその先足元には、ハイカットのスニーカー。これは美月が軍用のコートだから軍用のごついブーツで合わせたいという意見を出したのだが、それじゃ可愛くないという桂の反発にあい、折衝した結果によるものだった。

 通常のM51コートはオリーブグリーンという少々地味な色合い。だが今の美月の着ている、いや変身している姿は派手な色であった。

 赤。

 といっても原色の赤色そのものではなく、光に当たるとオレンジっぽく映る、いわゆるマルボロレッドという色。

 この色に決まるまでには多くの議論が、主に桂と麻実によってだが、交わされた。

 話し合いの末に、どのようにそうなったのかはもう定かではないが、最終的には二案が。

 一つは採用されたマルボロレッド、そしてもう一つは光源によってはピンクにも見えるフェラ―リレッドと呼ばれる、これまた赤色。

 奇しくも日本国内でかつてあったF1ブームの人気チームのカラーが。

 麻実はマルボロレッドを、桂はフェラーリレッドをそれぞれ推す。

 最終的な判断はこれまで半分以上蚊帳の外状態であった美月に委ねられることに。 

 いつもならばこういう時は大体において桂の意見を採用する美月であったが、この時は麻実の意見を採ることに。

 これは幼い頃に経験しているF1ブームでマルボロカラーのマクラーレンホンダが好きだった、というわけではなく成人して東京に出てきてから知人に見せられたインディーカーシリーズの強かったころのペンスキーチームのイメージが脳内に少し残っていたからだった。

 それに付け加えて、ピンクという色よりもまだオレンジの方が美月にとっては好ましかった。さらにオレンジという色で連想するものにレスキュー隊というのがあった。人々をデータから守る。

 合っている色だと思えた。

 後は前の変身の時と同じような正体を隠すためのアイウェア。

 そして髪の長さは短いままで。

 これが大まかな新しい美月の変身の姿であった。


 鯉のぼりの姿をしたデータを追う美月は一緒に追跡している麻実と違い、空を飛ぶような能力は有していなかった。

 そこで渋滞と、突然の出来事で停まっている車の上をまるで跳ねるようにして進んでいた。

 つまり遠目には車のルーフを足場にして推進しているように映るのだが、実情はそれとはまったく異なる。

 たしかに車の上で跳躍を繰り返してはいるが、美月の足は車に全く触れていない。

 美月は円盤状の盾を、自らの移動測を計算して、車の屋根の上に展開し、それを足場にして移動していた。

 データの回収に多少の被害はつきものである。

 しかしながら防げる被害は、なるべく出さないような配慮を。

 特に、車というのは一般の人間にとって大きな財産である。それを傷付けてしまうのは忍びない、もしかしたらこの渋滞の車列の中には納車したばかりのオーナーがいる可能性も。

 追いかけながら美月の脳内に悪い想像が。

「なあ、この先に陸橋があるよな」

 跳びながら、左腕のクロノグラフモゲタンに話しかける。

〈ああ、あるな〉

「あの鯉のぼり、まさか故事みたいに滝を昇ったら竜になるとかないよな?」

〈あのデータがどのような性質も持っているか、現状ではまだ推察できない。その可能性をワタシは否定できない〉

 今はただ夜の渋滞の国道を泳ぐように逆走しているだけ。

 だが、万が一にも変貌を遂げ、さらに悪いことに凶悪になって甚大な被害をだしたりなんかしたら目も当てられない。

「この辺りでどこか、人がいないような、ついで周囲から見えないような場所はあるか?」

〈今調べてみる。出たぞ、ココだ〉

 美月の脳内にモゲタンから地図データが転送される。

「麻実さん、アイツの前に出てくれる」

 仕込んである携帯電話で指示を送る。

『了解。シロのお尻ばっかりじゃ観ている人も飽きるわよね、今度は前から可愛い顔を撮影するのね』

 ヨーロッパのズィア達に送るための動画を撮影中の麻実が答える。

「違う。そうじゃなくてこの先の三本目の交差点を右に曲がって、それから少し行った先に現在では使われていないちょっと広めの町工場があるらしいから、そこにアイツを追い込みたいんだ」

 少々早口で。

『OK、お姉さんに任せなさい』

 そう言うと、麻実は飛行速度を上げ、美月を追い越し、そして鯉のぼり型のデータの前へと躍り出て、行く手を阻み、進路を誘導した。


 思惑通りに鯉のぼりを廃工場へと追い込むことに成功した。

 これで暴れ回ったとしても、周囲に大きな被害が出る可能性は低くなる。

 この無人の廃工場がデータとの戦闘によって破壊されたとしても、人的被害はでない。

 美月は鯉のぼり型のデータに接近し、破壊、及び回収を試みようと。

 そんな美月の背中に、

「ちょっと待った」

 と、依然撮影中の麻実の声が飛ぶ。

「まだ例の姿になっていないでしょ、シロ」

「いや……このまま回収できそうだから、しなくてもいいかなって思って」

 追いかけている間も、追い込みをしている間も、鯉のぼり型のデータは反撃を全くしてこなかった。

 油断は禁物であるが、それでもこれまで回収したデータの中でも弱い部類という判断を美月はくだしていたし、それにモゲタンも同意見であった。

「何言っているのよ。今日は大事なお披露目なんだから。ズィア達もきっと楽しみに待ってるはずなんだから。それにあたしだってがんばってデザインしたんだもん。だから、早くしなさい」

「……了解」

 不承不承の返事を美月はし、それから渋々といった動きで、少しだけ恥ずかしそうにコートを脱ぎ始める。

「恥ずかしがらないで、早く」

 そんな美月に、麻実の声が再び。

 躊躇いと、恥じらいをかなぐり捨てて美月はコートを勢いよく脱ぎ、真上へと投げる。

 投げられたコートは、その形を大きく変貌させる。大きく広がり、半径十メートルくらいの閉鎖した空間を造りだす。

 道頓堀で円盤状の盾を幾重にも展開して、データを封じ込め、周囲に被害を出さないようにしたことがあった。

 上手くはいったが、反省することも多い。

 その中でも一番の問題点は、力の消費が激しいこと。

 とくに精神力。

 それを解消するために、変身した時に着用するコートにあらかじめ能力を付与しておき、消耗を軽減させるというのが麻実のアイデアであった。

 閉鎖空間の中には、鯉のぼり型のデータ、ビデオカメラを手にした麻実、そしてグレーのスポブラとスパッツというちょっとだけセクシーな姿の美月だけであった。



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