女子中学生、西へ 16
光の矢は、一本だけではなかった。
二射目、三射目、さらに続けざまに矢が放たれた。
放れた光の矢は、蟹型のデータの固い甲羅をいとも容易く貫いていく。
麻実があれほど苦労していた相手を、ほんの数射で見事に撃破。
「天狗が助けてくれたでー」
麻実の背後から声が上がった。
その声を聞くまでもなく、麻実には自分の窮地を救ってくれた人物が誰であるのか分かっていた。
頭の中の信号が教えてくれていた。
だがしかし、その人物は昨日日本を離れ欧州の地へと帰還したはずなのに、どうしてここにいるのだろうという疑問が少しだけ麻実の脳裏をよぎったが、それよりもまずは、
「ありがと、ズィア」
お礼と助けてくれた人の名前を言いながら、光の矢の放たれた上空、より正確に表記すると道頓堀の上空、を見やった。
そこには美月から聞いた通りの、ズィアの変身後の姿が。
「ガールを助けるのは男の仕事です。それよりもう一体データがいます。退治と回収をしますけど、手伝ってください」
そう、蟹型のデータは破壊したが、まだデータは他にも出現している。
「何をすればいいの?」
ついさっき目前にまで迫っていた死への恐怖は忘却の彼方に捨て去って、麻実は明るい声でズィアに問う。
「わたしの力は強いですけど、打つのにちょっと時間がいります。さっきのデータは動きが遅いから当たりましたけど、まだ残っているデータは動きます、それも速く。だから、チャージするまでの間データを引き付けておいてほしいのです」
強力な威力であったが、それを放つのにはタイムラグが。
その間にデータが逃げる可能性があった。
「了解、任せて」
ズィアの意図を理解し、麻実は大きな声で返事をし、まだ健在のデータのいる方向へと力強く羽をはばたかせ飛んで行った。
ズィアの発する信号は美月も感じ取っていた。
それも麻実よりも早く。
麻実同様に、どうしてヨーロッパへと舞い戻ったはずのズィアがこの場にいるのかという疑問はあったが、それ以上に彼が今この場に存在していることがすごく頼もしかった。
二度、彼と一緒にデータの回収を行っている。
ズィアの強さを知っている。
先程までずっと心の片隅に巣くっていた麻実への心配が一気に解消された。
彼が一緒ならば、麻実は絶対に大丈夫。
そんな美月の考えはすぐに証明されることに。麻実と対峙していたデータの信号が、美月の脳内から消えた、これはズィアもしくは麻実が破壊、及び回収に成功した証であった。
だがそれでも、もろ手を上げて喜ぶわけにはいかなかった。
まだデータは存在している、その信号を美月は脳内にしっかりと感知している。
しかしながら、そのデータもしばしの時間を置いて、その時ちょっとした違和感を覚えたのだが、消えてなくなった。
心配事が、憂いが解消された。
後は目の前にいるカーネルサンダース人形型のデータを破壊し、回収するだけ。
そう思うと、途端に身体が軽くなったような気がした。
心と体は繋がっている。
余計な思考、この場合は心配事、はそれによって無意識に体の動きを阻害してしまう。その無意識が引き起こした枷のようなものから美月は解放された。
また、脳内も活性化される。
美月の中に、カーネルサンダース人形型のデータを破壊するプランが浮かび上がる。
〈その手段は危険だ、ある種の賭けだ〉
美月の脳内の思考を読み取り、モゲタンが声を。
指摘されなくとも美月には分かっていた。
だが、そのプランを実行するのはそれほど悪手には思えなかった。
「一か八かは承知している。けどさ、試してみてもいいんじゃないか。仮に俺が失敗したとしてもズィアさんも控えていることだし」
一人じゃない、誰かがバックアップしてくれる保証がある、それは心強いことだった。
失敗するつもりなんか、打ち漏らすつもりなんか毛頭ないけど、この場で絶対にデータを破壊、そして回収しなくてはいけないという重圧から解き放たれて、ある意味気楽な気持ちになった。
それに、一か八か、とは言ったものの、本心ではそんなことは全く思っていなく、確実にとまでいかないが、それでも高い確率で成功するような気がした。
〈了解だ。……それでは行くぞ〉
「ああ」
返事をし、それから大きく息を吸い、
「行けー」
美月が吠える。
それに呼応するかのように、逃がさないために展開していた全ての円盤状の盾が、カーネルサンダース人形型のデータを目掛けて一斉に射出された。
と、同時に美月はカーネルサンダース人形型のデータを見据え、いつでも攻撃できるような態勢をとった。
本音を言えば、全ての盾をデータ目掛けて射出したことによって、疲労が、体力がもう尽きようとしていて、今にも片膝どころか両膝をついてしまいそうなぐらい疲れ果てていた。だが、この攻撃にももしかしたらデータは耐えてしまう可能性もあるかもしれないと美月とモゲタンは考慮し、そうなった場合に備えてすぐに次の攻撃ができるような準備を。
準備をしながら美月は、これはもしかして無駄かなと思った。
この一斉射撃の攻撃で片が付けばいい意味で無駄に終わる。しかし、倒せなかった場合は先程背中に与えた強烈な蹴りでもたいしてダメージを与えることはできなかった、この疲労困憊の身体ではさっきよりも攻撃力は低くなっているはず、そんな状態で攻撃を加えても。だが、この一撃がもしかしたら後に控えている麻実とズィアの一助になるかもしれない。自分が倒すことはできなくとも、後の二人への大きな援護射撃になるかもしれない。
無駄ではない、必要なことと美月は思い直す。
そんなことを考えている間にも円盤状の盾はカーネルサンダース人形型のデータ目掛けて射出され続ける。
当たる前に何枚も破壊されてしまう。
それでも円盤状の盾が次々とカーネルサンダース人形型のデータに確実にヒットしていく。
「壊れろー」
無意識化の声が外へと。
美月の攻撃にビクともしなかった白い人形の身体が徐々に円盤状の盾によって破壊されていく。
手足をそぎ落とし、胴体を真っ二つに、八つ裂きに、粉々にして、最後に残った頭部を切り刻んだ。
あれだけ固かった、強かったカーネルサンダース人形型のデータの破壊にようやく成功する。
「……終わったな」
〈ああ、データの回収にも成功した〉
そう呟きながら、美月はさっきまでカーネルサンダース人形型のデータが立っていた地点を凝視する。
「……やり過ぎたか?」
〈キミの指摘通り、あきらかにやり過ぎだな〉
強い相手だったから過大評価しすぎた、自身の攻撃を過小評価しすぎた、どちらかは定かではないが、過剰な攻撃であったことは間違いなかった。
その証拠に、なるべく壊さないように心がけていたはずなのに、ビルの一部を大きく破壊してしまっていた。




