女子中学生、西へ 6
警告音の発信元は、現在美月とズィアのいる御所の中からだった。
急行した二人が目にしたのは異様な姿のデータだった。
「……あれって、鵺か」
美月が思わず言葉を漏らす。
伝説上の妖怪。サルの顔に狸の胴体、虎の強靭な四肢を持ち、尻尾は蛇。
場所的には相応しい姿ではあるのだが、そんなものが出現するとは美月は想像もしておらず、これまで幾多のデータと対峙し回収してきた経験があっても、思わず驚いてしまう。
「ちょっと待って。ヌエというのは少女の妖怪じゃないのですか?」
漏れ出た美月の言葉はズィアにも聞こえていたようだった。
美月同様にその異形の姿に驚きつつも、質問を。
「僕の知っている鵺はあんなものだと思う。少女の姿をしているというのは聞いたことがない」
「でも、わたし前に仲良くなった女性に教えてもらいました」
ズィアが言う。
二人の間に齟齬が。
この齟齬には理由が。一般的な知識として鵺という妖怪は、現在二人の前に出現したデータの姿である。だが、ズィアの知っている、というか仲良くなった女性に教えてもらったヌエは人気のある同人ゲームのキャラクターで、その女性はオタク文化に精通しており、ズィアに色んなオタク知識を伝授していた。
だから、二人は「ぬえ」という同じ響きの言葉を使用して会話をしているのだが、実は違うものを言い合っていたのだった。
ズィアの言葉に、どう説明をしようかと考えている美月の脳内にモゲタンの声が。
〈来るぞ、変身をしろ〉
鵺の放った太く大きな前足の一撃が、さっきまで二人のいた地面をえぐる。
美月とズィアは、左右に分かれてその攻撃を避ける。
避けると同時に変身を。
美月は、サイクリストをモチーフにした姿に。
ズィアはというと、甲冑を纏い、背中には大きな翼が。
この文字だけで判断するならば一般的には天使のような姿を想像するだろう。しかし、美月が想起したものは別の物だった。
思わず、それを口に出してしまいそうなるけど、寸でのところで押しとどめた。
〈キミの思ったことはあながち間違いではないだろう。古代に日本人がペルシア由来に外つ国の人間を見て想像したという仮説もあるのだから〉
美月が想起したのは天狗だった。
これがズィアの纏っている鎧が、西洋風ならばそんなことを考えたりはしなかったのだろうが、着用しているものは和洋折衷といったデザインのもの。さらに彼を天狗と思わせてしまう要因は、浅黒い肌に高い鼻だった。
「やはり、その姿になっていましたか。魔法少女の姿をしたデーモンが消えて、代わりにその姿のデーモンが東京近郊に現れました。向うでもファーストデーモンが姿を変えたという意見が出ていましたが、確実にそうであるとは言えませんでした」
「ええ」
「向うに戻ったら、仲間のデーモンに話してもいいですか。みんな喜んでくれると思います」
この言葉に美月は即答できなかった。
逡巡を。
同じような力を持つ存在と友好的な関係を構築できるのであれば、それは大変喜ばしいことであり、またこれまでは限られた情報だけだったのが、大勢の同類と情報を共有することによって、これまで以上にデータの回収が捗る可能性がある。しかしながら、美月が即座に肯定の言葉を発することができないでいた理由は、大勢の人が知るということは、情報の漏洩が大きくなるということ。これまで正体が露見しないように活動を続けていた。教えてしまうことによって現在の桂との生活が脅かされてしまうのではないのか。そんな悲観的な、ある意味被害妄想とも思われるような思考が。
結論が出ない。
考えあぐねている美月に、鵺の攻撃第二派が襲い掛かった。
今度の一撃は雷のような光撃。
美月は避けると同時に、空間を跳躍した。
鵺の背後へと。
後ろからの一撃で鵺を破壊し、データを回収する予定だった。
その予定が瓦解してしまう。
死角である背後へと上手く回り込んだつもりであったが、鵺にとってそこは死角ではなかった。
蛇の尻尾が美月を待ちかまえていた。大きく開かれた禍々しい口から光線が。
不意を突いたつもりが、反対に不意を突かれてしまう。
