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命のせんたく


 良いことの後には悪いことがあるもので、中学生活最大のイベントといっても過言ではない修学旅行を終えた美月を待ち受けていたのは、三年生になって最初のテスト。

 重要なテストである。

 この結果によって進路先、もっと言うと将来が決まるとまでは断言できないが、それでも左右されることは、重大なことには間違いない。

 二度目の中学生活、仮初の存在であるのだから本来進路なんか全く気にする必要はないのだが、それでも美月は悪い点は取りたくない、できうるならばそれなりに良い高校に進学して同居している桂を喜ばせたいという思いから、試験勉強に励んでいた。

 しかしながら、集中力というのはなかなかに継続させるのが難しいものである。

 気がつくと、試験勉強ではなく他所事をしていることも度々。

 そんな時に気分転換になるのが命の洗濯こと、お風呂、である。

 美月は、同じ試験でありながら作る側で四苦八苦して苦労している桂と一緒に入浴を。

 最近では一人で入ることも偶に、本当は美月としては一人で入りたいのだが、あるのだが今日は仲良く揃って。

 二人で入るのには少々手狭になった浴槽に。桂の大きな胸に、美月の頭を預けるような姿勢でリフレッシュタイムを。

 本来ならば素早く出て、試験勉強、試験製作に励まないといけない両者であるのだが、程よい湯加減の湯船の中から全然出たくなくダラダラと過ごしてしまう。

「麻実ちゃんは試験勉強捗っているのかしら?」

「上手くいってないって言っていたな。一応は真面目に試験勉強には取り組もうとしているみたいだけど、そういう時に限って新しい変身デザインのアイデアが浮かんでくるって。で、試験勉強を放り出して、そっちに取り組もうとすると今度はそのアイデアが引っ込んでしまうって嘆いていた」

「そうなの、大変よね」

「うん、俺としては新しくデザインしてくれるのは嬉しいけど、別に今のままでも構わないと思っている。ズィアさん達も前のが良かったと言っているんだけど、今のデザインを否定しているわけじゃないんだから」

「そうよね」

 その後しばし会話が止まる。

「そういえばさ……」

 再開の口火を切ったのは桂であった。

「稲葉くん、修学旅行で麻実ちゃんと一緒にお風呂に入ったんだってね、それと洗ってももらったんだよね」

「……うん、まあ……」

 そのことは内密にしておきたかったことなのだが、どうやら麻実から桂へと伝わっていたみたいであった。

「けどあれは不可抗力だ。力を使い果たして動けなくなってしまったから、仕方がなく麻実さんに洗ってもらっただけだ」

 データと対峙して、持てる力を全て使い果たした。

 だからこそ、普段なら絶対に起きないことが起きてしまった。

「別に怒ってなんかいないから。……理由も説明してもらったし」

「そうか」

「それでね、聞きたいことがあるの?」

「……何?」

「気持ち良かった?」

「……はあー」

「だってさ……ちょっとエッチな……胸に泡立てた石鹸をつけて洗ってもらったんでしょ……高いお風呂みたいな感じで……私も昔したけど……その時は気持ち良いって言ってもらえなかったから」

 普通の入浴料の数十倍もするようなお風呂屋さんでする特殊な洗い方を、昔の美月、つまり若かりし頃の稲葉志郎、は桂にリクエストして、一緒に入浴しその豊満な胸に石鹸を塗りたくり、全身を泡まみれにしてもらったという若気の至りとでもいうべき過去があった。

 その時の感想は、期待していたほどの快楽は皆無で、それでも恥ずかしさに堪えながらもせっかく応えてくれたのだから、お世辞であっても「気持ち良い」と答えるべきであったのに、こともあろうか当時の稲葉志郎は「別にそんなに気持ち良くなんかないな」と、言ってしまった。

