女子中学生、西へ 5
向うはコッチを知っている。
外見に似つかわしくない流暢な日本語が耳に届き、その内容を美月の脳が理解した瞬間、無意識に拳を強く握りしめていた。
昼間の接近はもしかしたらコチラの様子を伺うための行動だったのでは。
そんな疑念が美月の中に。
一体何が目的で接触を図ろうというのか? あの少年のようにコチラの力を奪うのが目的なのだろうか?
だとしたら、大変なことに。
ここは新京極、名の知れた繁華街。周囲には多くの観光客が。
こんな場所で争いにでもなったら大事に、大惨事になってしまうのは容易に想像できる。
どうする?
美月は必死に考える。
相手はまだ動かない。ならば、先手必勝。コチラから先に仕掛ける算段を。
といっても先制攻撃をしかけるわけではない。相手がどんな思惑があるのかしれないが、美月としては無用な戦闘は絶対に避けたい。
だが、こっちの意図とは関係なく戦闘になってしまうことも考慮しなくては。
美月は脳をフル回転させる。
(この辺りで、万が一にも戦闘になった場合、周囲への被害はこの際度外視して、人的被害がなるべく出ないような場所を探してくれ)
〈どうするつもりだ?〉
(あの人を連れて空間を転移する)
〈了解した。いくつか見つけたぞ。いいか、まずは……〉
美月の脳内で、美月のリクエストに応えピックアップした場所をモゲタンが告げようとした時、再び中東系の男の口が動いた。
「ああ、待って。コッチには争うつもりはないかしら。だから、そんなに警戒しないでリトルガール」
両手を前に突き出して、手のひらを美月に向け、男はゼスチャーでも敵意がないことを示す。
無意識に握りしめていた拳を美月はほどいた。つま先に乗せていた体重も解除する。
だが、警戒心はまだ完全に解除はしていなかった。
よく知らない人間の言葉を全面的に信用するような未熟な子供ではない。外見こそ女子中学生だが中身は一応酸いも甘いも噛み締めた大人。
じっと相手を見据えたままで距離を保つ。
周りの観光客のうち何人かが何事かと足を止め、二人の様子を伺っている。
男の足が一歩、前へと踏みでる。美月に一歩本の距離近付くことに。
美月は前進も後退もせず、そのままで。
男がどんどんと距離を詰める。
美月はその場で立ちながらも、いかようにも対応できるよう準備だけは整えていた。
「話を聞いて欲しいの。同じデーモンとして君に会いたかったんだ」
大勢の人に見られている中で何を口走っているのだ。そんなことを言ったら正体がバレてしまう恐れがあるのに。
美月は慌てて言葉を発した。
「分かりましたから、それ以上は喋らないで。他の人がいない場所で話を聞くから」
あれだけ流暢な日本語なのだから、日本語で返しても大丈夫だろうと考えながら、日本語で意思を伝える。
「ありがとうございます。それじゃ近くでお茶でも飲みながら」
事情を知らない傍から見れば、外国人が女子中学生をしつこくナンパしているように映ったのだろう。足を止めていた人たちも去っていく。
「けど、どこかのお店に入るのは駄目です」
修学旅行の規則で、この新京極での行動時には飲食店への立ち入りが禁止になっていた。馬鹿らしい規則とは思いつつも、積極的にその規則を破るつもりもない。
それに万が一にも同級生に見られたら、後で何を言われることか。
「でしたら?」
そう、話を聞くのを承諾した。だが、喫茶店には入店しない。だけど、誰にも見られていない、聞かれていない場所に。
そんな土地勘は美月にはない。
それは向うも同じであった。
どうしたものかと思考している美月の脳内に、
〈良い場所があるぞ。そこならば他者に見られる、聞かれる心配はない〉
と、モゲタンの声が。
モゲタンが案内した場所は京都御苑。通称、御所で名の通る環境省が管理する国民公園の中だった。
この場所も多くの観光地と同じで昼間には大勢の散策の人が訪れるのだが、夜はそれほどでもない。それでも用心して人気のいない地点を見計らい、美月が件の中東系の男を連れて転移した。
初対面。
通常ならば、自己紹介から、お互いを良く知ることから始めるのだが、
「どうして僕が秋葉原の……デーモンだと分かったんですか?」
と、詰問を。
デーモンというのは、世界各地に散らばってしまった宇宙生命体のデータを回収するために、力を付与された人達のこと。この総称はネットを介して世界中で用いられているが、当の本人である美月はあまり好きではなく、普段から使用もしていなかった。
それはともかく、これまでずっと正体が露見しないように注意して活動してきた。それなのに、同じ力を有するとはいえ、初対面の相手に言い当てられてしまうとは。今更遅いのかもしれないが、今後の参考にと思い訊くことに。
「やはりそうだったのか」
中東系の男は相好を崩し感嘆の声を上げる。
「当て推量だったのか」
「何? それはどういう意味?」
流暢な日本語で話すので、ついうっかりしてしまったが、向うは母国語ではない。あまり使用しない言い回しでは通じない。
「えっと……勘だったんですか?」
美月は分かりやすい言葉を探して、再度問う。
「うん、そう」
「どうしてそう思ったんですか?」
「うーんとね、わたしはヨーロッパで何人ものデーモンとフレンドになって一緒にデータを集めていた。だけど、ちょっと疲れたから休暇を取って日本に遊びに来た。昔何回か遊びに来ていた京都を楽しんでから、君のいる東京に行って会おうと思っていたんだけど、まさかここで会えるとは思わなかった」
長い説明をしてくれたが、美月の質問の答えにはなっていない。
「それでどうして僕の正体が?」
「ああ、それはね、何回も感じたシグナルをたどって歩いてたら君が見えた。初めは美少年かと思った。けどもっと近付いて、違う、この子は少女だと感じた瞬間に思ったんだ、このキュートな姿は絶対にファーストデーモンだわって」
言われてみればたしかにそうかもしれない。
美月は外見こそ変えることはできても、その大きさを変化させることはできない。
こんな小柄なのは非常に稀だろう。
「なるほど」
「それじゃ、改めまして。わたしの名前はズィア」
言いながら右手を美月の方へと差し出す。
美月はその手を握り、
「僕の名前は、伊庭美月。それから……」
と、名前を告げた後で言い淀んでしまう。
モゲタンのことを紹介すべきか判断に迷ったからであった。
美月は他のデーモンとは事情が異なる。
他の人は融合することで、その身に力を宿したのだが、美月は左手のクロノグラフモゲタンを介して。モゲタンのサポートがなければ、力を奮うことはできない。
それにもう一つ。
このショートカットの美少女の姿は仮初のものであり、中身は三十路前の売れない役者。
その辺りのことを同類とはいえ、知り合ったばかりの人間に開示すべきなのかどうか、判断に迷った。
一人で判断が付かないのであれば助言を求めればいい。
美月には頼もしい相棒が。
モゲタンから助言をもらおうとした瞬間、警告音が美月の頭の中で鳴り響いた。




