女子中学生、西へ 1
新幹線は定刻通りに京都駅へと到着。
京都駅の中央コンコースを目の当りにして「思ったよりも低くて狭いな」と知恵が感想を漏らし、その後京都タワーを見上げて「変形せんのか」と落胆したのだが、それはさておきクラスごとに用意されている観光バスへと乗り込み、最初の見学地へと。
一番目の見学スポットは二条城だった。
ここはかつて美月が、というか稲葉志郎が、小学生時代の修学旅行でも訪れた場所。
同じ場所ということに対して、美月の中に残念という思いは微塵もなかった。
というのも、前述してあるのだが、以前に訪れたのは一回りも昔のこと。
正直あまりよく憶えていない。
あの当時、不真面目に見学したことのやり直しができる、とむしろ楽しみに。
小学生の男子にとって城=天守閣だった。だが、現存している二条城にはその天守閣という建築物は存在しない。当時の美月、つまり少年稲葉志郎にとってはつまらない城に感じられた。
しかしながら人は成長する、興味の対象も移行する。
少年時代には天守閣にしか興味を示さなかったが、それは次第に変化していく。
その下地というものが美月の、というか稲葉志郎の生まれ育った地にあった。三重県津市というのは江戸時代藤堂藩三十二万石のお膝元。その藤堂藩の藩祖、藤堂高虎といえば城造りの名手であった。
彼の手掛けた城で代表作といえば、伊賀上野城。この城の特徴はなんといっても約30mもある高石垣。
これを知り、天守閣から石垣へと興味が移行した過去が。
その後も知識が増え、縄張り図を見るのも好きに。
といっても、それらのことを専門的に勉強したわけではなく、あくまで浅い知識でしかなかったのだが、興味があるのは歴然とした事実。
二条城の改修時の縄張り図にはこの高虎も携わっていた。
それを知った時、あの時もう少し興味をもってちゃんと見学しておけばという後悔があったのだが、計らずともそのリベンジをする機会。
大手門をくぐり、二の丸御殿へと。
美月的に見どころ満載だった。
二の丸御殿の入り口である車寄せにまずは目を奪われる。
建物内のそこかしこに、天井にまで、見るべきところが。
中学生というのはあまり歴史に興味のない年頃。そんな中に興味津々の人間が。
当然、歩行速度に差異が生じる。
クラスメイトはガイドに案内されて進む中、美月は自分のスピードで。
ガイドの説明を聞かなくとも、左腕には高性能なガイダンス機能が。
モゲタンの検索した情報によって、詳しい説明を受けることが可能。
自然、歩行速度が遅くなる。
一点一点をジックリと観察。
修学旅行とは団体行動である。そんな所業を行っていたら怒られてしまうのも、これまた当然であった。
バスの中で年下の、中身の年齢の話だが、担任教諭にお叱りを受けるはめに。
「それにしても美月ちゃんがあんなにガッツリと見るとは思わなんだな」
「何言っているのよ、美月ちゃんは歴史の成績良かったでしょ」
「そういえば、そうだったね」
「けどさ、あそこまで食い入るように見るとは思ってなかったわ」
「……ごめん」
次の見学地までのバスの中での会話。
美月の謝罪の言葉には二つの意味が込められていた。
一つは当然、自らの好奇心のために団体行動を乱し、僅かばかりだが迷惑をかけてしまったこと。もう一つは、そんなつもりは毛頭なかったのだが付き合わせてしまったこと。
遅れたのは美月一人ではなく、いつもの四人も。
遅々として進もうとしない美月に他の四人が付き添った。
当然、先の担任のお小言も五人一緒に受けることに。
「別にええけど」
「ああ、でもシロはとっても楽しそうだったけど、あたしはちょっと期待外れだったかな」
「どの辺が?」
「鴬張りの廊下ってさ、鴬みたいな音が鳴り響くって想像していたのに」
「流石にそれは無理やて」
「えー、でも本当にそんな音がしたら楽しいと思わない」
「面白そうとは思うけど、実際にそんな廊下があったら歩くの嫌かな」
「あ、後さ、人形でもいいんだけど、あの絵の実物がじかに見られると思ってちょっと期待していたんだけど。ここにはないんだよね」
「あの絵って?」
「もしかして教科書に載っている大政奉還のですか?」
「うん、それそれ」
「そういや、なかったな」
「それは東京で見られるよ」
「そうなの美月ちゃん?」
「うん。神宮外苑に聖徳記念絵画館という美術館があって、その中に展示されてる」
「それじゃ修学旅行から帰ったら見に行こ」
「ほな、行こか」
「賛成―」
「うーん」
美月の情報に、麻実が提案し、全員賛成かと思われた中、靖子が一人が考え中。
「珍しいな。いつもなら真っ先に美月ちゃんが行くなら絶対に一緒に行く言うのに」
「ほんと」
「神宮外苑の美術館って、たしか銀杏並木が綺麗な所だったはず」
「うん、そうだよ」
昔、桂とのデートで歩いたことも。
「だったら、帰ってすぐじゃなくて秋まで待つというのは」
「そやったら、アンタだけ秋に行けばええやんか。ウチらは、その前に楽しく見に行くけど」
「そんなの絶対に嫌よ。私も美月ちゃんと一緒に行くんだから」
バスの中全体に響き渡るような靖子の魂の言葉だった。
そんなことをしているうちに、バスは次の目的地へと近付いていた。




