女子中学生、西へ 10
夜の動物園は静かではなかった。
動物は本来夜行性。突如現れた侵入者に敏感に反応した動物達がまるで威嚇するようにあちらこちらで吠え立てていた。
そんな中を美月は脳内の信号を頼りに進む。
データの反応があったのは狸の檻の中。
複数いる狸に混じって一匹だけ異なる姿のものが。
「あれって狸というよりは、どっちかというと狐だよな」
データの黒い姿を見て美月は一言漏らす。
〈ああ、だが狸も狐も同じイヌ科の生物だ。あながち間違いというわけではないだろう〉
美月の独り言にモゲタンが反応。
「まあそれはいいとして、どうやって捕まえるか」
檻の中に逃げ込んだ。袋の中のネズミ、いや狐である。
普通に考えれば、簡単に捕まえられる状況である。狭い空間であるから、これまで美月達から逃げていた速度、つまりこのデータの得手が封じられたようなもの。しかしながら簡単に捕獲されないだろうな、檻の中で暴れ回って住人、もとい狸寝入り中の住狸達を、もしかしたら傷付けてしまうかもしれない。それはなるべくしたくない、巻き込みたくないなと美月は考えてしまう。
美月は目を閉じ、しばし思案を。
どう捕まえようか。
『何ボーとしているの、シロ。データが逃げたわよ』
脳内に麻実の呆れ声が。
思案している間に、データは狸達の檻から外へ。再び逃走を。
黒い狐のようなデータは動物園を飛び出し、隣接する茶臼山へと。
ここはかつて大坂夏の陣で徳川家康が陣を張り、真田信繁にあと一歩のところまで攻めこまれた場所。
データは茶臼山を抜けて新世界へと。
美月は地上から、麻実は上空から追いかける。
通天閣を横目にしながらデータは西へと。かと思ったら、今度は北上。
散々逃げまわり、いつの間にか千日前通りに。
長時間それから長距離を逃げ回っているデータを追っているにもかかわらずなかなか捕まらないが、美月と麻実の心境はそれほど切迫した状態には陥ってはいなかった。
というのも、データは逃げ回ってはいるが、人や交通量の少ない深夜。これまでの所大きな被害を出していない。
データは律儀に交通ルールを順守していた。
只深夜の道路を疾走しているだけ。
そんなデータを追いかける。さながら狩りをしているような気持ちであった。
『せっかくだったら大阪球場の跡地を見ていきたかったな』
といった軽口が麻実から出るくらいに。
「大阪球場? 何で? 球場なら大阪ドームじゃないの?」
『だって、あぶさんの舞台でしょ。大阪球場って言ったら』
あぶさんとは、水島新司がビッグコミックオリジナルで長年連載している野球漫画。
美月は読んだことはないが、その題名くらいは知っている。
「あれって福岡が主な舞台でしょ」
ホークスの本拠地は福岡市。
『何言ってるのよ、シロ。福岡に行く前は、南海電鉄が親会社で大阪球場を本拠地にしていたんだから』
麻実に言われて美月は思い出した。ホークスはかつて南海ホークスであったことを。
「けど麻実さん、オリジナルのマンガなんか読んでいたんだ」
『シロはオリジナルを読んでいなかったの?』
「年上の人が読んでいるのを借りて何回か見たことはあるけど、俺はスピリッツのほうが好きだったから」
美月の言うスピリッツとは、ビッグコミックスピリッツ。オリジナルの兄弟誌であり、より若者向けの雑誌であった。
『本当はヤングサンデーが一番好きだったんじゃないの?』
数年前の廃刊になった雑誌名を麻実が言う。
「……いや別に」
九十年代初頭に掲載マンガの一つが有害コミック騒動の対象になり問題となった。麻実はその知識があり、ヤングサンデー=エッチなマンガが掲載されているという図式を頭の中に展開して美月をからかったのだが、美月の知るヤングサンデーという雑誌は普通の週刊青年誌であるために、その意図を理解できなかった。
『まあいいわ。それよりシロもあぶさんを読みなさいよ。特に最初の二十巻までは名作だから』
薦められはしたものの、あまり読む気がしない美月はどうやって麻実の薦めを回避しようかと算段する。
そんな美月の脳内にモゲタンの声が。
〈拙いぞ、このままではデータが道頓堀方面へと進む可能性が高い〉
道頓堀とは、大阪を代表するような観光地。
観光客だけではなく、地元の関西の人も遊びに来るスポット。深夜でも人の多い場所。
土地名は知ってはいても大阪の地理には詳しくはない。
被害があまり出ていなかったから油断をしていた。
「麻実さん、データが道頓堀方面に向かっているって」
『じゃあ、急いで捕獲しないと』
「うん」
美月は返事をし、ギアを一段上げ、データを追跡した。