鵺から放たれた光線が美月の細い身体をあと少しで貫くという距離で四散した。
モゲタンが危険を察知し、美月の前方に円盤状の盾を幾重にも展開してくれたおかげだった。
「……助かった」
〈気を付けろ。これまでのデータよりも強いぞ〉
距離をとる。
円盤状の盾を数枚展開して鵺に向かって放つ。これまでも何度もこの攻撃でデータを切り裂いてきた。
鵺に跳ね返されてしまう。攻撃は当たるのだが、硬い身体にダメージを与えることはできなかった。
接近するのは難しい、遠距離の攻撃もあまり効果がない。
どうしようかと美月は考える。
全力を出して派手に立ち回れば、データを回収することは可能なのかもしれない。だが、そうした場合、周囲に大きな被害を出してしまうことに。
なるべく周りを壊さないように。
警戒しつつも、思案を続ける美月の耳にズィアの声が。
「もう少しの間、引き付けておいてくれませんか。わたしの力はチャージするのに時間がかかります。ヨーロッパでも仲間と協力してデータを回収していました」
ズィアは杖のようなものを抱えながら美月に言う。
美月はズィアの言葉に従うべく、円盤状の盾を立て続けに放ち、鵺の注意を引き付ける。
「フォイアー」
ズィアの抱えた杖から光の矢が鵺に向かって放たれた。
強靭で固い鵺の身体は、その一撃で破壊された。
「あの……さっきの話の続きなんですが、僕のことをヨーロッパにいるズィアさんの仲間の人に話しても構いません。……けど、メールとかSNS等で広範囲に拡散するのだけは止めて下さい」
一緒に戦ってみて、理解し合える、あの少年の時のような不幸なことにはならないだろう、美月は確信とまでいかないが、それでも信頼は置けると判断を。
それにデータは世界中に散らばっている。仲間がいれば心強い。
密に連絡を取り合えることができるのならば、元の姿に戻る時間が短縮できるかも、と美月は考えた。
「OK、モチロン、ネット上には君の情報は流さない。わたしたちも向うでは直接話します」
意外な言葉だった。
美月は電子関係があまり得意ではないので活用せずにいた。同じ様な力を持つ麻実と一緒に行動するようになってからも、近所に住んでいる、というかほぼ一緒に生活しているので、ネット関係を使用する必要性がなかった。直接話したほうが早い距離感で暮らしていた。
それと同じようなことをヨーロッパ全域で行っているのか。
「この力は非常に強力で魅力的です。多くの国や組織がこの力を狙っています。アメリカ軍がデーモンの一人を捕まえて人体実験をしているという噂も出ましたわ。それにネットはすごく危険です。わたしはエンジニアをしているのでよく知っているのですが、どんなにセキュリティーを固くしても、情報が外に出てしまう。そうなったら、正体がバレてしまいます。だから、デーモン同士で話すときはいつも直接デ」
「そうなんですか?」
この美月の言葉はズィアだけではなく、モゲタンにも向けられたものだった。
〈彼の言う通り、個人の力でいくらセキュリティーを高めても組織には敵わない。ビッグデータの中から、ワタシタチのことを探り当てるはず。それからアメリカ軍に捕まったという話は完全に噂だ。そんな事例があったのならば、ワタシはキミに伝えている〉
(アメリカ軍の話はともかくさ、正体がバレる危険性が前もって分かっているのなら伝えておいてくれよ)
〈キミはその手のツールをあまり使用しないからな。使用して情報を書き込もうとする兆候があったのならば、その時に注意するつもりでいた〉
(まあ、たしかに俺はそういうの苦手だけどさ)
〈それよりいいのか?〉
ズィアをちょっとだけほったらかしにして脳内での会話を繰り広げている美月にモゲタンが。
(何だよ?)
〈そろそろ集合の時間になるのだが。このまま彼と情報交換を続けるのか〉
新京極での活動終了、および集合時間が迫っていた。
もう少しズィアと話をしたい美月であったが、集団行動中に身勝手な活動を行ってしまうと全体に責任が及んでしまう可能性が。
それは美月の望むところではない。
しばし熟考し、美月は口を開いた。
「あ、あの明日の空いていますか?」




