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女子中学生、西へ 13


 美月は意を決し、空間を跳躍した。

 これまで幾度となく跳躍してきた空間転移、それなのに決意が、覚悟が必要だったのには理由があった。

 その理由とは、道頓堀。

 カーネルサンダースの形をしたデータを、周囲に人的被害を出さずに破壊し、確保するためには人がいない場所が望ましい。

 堀の中、水の中はまさにうってつけであったが、美月は躊躇する、意を決しないと空間跳躍できないのには訳が。

 それは水の汚さ。

 流れのない水というのは澱むものである。

 その中に飛び込んでいくのにはかなりの勇気を必要とした。

 見た目通りのおしゃれや清潔さに異常なまでに気を遣う年齢ではないものの、この汚い水の中に我が身を顧みずに飛び込んでいく覚悟はなく、躊躇ってしまう。

 だが、被害を出さないためには必要な行動であった。

 だからこそ意を決したのであった。

 跳んだ先は、もちろん道頓堀の中。

 濁り切った流れのない水の中に、積もったヘドロと塵。

 データ回収が最優先事項であるにもかかわらず、美月は別のことを考えてしまう。宿に戻ってからお風呂、もしくはシャワーを浴びることができるだろうか、このままでは汚いし臭い。室内にお風呂もあるしシャワーも備わっていたが、事態を解決して帰るころには深夜、または明け方になっているだろう。そんな時間に使用なんかしたら寝ている知恵や文、靖子を起こしてしまうんじゃないだろうか。また、起こしてしまうだけならばいいのかもしれないが、それによって何をしていたのかと追及されてしまうんじゃ。そんなことをつい考えてしまう。

 そんな妄想じみた思考が停止したのはモゲタンの声が脳内で響いたからだった。

〈来るぞ〉

 舞い上がったヘドロと塵が美月へと突進してくる。

 姿は見えないがデータであった。

 ヘドロに中からバットならぬステッキの横一閃の攻撃が。

 水の中ということもあり、鋭いとまではいかないものではあったが、それでも当たれば重そうな一撃であった。

 まともに喰らえば、いきなり行動不能に陥るとまでいかなくとも、それなりにダメージが。

 だが、美月はその一閃を避けなかった。

 その反対に、ぬかるむヘドロを蹴ってデータ目掛けて飛び込んでいった。

 一閃が美月の小さな身体に襲い掛かる。

 当たる寸前に円盤状の盾を何重にも張り巡らせて展開。

 データの攻撃を防ぐ。

 防ぎつつも、なお前進。データの懐に入り込み、抱きつく。

(この近くに人の全然いない場所はあるか?)

〈しばし待て、探し出す。……あったぞ〉

(そこに跳ぶ)

〈了解した。案内するぞ〉

 水中の中では声を出せずに、汚い水だから口の中になるだけ入れたくないというのもあるが、美月は脳内でモゲタンと簡潔な会話を。

 モゲタンの指し示した位置へと、美月はデータを抱きついたままで跳躍した。


 美月がデータに組み付いて跳んだ場所は、道頓堀沿いのある程度広いビルの屋上であった。

 屋上ならば誰もないはず。

 そう考え、モゲタンに周囲を調べてもらい適した場所を探してもらった。

 目論見通りに、屋上には誰もいなかった。

 これで思う存分、とまではいかないが、それでも人的な被害のことを気にせずに戦うことができる。

 屋上に着いた瞬間、美月はカーネルサンダース人形のデータに強引に引き離された。巨体に似つかわしくない、しかしながらバースとしてだったら合っている鋭い腰の回転、その遠心力によって吹き飛ばされてしまったのだ。

 このままではビルから落下してしまうという寸前で、美月は進行方向に円盤状の盾を何枚も重ねて展開し、吹き飛ばされた勢いを足の裏と円盤で封殺した。

 ビルの屋上で対峙する美月とカーネルサンダース人形型のデータ。

 頭の上にちょこんと乗っかる阪神タイガースの帽子を見て、美月は思わず、

「あれってバースといよりもオマリーみたいだ」

 と、呟いた。

 先程までいた橋の上ではまだバースを讃える応援歌がこだましている、それにオマリーはカーネルサンダース人形とは全然似ていない。にもかかわらず、別の助っ人外国人の名が美月の頭に浮かんできたのには理由が。それは帽子が頭に対して小さすぎる、オマリーという助っ人外国人は小さめのヘルメットをかぶるのがトレードマークであった。そこから連想して、名が浮かんできたのであった。