 言った本人は忘れていても、言われた者は憶えているもの。

「……ああ、ゴメン」

「いいの……別に。……それで気持ち良かったの?」

「いや、別に。多分洗い方が上手くないんじゃないかと。ああいうのは研修を受けてから店に出るみたいだから」

「稲葉くん、どうしてそんなこと知っているの?」

「そりゃまあ、一応男だからその手の知識くらいは多少はな」

「もしかして私に内緒で、そういうお店に行っていたとか?」

「ないない、そんな店に行ったことないって」

 間髪入れずに否定を。

「……本当に?」

 ジト目で桂が訊く。

「ああ、本当だ。第一、そんな場所に行く金があったらもっと良いもの食っていたよ。……それに桂にだってプレゼントの一つや二つ贈れたはずだし……」

 後半の声は小さくなったのだが、桂の耳にはちゃんと届いた。

「稲葉くん」

 後ろからギュッと抱きしめられる。

 桂の大きな胸が心地良かった。美月はそこに体重を。

 重たい、けどその重たさは幸せな重さだと桂は感じていた。

「幸せだよね、私達」

「うんまあ」

「こうして、ずっといたいね」

 お風呂は、湯船の中は気持ち良かった。

 それに同意したいが、素直に肯けない美月は、

「うーん、それはちょっとな。元の姿に戻りたいし、それが可能になるのはまだ先だったとしても、もうそろそろ二人で一緒に入るのは無理になるんじゃ」

「これからも一緒がいい」

「けどな、流石に二人一緒に湯船に浸かるのは狭くないか」

 もともとは単身者用の部屋の内風呂、美月の身体が小さい頃はまだ問題なかったが、成長とともに狭くなってくる。

「稲葉くん、というか美月ちゃんの身体は大きくなってるもんね」

 そう言いながら桂は、美月の成長中の胸の手を優しく揉む。

 少女の身体になって約一年ちょっと、それから女性の快楽を経験しておおよそ半年。

 以前はくすぐったいと感じていた桂の手の動きが、いつしか気持ち良さ、快楽に。

 先程の雰囲気、それからこの桂の行為で、いつもの二人、とくに桂、ならばそのまま事に及ぶことは必定であったが、桂の手は胸意外の場所を触るようなことはなく、また美月も他の部分に触れてほしいとは言わなかった。

 というのも、両者ともにすべきことがある。流されて情事に走ってしまうと、後に後悔することは目に見えており、そして自制が利くくらいに互いに大人でもあった。

「胸また大きくなったよね。テストが終わったらブラ買いに行こうか」

 またちょっと窮屈に感じていた。

「そうだな。……ああ、そうだそれより水着買わないと」

「水着?」

「うん。多分去年の水着は入らなくなってるんじゃないかな。来月からプールでの授業があるし」

「スクール水着のこと?」

「他にどんな水着を買う必要があるんだよ?」

「去年はさ、稲葉くんが拒否したから普通の水着を買わなかったんだよね。でも、一年経って趣旨替えをして、今年は可愛い水着を買って私の目を堪能させてくれるのかと思ったのに」

「しないよ、そんなこと」

「ええー、買おうよ。そんでもって今年は一緒に海かプールに行こうよー」

「これでも一応受験生なんだけど」

「少しくらいなら遊んでも平気だから」

 そんなことを言いながら桂の手は、美月のふくらみを、ちょっとだけいやらしい手つきで撫でまわす。

 その手を美月が払いのける。

「気持ち良くなかった?」

「うんにゃ。だけどさ、一緒にいるときは始終こんな調子だとアレだなと思って?」

「どういうこと?」

「今のままの成績じゃちょっと難しいかもしれないけど、頑張って成績を上げて桂の高校を受験しようかなと密かに思っていたんだよな。費用面でもモゲタンから大丈夫ってお墨付きをもらったし」

「……稲葉くん……」

「でもさ、こんな風に俺にべったりだったら、同じ高校にいるようになったら桂の仕事に支障をきたすんじゃないかなと思って。だったら、別の高校の方がいいかもしれないな」

「そんなことないよ。私、仕事だったら真面目にするもん。……稲葉くんと一緒にいたいもの」

「でもまあ今のままの成績じゃ、情けないけど合格しないけどな」

「今から頑張れば、まだ間に合うよ」

 そう言うと桂は美月を連れて湯船から飛び出し、自分の作業はそっちのけで美月の試験勉強に付き合った。



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