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女子中学生、西へ 15


 当然のことながら美月も、当然モゲタンも、三体目のデータが出現したことを把握していた。

 しかしながら如何せんどうしようもできなかった。

 美月の目の前には現在相手をしなければいけないデータが。

 それも、かなり手強い。

 このデータを放置して、麻実の応援に駆け付けるわけには。

 心情を素直に吐露すると、美月は一刻でも早く麻実の傍へと駆け付けてあげたかった。

 その理由は、心配だから。

 見た目では美月の方が年下なのだが、実年齢では麻実よりも十歳は上。気の合う年下の友人、あるいは大切な妹のような存在。

 そんな彼女が窮地、とまではいかなくともそれでも窮地な状況に。

 そんな麻実を助けるために一刻も早く合流したい。

 親心、というか兄心のようなものが。

 しかしながらそれは少々過保護なのではと思われる読者諸兄もおれるだろう。麻実も美月同様に尋常ならざる力を有したデーモンである。そんな心配は無用なのでは、そう思われてもおかしくないのだが、これにはちゃんと理由が。麻実には単独でのデータとの戦闘の経験がなかった。能力を得た当初、近くに出現したペンギン型のデータを時折ストレス解消のようにいたぶっていたが、あれは遊びのようなもの。

 一緒に行動するようになってからは、時折美月をサポートするような形でデータ回収に赴くが、本格的な戦闘には参加していない。

 そんな麻実が今、多くの人を守るために一人でデータと対峙している。

 心配にならないほうが、どうかしている。

 目の前の相手に集中しないといけないはずなのに、美月は麻実へと心配で気が漫ろになってしまう。

〈集中しろ、崩れるぞ〉

 美月の脳内にモゲタンの声が飛ぶ。

 現在美月はカーネルサンダース人形型のデータを、自身が展開する盾を何百枚、何千枚と周囲に張り巡らせて閉鎖した空間の中に自分と一緒に閉じ込めていた。周りに被害が出ないようにしていた。

 モゲタンの言う、「崩れる」というのはその展開している盾が崩壊してしまうこと、せっかく閉じ込めて周囲に被害を出さないようにしている状態が崩れてしまうこと。二つに意味が込められていた。

 眼前に美月という敵対相手がいるにもかかわらず、依然データは美月にではなく明後日の方向に向かってステッキを奮い、衝撃波を発生させていた。

 衝撃波が美月の盾を破壊していく。その度に、美月は新しい盾を展開させていく。

 一枚出すだけならば、それほどの疲労はない。しかしそれが幾度となく、それも相応の数に上ると疲れてくる。

 肉体的ならまだしも、精神的には正直美月は疲労困憊であった。

 その上、早く麻実のところへと向かわないと、という焦りもある。

「早くアイツを倒すぞ」

〈了解だ〉

 とはいうものの、なかなか近付けないでいた。それというのもカーネルサンダース人形型のデータが絶え間なくステッキを振り続け盾を破壊し、美月は展開している盾の補充に忙殺されてしまう。

 そんな中で突如データに隙が生じた。

 カーネルサンダース人形型のデータが美月に対して無防備な背中を見せた。

 その瞬間を美月は逃さなかった。

 隙だらけの背中に強烈な蹴りを放った。

 

 麻実は苦戦していた。

 可憐な戦闘とは程遠い、文字に起こすのならそれこそ、ポカポカポカポカ、という擬音が見事なまでに当てはまるような、傍から冷静に目で観察していれば、まるで児戯のような酷いありさまであった。