〈検索したが似てはいないだろう。先程から周囲で上がっているバースという人物のほうがはるかに外見はそっくりだ〉

 と、モゲタンに言われてしまう。

 そんな指摘が終わった直後に、再びモゲタンの声が美月の脳内に。

〈来るぞ、集中しろ〉

「ああ、分かっている」

 美月の返事の声が言い終わらないうちにカーネルサンダース人形型のデータがステッキをまるでバッドのように操り、豪快なスイングを。

 美月との距離は離れていた。

 ステッキは美月の届かない場所で綺麗な、それでいて鋭い弧を描いた。

 衝撃波が美月に襲い掛かった。

 避けることも可能であったが、美月が躱すことで背後にある別のビルを傷付けてしまう可能性を考慮し、何しろ威力のほどが判別できないから、美月は前方に円盤状の盾を数枚展開して防ぐことに。

 美月が纏っているサイクルジャージとサイクルスカートのような衣装の一部が切り裂かれた。

 身体にはダメージこそなかったが、完全に衝撃波を防ぐことができなかった。

「……こいつ、強い」

〈油断をするな。先日の鵺と匹敵する、もしくはそれより上の相手かもしれない〉

「ああ……でも、やっぱりオマリーじゃなくてバースかもしれない」

 油断するなと言われたばかりなのに、スイングによって頭の帽子が取れたデータを見て、美月はこの緊迫した状況に相応しくない言葉をついポロリと出してしまった。


 カーネルサンダース人形型のデータは再度スイングを。

 本物のバースのような振り。

 バット、ではなくステッキから放たれた衝撃波が美月に襲い掛かる。

 先程よりも厚く円盤状の盾を前方に展開して、厚い守りで防御態勢に。

 今度は完全に防ぎきることはできたのだが、それでも幾層にも展開した円盤状の盾は残り二枚まで突破されてしまった。

「本当に強いな、コイツ」

〈ああ、それでどうする?〉

「何とかアイツの懐に飛び込みたいんだけど……」

 懐にさえ入ってしまえば、密着してしまえば、あの鋭いスイングで攻撃はされないはず。そう考えるのだが、近付く隙が今のところ見いだせない。

 返す返すも、先程引き離されてしまったことを美月は後悔した。あの時是が非でも離されずにいたのならば、今この段階で攻撃することも可能であったのに。

 カーネルサンダース人形型のデータが向きを変えた。

 美月に対してクルリと背を向ける。

 絶好のチャンスであったのだが、思いもしない行動に美月は、モゲタンも、呆気にとられ、自分達のなすべきことを一瞬忘れ、データの動きを注視してしまった。

 背後を向けたデータはスイングを。例のごとく鋭い衝撃波がとび、その先にあるビルの看板を破壊した。

 壊れた看板は落下する。落下先は幸いにも道頓堀の中であった。人的な被害は出なかったが、突然崩れ落ちた看板にまだバースと天使降臨で盛り上がっていた群衆が静寂した。

 一撃では終わらなかった。すぐさま別の方向に何回もスイングを。

 その度に何かが破壊され、地上へと落下していく。

静寂がパニックへと徐々に変貌していく。

〈何故だ? 理解不能だ〉

 モゲタンの声を聞きながら、美月はもしかしたらカーネルサンダース人形にデータが取り付いたことによって、似ているという理由だけで道頓堀の中に放り込まれ、放置されてしまったことへの人形の恨みつらみが、力を得たことにより復讐に転じ、すなわち大阪の人間への逆襲を行っているのではないかと考えてしまったのだが、いくら何でもそんなオカルトじみたことは流石にないと思い、その妄想のようなものはモゲタンに伝えることはしなかった。

 被害が拡大していく。

 注意をコチラに向けないと。美月は円盤状の盾をフリスビーのようにデータ目掛けて投射した。

 見事に命中した。が、ダメージを与えたような形跡はなかった。そして注意を引き付けるという目的も叶わなかった。

 データは美月のことを無視するかのように周囲を破壊していく。

 まだ被害は小さい、しかしながらこのままでは確実に大きく、広がっていくのは間違いなかった。

「モゲタン、こういうことって可能か?」

 ある計画を思いつき、美月はそのプランを脳内でモゲタンに説明し、実行可能か問うた。

〈……可能だが……それはキミの負担が大きいぞ。ワタシとしてはあまりお薦めしない〉

「構わない」

モゲタンの忠告に美月は間髪入れずに答える。

躊躇している間にも被害は大きくなっていく。

〈分かった。行くぞ〉

「ああ」

 幾数もの、何十、何百、何千もの円盤状の盾が瞬時に展開される。

 展開された盾は美月とデータのいるビルの屋上を瞬く間に覆いつくす。

 盾でこの場を閉鎖してしまう。そうすれば周囲に被害が出ないはず。

 それが美月が咄嗟に打ち立てた作戦であった。

 これまでも何枚もの盾を同時に展開したことは何度もあった。だが、これだけの枚数を一度に出したことはない。

 美月は、急激に全身の力が抜けていくような感覚に。

〈大丈夫か?〉

「ああ、なんとかな。それより絶対にここでアイツを回収するぞ」

 本音を言うと、力が入らず膝が折れてしまいそうな疲労感があったのだが、美月は自らに檄を飛ばし、奮い立った。


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