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女子中学生、西へ 0.3


 崩れた山腹から緋色の古代甲冑を身に纏った巨人が出現した。

「何だあれは?」

「大魔神?」

 美月の言葉に麻実が反応する。

 言われてみれば確かに似ている。美月にとって大魔神といえば、横浜の佐々木投手が真っ先に思い出されるが、そのあだ名の元になったのは大映映画の特撮作品であるという知識は持ち合わせていた。もっとも観たことはなかった、姿を知っている程度だが。

 だが、その大魔神とは少々フォルムが異なるような。あれは甲冑型の埴輪をモチーフにしていた。今出現したのは、去年歴史の教科書で見たような飛鳥奈良時代の甲冑の姿。

〈アレの正体が判明したぞ。アレは巨大な甲冑だ〉

「そんなことは見れば分かる」

〈慌てるな続きがある。この土地には二度の大きな戦があった。東軍と西軍の天下分け目の争い、関ケ原の合戦。それよりもさかのぼること九二八年前にこの地で後に壬申の乱と呼ばれる戦闘が行われた。にもかかわらず、関ケ原の合戦ばかりがクローズアップされて世間では壬申の乱の舞台ということが一部の人間を除いて蔑ろにされてきた。そんな無念の想いをデータが受け取り、あのような姿になって顕現したのだ〉

「……そんなオカルトみたいなこともできるのか?」

〈分からない。普通ならばそのようなことはあり得ないのだが、このように出現してしまった以上認めないわけにはいかない〉

「シロ、あれって大魔神の真似をしたら止まるかな」

 モゲタンとの会話は美月の脳内で行われているもの。当然、麻実には聞こえていない。

「えっ?」

「じゃあ、ちょっと行って試してくるね」

 そう言い残すと、麻実は巨大甲冑の方向へと飛んでいく。

 何物にも目をくれず直進してくる巨大甲冑と名神高速道路の間に麻実は割って入る。

 その距離おおよそ100m、そこで宙に浮いたままで麻実は静かに目を閉じて、大きな胸の前で手を組み、祈りを捧げる。

 怒りが治まるように、と。

 巨大甲冑の直進が止まった。

 祈りが通じたのかと安堵した瞬間、巨大甲冑は手にしていた弓に矢を番えて放つ。それも二射も続けざまに。

 勢いよく放たれた矢は麻実の左右を通り抜けていく。名神高速道路の防音壁を粉々に破壊する。

「へっ?」

閉じていた目を開け驚きの表情を浮かべながら麻実は破壊された高速道路の壁を見やる。

 そのガラ空きの背中に再び進行を開始した巨大甲冑が迫る。

「麻実さん、危なーい」

 美月の声が麻実に届くよりも早く、麻実は巨大甲冑に吹き飛ばされてしまう。

 直進する速度が加速していく。高速道路を踏み潰すように横断する。

 名神高速道路の先には新幹線の線路が。

 あれが寸断されてしまったら新幹線は動かなくなり、修学旅行は中止になってしまう。

 なんとしてでも止めないと。

 美月は巨大甲冑へと接近する。

 大きかった。これまで対峙してきた幾多のデータの中でも最大の大きさだった。

 あんな相手に勝てるのか。弱気な気持ちが美月の中に生まれようとしていた。

〈大丈夫だ。キミなら勝てる。自信を持て、ワタシが保証する〉

 モゲタンの言葉には何の根拠も示されてはいない。しかし、その言葉が美月の中で大きな力になっていた。

「行くぞ」

〈ああ〉

 直進してくる巨大甲冑に、こちらも直進で迎え撃つ。

 正面からぶつかり合うようなかっこうに。

 巨大甲冑が腰の剣を抜く。美月に切りかかる。

 剣が振り下ろされるよりも先に美月は巨大甲冑の懐へ。そのまま移動速度を維持したままで体当たりを。

 胴体から背中へと貫く。

 巨大甲冑の身体に大きな穴が。

「悪い。お前の無念は理解できるけど、それでも退治しないと大きな被害が出てしまうから。供養になるかどうか分からないけど、できるだけ多くの人にこの地でもう一つの大戦があったことを伝えるよ」

 データを回収し、弔いの言葉のような呟きを投げかける。

「ああ、ひどい目にあった」

 吹き飛ばされた麻実が合流する。

「これで終わり。多分、もうちょっとしたら乗っていた新幹線が通るはずだから、それまでは待っていよう」

「そうね。新幹線の線路が無事でよかった」

 美月と麻実が休憩しようとした瞬間、三度目の警告音が。

〈来るぞ〉

 警告音が聞こえる先には岐阜と滋賀の県境にそびえる、まだ残雪の残る胆吹山が。

 これまでの音よりも強く激しいものだった。

 強大な力が二人のいる関ケ原の地へと迫ってきた。

「あれは一体何なんだ?」

 もう何度目だか分からない疑問の声を。

 今度のデータは二体。一体は古代の装束を身に纏い、みずらを結っている男。もう一体は巨大な白色の猪。

 遠目からでもハッキリと分かるくらいの強大な力を有する二体は争っていた。

 周囲を全て破壊しながら。

 京都へと続く道路や線路を更地に変えて。

「これ以上もう破壊しないで。あたしの初めての修学旅行がおしまいになっちゃう」

 新幹線の線路が寸断されてしまったのだから、これ以上の続行は不可能。

 冷静に考えれば分かることなんだが、感情が高まりすぎ、頭に血が上ってしまった麻実にはそんな判断はできない。

 二体が争う中に割って入る。

 神話の英雄と国津神。強大な力を持つ者同士の戦いの中で、麻実はなす術もなく翻弄され打ち捨てられる。

「麻実さーん」

 美月が叫ぶが、その声は麻実には届かない。

〈来るぞ〉

 モゲタンが短く言う。

 この短い言葉には二つの意味が含まれていた。

 一つは当然二体のデータ。そしてもう一つは大勢の修学旅行客を乗せた新幹線が美月の背後に。

 新幹線は止まる気配が一向になかった。

 まるで前方には何事もないかのように速度を維持している。

 このまま進めば新幹線は必ずあの二体のデータの戦いに巻き込まれて破壊されるだろう。そうなったら甚大な、夥しい数の犠牲者が出てしまうことは容易に想像できてしまう。

 選択を迫られた。

 二体のデータを破壊し、回収するのか。それとも新幹線を止めることを優先すべきなのか。

 迷っている時間はない。

 が、美月は決断できなかった。


〈……ということが起きなくて本当に良かったな〉

「ああ、全くな」

 これまでのことは全て、モゲタンの最悪を想定したシミュレーションだった。

 だが、どうしてこんなことを行ったかというと、浜名湖を越え愛知県に入った辺りで美月ではなく他のメンバーが実際には寝てしまい、暇を持て余してしまい、せっかく気持ち良さそうに寝ているのだから起こさないように配慮して、モゲタンと脳内で会話をした結果だった。

 やがて新幹線は関ケ原町へと。

 かつての不破の関を越えた。

 つまり関よりも西へ。

 修学旅行の目的地、関西へと入った。



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