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女子中学生、西へ 2


「あそこに俗があるにー」

 平安神宮を見学後、東大路を南に下り、次の見学地である八坂神社の西楼門の前で、麻実は叫ぶと迷惑だから、声を抑えて、それでも本心から残念そうに呟いた。

 聖と俗は隣り合わせである。

 古来より、神聖な場所の近くには賑やかな花街が。

 通りの向こうには京都随一に花街、祇園が。

 修学旅行のコースに祇園見学は含まれていなかった。

 行けないとなると、行きたくなってしまうのは仕方がないこと。

 明日のグループ学習で祇園を提案したのだが、担任に却下された経緯があるだけに猶更。ほんの数歩歩けば届く距離だけに。

「麻実さんも好きねー」

 往年のコメディアン兼ミュージシャンのような口調で知恵が言う。

「へっ? 好きって?」

「祇園っていったら舞妓さんだよね」

 今度は文。

「たしか、舞妓というか、衣装を貸してくれる施設もあったはず。麻実さんはそこで体験をしてみたいのかしら?」

 お次は靖子。

「ううん、全然、まったく。着物は綺麗だなと思うし、着てみたいかなと考えたことはあるけど、舞妓のあの白塗りの化粧はちょっと勘弁してほしいかな」

 聞く人によっては悪口に聞こえるかもしれないが、自らの意見をハッキリと述べる。

 この意見の根本には長年の病院暮らしというものがあった。麻実にとっては白色よりも、健康的な肌な色こそが魅力的に感じられていたから。

「まあ確かにあの白塗りはちょっとビックリするよね」

「そやけどさ、なんであんな白く塗る必要があるんや?」

「ああ、それは江戸の頃は行燈(あんどん)の灯りしかなかったから。うすぼんやりとした灯りの中でも白色はきれいに映えて、また陰影が出やすいから。だからあんな風になったんだ」

 劇団員時代に先輩の役者から教わった知識を、美月が披露。

「へー、そうなんや」

「美月ちゃんもしかして舞妓に興味あるとか? 自分が着てみたいとか?」

「いい。私、美月ちゃんの舞妓姿絶対に見たい」

 知恵が感心し、文が興味ありげに聞き、そして靖子が魂の叫びを。

 たしかにこの仮初の少女の姿ならば似合うかもしれないが、着たいという気持ちは一切持ち合わせていない。

「全然」

「残念見たかったのにー」

「そうね、自分でするのは嫌だけど、シロに着せてみるのは楽しそうかも」

「だから、着ないって」

「まあ、それは置いといて。そやったら、何で麻実さんは祇園に行きたい言うたんや」

「そうだよね。祇園ってお酒飲むところしかないんでしょ」

 脱線しかけた話を知恵が軌道修正。文は勝手なイメージを。確かに祇園といえば花街だが、料亭ばかりが軒を連ねているわけではない。他の店ももちろんある。

 事実、現在美月達のいる八坂神社の前から西へと真っ直ぐに伸びる四条通は、かつて花電車の開通に合わせ区画整理をした時に通り沿いにあった料亭は青少年の目の毒ということで、その大半が移転している。

「大人の世界って楽しそうじゃない」

 楽しいだけじゃなく、大変なことの方が多い。身をもって経験、体験しているのだが、それを言えば正体がバレてしまいそうなので美月は黙って聞いていた。

「さあ、どうなんやろな」

「けどさ、お酒ってちょっと興味あるよね」

「そう。夏に誕生日だから呑めるようになるんだよね。いつも桂が美味しそうに呑んでいるから、どんなのかすごく興味あるんだよね。呑もうとしたらシロに注意されるし」

 クラスのみんなよりも年上の、美月は除く、麻実の誕生日は八月。

「麻実さん、誕生日を迎えても呑んだら駄目だからね」

 美月が注意を。自分は未成年の時から飲酒をしていたが、今は法令順守を。

「ええっ、何で? アルコールって十八歳から解禁じゃないの。法律で呑んでもいいことになっているんだよね」

「麻実さん、お酒は二十歳から」

 靖子が訂正を。

「……うそ。……誕生日に桂とシロと一緒に呑む予定だったのに」

 落胆した声で麻実が言う。

「いやー、それは仮に法律が十八から飲酒可能でも無理とちゃうか」

「……どうして?」

「だって麻実さんが成人したとしても、美月ちゃんはまだ子供なんだし」

 本当の年齢はもうすぐ三十路。

 だけど、その事を知っている人間は当の本人と、桂、それから麻実の三人だけ。

「えっとね、お酌してもらうつもりだったから」

 秘密をバラシてはいけないと、麻実は慌てて取り繕う。

「それ、私もしてほしい」

「じゃあ、あたしも」

「ほなら、ウチも」

 思わぬ方向へと盛り上がっていきそうな雰囲気に水を差したのは担任の注意の声。

「ほら、あなた達早く」

 クラスメイトはもうすでに八坂神社の境内へと脚を踏み入れていた。


 かつては祇園社と呼ばれていた八坂神社を後にして、隣接する円山公園へ。

 この円山公園は美月にとって楽しみな場所であった。

 伊庭美月という仮の名前は、愛読書の主人公の名字を拝借している。その小説は幕末ものなのだが、その時代に興味をもつきっかけになった人物の銅像がこの公園内に。

 坂本龍馬と中岡慎太郎の銅像。

 有名なこの像を、いつの日かこの目で見たいと切望していた。だが、貧乏な役者生活だった日々。そんな余裕なんかどこにもなかった。それが今実現しようとしている。

 読者諸兄の中には以前家族で八坂神社に行ったことがあると記憶されているはず。何故その時に見なかったかと疑問を懐く人もいるだろう。その答えは、当時はまだ興味が無かったから。

 後で、もっと早くに興味を持っていれば見に行けたのにと後悔したが。そんなことを思っても、後の祭り。

 ともかく、あと少しで夢が叶う。というのは少々大げさかもしれないが、それでも一応長年想い続けていたことが実現する。

 心なしか、心臓の鼓動がいつもよりも少し早く。

 そんな美月の脳内に、警告音が小さく鳴った。



参考資料『ブラタモリ』


『忠臣蔵』、一力茶屋のネタも思いつきましたがオミットしました。

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