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男同士?


 四月某日、美月は桂の兄の文尚と都内を歩いていた。

 桂をはさまずに二人きりで。

 これには理由が。

 少女の姿になって早一年、中身は三十路前の男であったにもかかわらず女性の性的快感というものを経験してしまった。その快楽を与えてくれたのは桂。つまり中身はともかく外見上では同性、適切かどうか定かではないが百合関係。同性同士の性行動でも十分達することはできるのだが、せっかくなのだからそれ以外の性体験も経験してみたいという衝動がいつしか美月の中に生じ、そしてそれは抗えないほどに高まっていた。だが、同級生を誘うのは躊躇われた。中学生男子といえば、性的なことに興味が強く、誘えばホイホイとのってくるだろうが、反面自らの快楽のことばかりにしか頭がなく、こちらが望むような気持ち良さは与えてくれないだろう。だったら、経験豊富な大人の男性がいい。丁度良いことに文尚が連休を利用して遊びに来ていた。白羽の矢を立てることに。桂の隙を見つけて、連れ出し、ホテルで男性との初体験を実行しようと画策していた。というわけではなく、二人きりで出かけたのは桂の提案だった。

 女の園とまでいかないが、ずっと周りは女性ばかり。

 息抜きではないが、偶には同性で同年代の人間と過ごす機会を、という粋な計らいだった。


「池袋で食べたいものがあるんだ」という文尚の言葉を聞いた時、美月は正直少しだけ心が躍った。

 池袋といえばラーメンの激戦区、この姿になってから、桂と一緒に暮らすようになってから、麺類といえばパスタが中心であった。稲葉志郎であった頃から麺類は好きなのでパスタも嫌ではないが、本音をいえばラーメンを、それもガッツリとして量のある、カロリーの高いものを食したい。

 それを久し振りに食すことができるかもしれない。というのも、文尚も以前その手のラーメンが好きだと話していた。

 だが、文尚の背中を追って歩くうちに、その心躍るような気持ちはしぼんでいく。

 駅からそのまま隣接するデパートの中へと。

 記憶にある限りでは、有名ラーメン店はデパートのテナントには入っていないはず。

 もしかしたら自分が知らないだけで、美味しく、かつ食べ応えのある店が入店しているのだろうか。

 そんなことを考えているうちエレベーターに。

 二人と、その他のお客を、乗せたエレベーターは屋上へと。

「……ここですか?」

 本音が思わず漏れ出てしまう。

 デパートの屋上に美味しいラーメン店なんかあるのだろうか?

「うん。ほら、あそこの列の店」

 文尚の指さした先には人の列、そしてその先にはうどん屋が。

「うどんですか」

「もしかしてうどんは嫌いだった?」

「……いえ……でも池袋で食べたいものと言っていたからてっきりラーメンとばかり」

 前述したように麺類全般が好き。もちろんうどんも好きだった。腰の強い固い麺しか許せないというような原理主義者ではなく、柔らかい、それこそ伊勢うどんのような腰のないうどんも好きであった。

 だが、脳というか胃袋はもうすでにラーメンの受け入れ態勢万全に。

 だから少々ガッカリと。

「ラーメンも良いけど、最近はちょっときつくなってね」

 そう言いながら文尚は胃の辺りをさする。

 加齢によって好みも変化する。

 役者仲間が偶にこぼしており、知識としては知ってはいるが、稲葉志郎の身体には訪れなかったものであった。

「それとこれに載っている店に一度来てみたかったんだよね」

 一冊の本をカメラバッグの中から取り出す。

「小説ですか?」

「ううん、マンガ。ほら」

 言いながら開いたページには今いる風景が画になっていた。

「聖地巡礼ですか」

 知恵に教えてもらった知識で、マンガやアニメ、ドラマの舞台になった場所を訪れることを言うらしい。

「……ああ、言われてみればそうか。まあ、そういうわけだから付き合ってよ」

「はい」

 遠路はるばるやって来たのだ。それを土壇場になって嫌だと拒否するような子供ではない。見た目はともかく中身は大人。それに何度も書いているが、ラーメン気分になっていたというだけでうどんが嫌いなわけではない。

