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ワクワク、中学生活


 身体にあっていないブカブカのセーラー服を着た美月みつきはつまらなそうな表情を浮かべ、片肘を机の上に置き小さな顎を乗せて今日から学ぶ中学の教室を眺めていた。

(ああ、もう一度中学生活か。……それも女子で)

 大きなため息が出てしまう。

〈それについては本当に申し訳ない〉

 右手につけている女子中学生には不釣り合いな大きめのクロノグラフ、モゲタンが美月の脳内に言葉を発する。

(まあいいよ。お前があの時、この姿にしてくれなかったら俺はあの場で死んでいたんだからな。かつらに二度と会えなかったんだから)

〈そう言ってもらえると助かる〉

 また勝手にため息が出そうになるけど、必死で抑えた。

 大きく深呼吸をして気持ちを整える。

 文句を言ってもしかたがない。中学に来ることを選んだのは他ならぬ美月自身。

 桂に迷惑をかけたくなかったから。その一心で選択したこと。

 だから今日も、一応転校生という扱いだから早めに登校して一人で手続きをした。本来の転校生ならば保護者と一緒にするべきことなのだろうが、仮にも元成人男子、大抵のことは一人でこなせる。

 桂は一緒に来ると言ったけど、それは丁重にお断りをして仕事に向かわせた。

 教室の中は美月一人ではない。

 そのほかの大勢の生徒がいる。

 しかし、誰も話しかけるようなものはいなかった。

 転校生という認識がされているみたいであったが、時折視線を感じるくらいで、大半の生徒は去年同じクラスだった人間と話したり、同じ部活のメンバーで集まったりしていた。

 この状況は美月にとっては非常にありがたかった。

 正直、一回り以上年下の相手に、今の格好を鑑みれば話しかけてくるのはおそらく女子だろう、する話題なんて皆無。

 そんな術は持ち合わせていない。

 芝居に興味でも持ってくれていたならば多少は話ができるかもしれないけど、おそらくそんなものには全然興味はもっていないだろう。

 その証拠は周囲の声。聞こうとしなくても勝手に耳に飛び込んでくる。

 その内容に思わず苦笑してしまう。女子の話も聞こえてくるが、とりわけ男子の会話は幼く感じた。

(俺が中学生の時はもう少し大人だったけどな)

〈そうなのか?〉

(ああ、もっと大人な内容の会話をしていた。あんなカードゲームの話なんか……そうでもないか、俺らの頃もゲームの話ばかりしてたな)

 おぼろげな記憶ではあるが中学時代を思い出す。あの頃は毎日馬鹿をやっていた。将来の不安なんかまったく無かった。

 それがまさかこんな未来になるなんて。

 チャイムが鳴り一堂体育館へと向う。美月もその後を追う。諸々の行事の後、再び教室。学期の説明があった後、自己紹介が始まった。

 席順は五十音順、奇数列は男子、偶数列は女子の席。つまり美月は女子の二番目になる。

 まずは一列目の男子。次は美月の前の女生徒。大きな身体のわりには小さな声でオタオタしている。真後ろに座っているにもかかわらずほとんど声が聞こえない。

「伊庭美月です。よろしくお願いします」

 けして大きくはないが綺麗で可愛い声が教室中に響いた。全員の注目を一身に受ける。

「それだけか?」

 短い自己紹介に担任の先生が聞き返した。他の生徒はもっと話していた。

「はい」

 一言返事をして美月は着席する。教室内がザワザワと少し騒がしくなった。

「ああ、そうか。みんな静かに。それじゃ先生の方から補足しておくけど。伊庭はみんなも気付いていると思うけど転校生だ。だから、慣れない環境で戸惑うことが多いと思うから助けてやってくれ」

「はーい」 

 美月をのぞく生徒達から元気のいい返事が上がる。ひねくれた年頃と思っていたけど思いのほか素直な返事の声だった。

 言葉少ない自己紹介は美月なりの考えがあってのことだった。新しい人生、それも偽りの人生だ。余計なことを口走って自らの状況を危うくしたくはない。口は災いの元。

 それには無口なキャラでいくのがベストと美月は考えた。

 他の生徒の自己紹介は続いている。真面目にするもの。緊張で何を話しているのか分からないもの、受け狙いのもの。様々ではあったが美月はまったく聞いてはいなかった。いつまでこの生活が続くのか知らない。だから深く関わるつもりは無い。聞く必要は無い。

 終業になる。荷物をまとめて帰宅しようとした。が、簡単には帰らせてもらえなかった。何人かの生徒が美月の席にまでやって来て質問攻めを始めた。

「ねぇねぇ、伊庭さんって何処から越してきたの? 今は何処にに住んでいるの? 」

「趣味って何?」

「何か部活に入る予定はあるの?」

「どんなテレビ観てるの?」

「好きなアーティストは? どんな音楽が好き?」

「お笑い芸人は誰が好き? 私は○○かな」

(前に住んでいたのは二十三区内、その前は三重県津市。趣味は演劇と読書、主に時代小説。テレビはあまり観ません。好きなアーティストはYMO、教授と細野さんの二人に注目が集まるけど高橋幸宏のドラム正確でメチャクチャ上手いし。後ベタだけどグレン・ミラー。お笑いは今の人には興味はありません。好きなのは夢路いとし・こいし師匠。あのは素晴らしい、勉強になります。ああいう洒脱な間を舞台でしてみたい。焦ると間を埋めたくなるから)

 心の中では律儀に質問に答えたが、それを口には出さなかった。その代わりに、

「……帰るから」

 一言だけ言い。リュックを背負って席を立ち教室を後にした。教室内が騒然としていた。美月は自分の悪口でも言われているのだろうと推察した。素っ気ない態度は気分を害する。同じ立場なら、おそらくその輪に加わっていたであろう。