 動き自体は酷いといって過言ではないが、それでも確実に蟹型のデータの進行は防いでいた。

 横移動をする蟹型データに近付き、小さく動く脚を避けつつ、甲羅や腹を殴る。

 しかしながら、麻実の力が弱いのか、それとも蟹型だけあって装甲が厚いのか、あまり効果はなさそうであった。

 それでも麻実は手数てかずを。

 これがアマチュアボクシングであれば、確実に勝利を得られるくらいに有効打を与えたつもりであったのだが、その成果のようなものが一向に表れない。

「何で効かないのよ」

 麻実が思わず呟く。その声には苛立ちが滲み出ていた。

 そんな麻実の頭上に巨大ハサミが迫った。

 寸でのところで回避する。巨大なハサミは戎橋へと突き刺さった。

「チャーンス」

 ハサミが橋から抜けなくなり、動きが止まった。

 その隙に麻実は蟹型データの背中、甲羅へと飛び乗り、パンチでは有効的な効果を得られないことを鑑みて、今度は蹴りを、地団太を踏むがごとく蹴りつけた。

 しかしながら、これも大きなダメージを与えることはできなかった。

 おまけに、せっかく接近したというのに振り払われ、撥ね退けられてしまう。

「いい加減に倒れなさいよ」

 押しているはずなのに、こちらが追い詰められているような心境に麻実はなっていた。

 蟹型データの動きが変化した。

「蟹なのにどうして前進できるのよ」

 思わず悲鳴のような声を上げてしまう。

 これまでずっと横移動をしていた蟹型データが突如麻実に向かって突進を。

 蟹は横で移動するものという固定観念がある麻実には、この動きはまさに驚愕であった。

 だが、驚きはしたものの対応に苦慮するような動きではなかった。

 一旦冷静になれば、落ち着けば簡単に躱せるような速度であった。

 しかし、麻実は蟹型データを避けるのではなく、真正面から受け止めた。

 麻実の背後にはまだ避難していない、野次馬と化している人が大勢いたから。

 避けてしまっては、自己責任であると思うけど、被害が出てしまう。

 逃げろと言っているのに、まだ己の判断でその場に残っている人間が正直どうなっても別に構わないとは思うものの、いつも行動を一緒にしている美月ならば、こんな場合でも身を挺して守るんだろうなと麻実は考えていたら、自然に体が動いていた。

 力と力が拮抗する。

 両者互いに一歩も動かずに力比べを。

 そんな膠着状態の中、先に動いたのは蟹型のデータであった。

 甲羅が大きく開き、中から卵ならぬ小型に蟹が這い出てきた。

 緊迫した状況であるにもかかわらず、ある年齢以上の人間は皆一応に同じような感想を懐いた、そして中にはそれを口にする者も、

「ビックリドッキリメカみたいや」

 無数の子蟹達が麻実の足元を通り抜けていく。背後の人へと向かっていく。

 麻実は込めていた力を抜き、蟹型のデータの押す力を利用して後ろへと大きく跳んだ、そして空中でトンボを切り、宙に浮いたままで背中の漆黒の羽を大きく羽ばたかせ風を巻き起こし、子蟹達を一斉に吹き飛ばした。

「アンタの相手はあたしでしょ、他の人間には絶対危害をあたえさせないからね」


 宣言はしたものの、麻実に打つ手はなかった。

 自らの攻撃は当たりはするものの、さしたるダメージを与えることはできていない。

 この場に蟹型のデータを足止めすこと、周囲になるべく被害を出さないようにするだけで精一杯であった。

 早く、美月に来てほしいと願いながらの防戦。

 そんな状態に麻実に悲鳴のような声が。

 それは背後からではなく、道頓堀の向こう側から。

 何故? と、疑問に思う前に、気付いてしまう。

 脳内に、四つ目のデータ出現を知らせる警告音が鳴り響いたのであった。

「なんでまた出てくるのよー」

 言いながら麻実は泣きそうな気分に。

 目の前のデータ一体ですら対処に苦慮しているのに、もう一体出現するとは。

 携帯電話ですぐに応援を美月に頼むことを考えるが、止める。

 それはどうやら無理そうだ。

 動けるような状況ならば、もうとっくの昔に駆け付けてくれて蟹型のデータを破壊、及び回収しているだろう。

 そうなっていないということは苦戦しているはず。

 そんな状態の中で電話するのは。

 この場は自分で、というか自分以外には頼れるものが存在しない。

 しかしながら、どちらを優先すべきなのか?

 目の前でのデータを放置してしまえば、現在背後にいる酔っぱらいの群れに被害が出る可能性が高い。

 だがしかし、頭の中の信号で判断するに、新たに出現したデータの方が強そうだと感じる。

 離れて存在する二体のデータをいっぺんに相手はできない、どちらかを選択しないといけない。

 だが、麻実は選択できない。

 できないままで、思考がドツボに嵌っていく。

 目の間にいる蟹型のデータの存在ですら一瞬忘れて考えてしまう。

 それが大きな隙になってしまった。麻実が気がついた、悩みを一時停止した時には、蟹型のデータの巨大なハサミが頭上へと迫っていた。

 避けられない、このままじゃ絶対に当たる、当たるだけじゃない、痛いはず、痛いですむのかな、あれだけ大きなハサミが猛スピードできたら頭潰れちゃうかも、潰れちゃったら普通死ぬよね、嫌だ、まだ死にたくなんかないよ、せっかく元気になってやりたいことして楽しんで生きているのに、シロの美味しいご飯を食べたいのに、桂ともっとお喋りしたいのに、みんなと遊びたいのに、こんな所で死ぬのなんて絶対に嫌だ、でも駄目だ、避けられない。

 ハサミが迫ってくる中で麻実は、そんなこと考え、最後は諦めにも似た心境で、どうせなら目を瞑ろう、当たる瞬間を見てるの怖いし、そんなことを思い、目を閉じようとしたのだが、自らの意思に反して瞼は閉じることなく開いたまま。

 ああ、もうちょっとで当たると思った瞬間、巨大なハサミの軌道が変わった。

 突如として現れた光の矢が、巨大なハサミを穿った。



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