 しばし並んだ後で、注文を。文尚はマンガの主人公が食べたうどんを、美月は少々暑かったもあり、もりうどんを。

 席を確保していよいよ実食。

 と思いきや、文尚はバッグからカメラを取り出しうどんの撮影を。しかも一眼レフで。

 うどんを撮るだけなのに大げさだなと美月は思いつつも、けどせっかくの聖地巡礼なのだからあれ位の機材で熱心に撮影をしても問題はないのかも。

 しかしながら、いつまでも撮影を続けられるのも、早く食べないとせっかくのうどんがのびてしまうと、連射のシャッター音を聞きつつ心配を。

 そんな時に美月の中で思い出したことが。

「あっ、カメラ」

 その一端が声になって漏れ出た。

「もしかして美月ちゃんカメラに興味あるの?」

 撮影に夢中になっていると思われた文尚が。

「今度の修学旅行で、カメラ係になったので」

 グループ行動でカメラの係に任命されていた。

「じゃあ、これ使ってみる。カメラの練習してみる」

 その申しでは嬉しいのだが、

「その前に食べませんか。のびちゃいますよ」

「ああゴメン、先に食べても良かったのに」

「いえいえ、ご馳走になるのに先にいただくのは」

「本当に中学生なの美月ちゃんは。うちの若い子でもこんな配慮ができる子なんて少ないよ」

 役者という特殊な世界に属していたが、それでも社会に出た早十年以上。その辺の新卒数年の若輩者よりも経験はある。

 それは教わったものではなく、体験して学んだこと。

 姿が変わろうとも、消えることのない経験値。

 うどんを美味しくいただいた後、場所を移動してカメラ撮影を。

 今度の撮影者は美月。

 決して上手くはないが、簡単なレクチャーを受けただけで美月は十全に一眼レフカメラを使いこなす。それこそ持ち主である文尚よりも。

 それには理由があった。カメラ機材の扱いに少しではあるが慣れていた。劇団の稽古ではビデオを撮影したり、エキストラの仕事でカメラマン役をしたり、その時にスチールの人と仲良くなり高級機材を触らせてもらったり、そして最も大きなものがモゲタンの存在。この左手のクロノグラフは地球文明を遥かに凌駕した存在、カメラの機能を完全に把握し、適切なアドバイスで美月を完全サポート。

「これ修学旅行に持っていく?」

 面白そうに撮影を続ける美月に文尚が提案を。

「それは流石に悪いですよ。それに大事なカメラなんでしょ」

 美月は桂のコンパクトカメラを借りて持って行くつもりだった。この一眼レフを借り受けることができるのならば、幼い友人達に青春の一瞬をより綺麗に切り取ることが可能になるはずだが、それは流石に申し訳ない。ほんの数時間借りるのとはわけが違う、数日間文尚がこのカメラに触れられないことになる。

「いいよ、別に。これは古いのだから。実をいうと新しいの買ったけど、まだ慣れていないから今回はコッチを持ってきたんだ」

 ということで、美月は文尚の一眼レフカメラを借りることになった。


 池袋を後にして山手線に乗って秋葉原に。

 ここで、あの惨事の慰霊碑に。献花と黙とうを捧げる。

 その後、文尚の上司に頼まれたというオーディオのアンプで使う真空管を探したり、本日の二度目の聖地巡礼でカツサンドを食べたりして、また移動。

 元来た道を戻るように上野方面へと。

 途中、おもちゃやフィギュアの店に寄ったり、鉄道模型の店に入ったり、アメ横で中田商店を覗いたり、冷やしきゅうりを買って食したり、自転車屋に立ち寄りサイクルウェアを品定めしたりして、気が付くともう夜に。

 桂から晩御飯も二人で食べてきていい、というお許しをもらっていたのでそのまま食べていくことに。

 昼は文尚の意見でうどんだったから、今度は美月の意見を。

 今度こそラーメンをとも思ったが、昼はうどん。麺類が続くのは。

 そこで思いついたのは住んでいる街の駅近くにある居酒屋だった。

 この店は去年美人の父親にサバの味噌煮の美味しい店として教えてもらい、その後何度か、夏までは大抵一人で、夏以降は桂の不在時に麻実を連れて、常連とまではいかないが何度か通った店。

 久し振りに暖簾を潜ると、

「美月ちゃんが男を連れてきた」

「けど大分と年上」

「もしかして年上趣味とか」

「まさか援交じゃないだろうな」

 といった店主と従業員、および常連客の冷やかし、口撃、からかいを受けてしまう。

 それは全くの誤解。

 その誤解をとくために美月はキチンと説明するが、酔っぱらい相手には上手くいかずに苦戦してしまうのだが、それはまた別のお話。



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