表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
145/333

女子中学生、西へ 18R


 臭気が車内に充満した。

 それによって多くの、いやほとんどの生徒の体内に異変が生じた。

 身体の中から、内臓が、胃が、強烈に訴えてくる。つまり、食欲を刺激する匂いであった。

 匂いの元は、ある生徒が新大阪駅で購入した豚饅であった。

 この豚饅、匂いが強いことで有名であった。強烈な香りで、新幹線のような閉鎖された空間で食べると周囲の人間に迷惑が掛かってしまうという代物。

 通常、豚饅テロと呼ばれる行為。

 このテロによって多くの生徒が急激に沸き起こる食欲に苛まれることに。

 修学旅行の帰りの新幹線車内。行きには大量に持ち込んでいたお菓子ももうすでに底を打っている。

 ならば小遣いで車内販売の何かしらを購入し、それで突如襲ってきた空腹を満たせばいいと思う人もいるだろうが、修学旅行の帰路、ほとんどの生徒の財布の中身は空っぽに近いような状況であった。それでも中には計画的にお金を使い、まだ金銭に余裕のある者もいるにはいたのだが、車内販売の値の高さに慄き、購入をためらってしまう。

 空腹を我慢する生徒を大勢乗せて新幹線は東海道をひた走る。

 が、東京まではまだ遥か彼方、二時間以上もかかる。

 そんな中、美月はどうしていたかというと、他の生徒同様に、いやそれ以上の内なる空腹の欲求と理性のせめぎ合いを。明け方からずっと美月の体内のエネルギーは枯渇とまではいかなくとも少ない状態が続いていた。そんな中でのこの匂い、嫌が上でも食への欲求を掻き立てられてしまう。

 美月の持ち物の中にはこの空腹をしのぐものが入っていた。それを食せばこの状況、状態から抜け出すことができる。しかしながら、その食べ物というのは、桂に頼まれて大阪で購入したバームクーヘン。つまり、お土産。桂が楽しみにして待っているお土産に手をつけてしまうのは。

 美月の中で葛藤が。

 食べるべきか、それとも自重すべきなのか。

 そんな悩みに終止符を打った、というか打ってくれたのは靖子だった。

「美月ちゃん、これ食べる?」

 そう言って差し出されたのは小さな袋、中身はかりんとうだった。

「いいの?」

「うん」

「でもどうして残っているの?」

「……かりんとう好きなんだけど……年寄臭いって美月ちゃんに思われるんじゃないかと思って隠していたの。でも……美月ちゃんすごくお腹が空いたような雰囲気だから」

「ありがとう。すごくうれしいよ。それと、僕もかりんとう好きだし」

 中身が中年間近の男としてはスイーツなんかよりも、この手のお菓子のほうがはるかに好みである。

「……本当?」

「うん、本当だよ」

 そう言いながら美月は袋の中に手を入れて、かりんとうを一つ摘み口に中へと放り込む。優しい甘さが口中に広がり、やがて全身へと流れていくような感じが。

 小さなかりんとうを食べただけで空腹が完全に癒え、枯渇していたエネルギーが回復とまではいかなくとも、それでも少しはマシな状態に。

 なんとか東京まではもちそうな予感が。

 車内全ての人間にかりんとうが行き渡るわけではない。

 他のお腹を空かせている生徒には正直申し訳ないとは思いつつも、背に腹はかえられず、

グループ内でこっそりと消費。

 これで完全に空腹が癒えるというわけではないのだが、それでも改善を。

 事実、東京まであと少しという所まで持った。

 しかし、新横浜で新たなテロが。


 解散の声を聞いてから、美月は一人で帰路についていた。

 麻実と同じマンションに住んでいるのだから普通ならば一緒に帰るはずなのだが、

「桂は絶対にシロと二人きりになりたいはずだから。それと中華が食べたくなったから食べて帰るから」

 そう言って、一人夕方の商店街へと消えていった。

 新横浜で起きた第二のテロは焼売によって起こされたものであった。

 そのために麻実の、というか大半の生徒の胃袋は、中華料理を欲するような状態になっていた。 


 一人帰宅した美月を、桂は相好を崩し出迎え、さらには過度なスキンシップを。

 喜んでくれるのは嬉しいけど、その反面で少しだけ鬱陶しいとは思いつつも、ここで邪険に扱えば拗ねてしまうのは目に見えているので、適度にあしらいながらキッチンへ、そして冷蔵庫を開ける。

 中には出かける前に入れた記憶のないタッパーが。

「あ、それっ」

「桂がいれたの?」

 美月が取り出す前に桂が小さな声を上げ、それに美月が反応。

「……うん……」

 美月はタッパーを冷蔵庫の中から取り出し蓋を開ける。中には麻婆焼きそばが。

「これ桂が作ったの?」

「……うん……久し振りに逢った友達から麻婆焼きそばというのを教えてもらって作ってみたの。……でも、あんまり美味しくなかった……」

 普段まったく料理を作らない桂が珍しいことをしたものだと思いながら美月は麻婆焼きそばを眺める。

 冷蔵庫の中で冷やされていたためにあまり香りはしないが、それでも美月は鼻腔にちょっとばかりの辛さを感じた。

 食欲が刺激される。

「これ喰ってもいいか?」

「さっきも言ったけど、美味しくないよ。それにお豆腐はグチャグチャだし」

「いいよ、腹減ってるから。それにせっかく桂が作ったんだから、こんな機会めったにないからな」

「ひどーい」

 桂の声を背中で受けながら美月は麻婆焼きそばの入ったタッパーをレンジに。このままでも食べられるのだが、温めたほうがいいと判断して。

 数分後、冷えた麻婆焼きそばが温かい麻婆焼きそばに。

「それじゃ、いただきます」

 箸を伸ばして少し湯気の立っている麻婆焼きそばに。

「美味いよ、これ」

「本当に? それってお世辞じゃなくて」

「うん、本当に上手いよ。桂ももう一回自分で食べてみたら」

 そう言いながら美月は箸で焼きそばを掴み、桂の口へと運ぶ。

 昨日の味気なさを思い出し、拒もうとしたが、それでも好きな人から食べさせてもらうというシチュエーションに抗うことができずに、桂は素直に口を開け受け入れる。

「……あれ……美味しい」

「だろ」

「どうしてだろう? 稲葉くんと一緒に食べてるからかな」

「俺は調味料かよ」

「うん。誰かと、好きな人と一緒に食べるのが最高の調味料。それって、こんなにも嬉しくて、幸せなことなんだなー」

「なんだよ、それ」

「いいから、それよりも食べよ」

 二人で麻婆焼きそばを。

 だがいかんせん、昨夜の残り物。すぐにタッパーの中は空に。

 ずっと胃袋を刺激され続けていた美月にはこれでは物足りない。

「それじゃ頑張って夕飯を作るか。桂何か食べたいものある?」

「えっと……稲葉くんかな」

 そう言いながら桂は美月に抱きつき、押し倒した。

 そしていつもならば甘いキスなのだが、食べた物が食べた物だけにHotなキスを。


 この後R18展開へとことが及ぶのだが、それを仔細に表記するとアウトなので詳しくは記載しないが、事が済んだのち、土産で購入したバームクーヘンで一時休憩をはさみ、甘いキスで第二ランド、そして次は宅配のピザを注文して三ラウンド目にまで突入したことだけは記しておこうとおもう。



修学旅行編、これにて完結。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