 しかし中学で新しい人間関係を構築するつもりはまったく無かった。だから少しも気にしなかった。何を言われようが平気だった。


「どう、新しい中学は? 友達できた?」

 桂の帰りを待ってからの夕食の席で聞かれた。

「……別に」

 素っ気なく返事をする。通うことが目的であって友達を作ったり、勉強をするためではない。桂に迷惑がかからなければ、それで良かった。 

「そんなの駄目よ、友達は絶対につくらなきゃ。女の子はグループで行動しないと何かと面倒だよ。それでなくても転校生というポジションは目立っちゃうのに」

 目の前にいる人物から昔聞いた事を思い出す。集団で行動しないと陰湿なイジメが待っていると。浮いちゃ駄目だとか。

「いいよ。それに家のことがあるから」

 長年に貧乏暮らしのせいなのか、それとも生来の性分なのかは分からないが美月は一円でも安く食材を買うことに使命を燃やしていた。朝刊と一緒に届くチラシを入念にチェックして買い物をする。多少遠くても問題は無い。この小さな身体はどんな重さにも、どんな距離も苦にすることはなかった。

 それに家計の足しにもなるし。

「家のことを気にかける必要は無いわ。美月ちゃんは自分の青春を送らなきゃね」

 美月が遠慮をしていると勘違いして桂が学生生活を楽しむように言う。

「いいよ、別に」

「そんなの気にしなくてもいいから。どちらかというと私がお世話になってるし」

 エビチリを口に運びながら恥ずかしそうに桂が言った。炊事と洗濯が美月の担当だったが、桂の忙しそうな姿を見て他のことも積極的に手伝っていた。

「とにかく友達をつくらなきゃ」

 しまらない声で桂は言った。


 あの素気のない初日の態度が功を奏したのか、あれから積極的に美月に話しかけるような人間はいなかった。

 美月は一度目の中学生活とは反対に授業は真面目に受け、ノートもしっかりと摂り、休み時間には桂の本棚から持ち出した文庫本を読みふけっていた。

 このまま誰とも親しくならずに二度目の中学生活を送るつもりだった。

 しかし、大きなミスを犯してしまった。

 最初の体育の時間、内容は体力テスト、五十メートル走。

 タイムが悪かった。否、良すぎた。

 美月の本来の力を出せばもっと速く走れたのだが、それでは速すぎるために力を加減し、高校時代のタイムを参考に走ってみたが、それでも速すぎた。

 中学生の女子が出してはいけないようなタイムでゴールラインを颯爽と、そして悠々と駆け抜けてしまう。

 六秒台前半。女子の日本記録を上回ってしまう。

 騒然となった。

 体育教師がタイムを計測する女子生徒に問いただす。

「……これ、ちゃんと押した? ちょっと早めに押したんじゃないの?」

「多分合っていると思います。……あたしちゃんと押しました」

 先生の指摘に記録係の生徒は頑として譲らなかった。

 最初は何を騒いでいるのか分からなかった美月も、この段階でようやく自分の失敗に気が付いた。

 もっと遅く走ればよかったと後悔しても後の祭り。

 体育教師と女生徒がしばし協議し、その結果やり直しに。

 ホッとした同時に。少しだけ申し訳ないような気分に。

 再び走るのは美月だけではなく、一緒に計測した背の高い女子も。この子はあまり運動が得意そうに見えず、さっきも嫌々走っているのが目に見えるほど、巻き込んでしまう結果に。

 二度目の計測では慎重を期した。

 一度目よりも手を抜くのはもちろんだが、それで必要以上に遅く走ってしまえばまた疑惑の目を向けられてしまう。

 身体を動かすよりも、脳内を必死に動かす。

 こんな時にモゲタンがいれば、こんな苦労は必要なかったかもしれないが、あいにく体育の時間にあんな大きな時計を着けているのはと思い外していた。

 今度は短距離ではなく、長距離の走り方を。

 それでもやはり上位の成績を出してしまう。

 さらに他の種目でも同じように。

 これでまた周囲が騒がしくなってしまった。

 今度は同じクラスの人間だけではなく、他のクラス、あるいは上の学年、または体育系の部活の顧問である教師達から。

 壮絶な勧誘合戦が繰り広げられた。

 しかし、部活に入るつもりは全然無い。「家事があるから」と言って断った。

 その報告を聞いた桂は美月に運動系の部活をすることを薦めた。

「絶対に運動部の入ったほうがいいよ。なにかしたいスポーツとかないの?」

「無い」

 簡潔に自分の意見を伝えた。学校でしたいことは何一つ無い。

「でも、やっぱりもったいないよ。私は学生時代運動が苦手だから羨ましいな」

 小学生の時はそんなに苦手ではなかったが、中学に入り二次性徴が始まると胸が大きくなり走ると揺れて痛くなる、それで段々と苦手になっていった。

昔、そんなことを話していたのを美月は思い出す。

「いい」

「絶対にもったいないよー」

〈ワタシも桂と同意見だ。データが活動しないとコチラは捕捉することはできない。動くこともできない。それならばその時間は有効的に使用すべきだ。君が訓練を行い運動能力が向上すればこれからの戦闘が楽になるはず〉

(絶対に入らないよ)

 家事が理由というだけで部活をしないというわけではない。余計なことをして状況を悪くしないためでもない。運動部というのは団体行動だった。何の気兼ねもなく部活に集中できるのならいいが、いついかなる時に目的のものが出現するか不明。そんな時、勝手に消えてしまっては他の人間に迷惑をかけてしまう。

 迷惑をかけてしまうのが嫌だった。

 だから、部活には絶対に入らないと決めていた。


2023/1/15

R.I.P


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