ショートカット
「勿体ないな」と言われて美月の決意が揺らいだ。
三月三十一日、美月の設定上の誕生日。
事前に予約してあった行きつけの美容院で、去年の春から担当してもらっているベリーショートの美容師に、桂と麻実と相談し吟味して決めた髪型を口で説明するのは少々難しく「こんな感じでお願いします」と言ってゲームキャラの画像を見せた時に言われたのが、今の言葉であった。
ショートカットにするという決意は固く、絶対に壊れないはずだったのに、美容師に言葉で、美月の中に悩みが生じてしまったのには理由があった。
それはプロの言葉だったから。
これまで数多の髪に触れてきたプロの言葉だけに、何気ない一言であったが、そこには
重みのようなものがあった。
美月はその言葉を深読みしてしまう。
短いのでも似合うと思っていたけど、もしかしたらそれはたんに素人の思い込みで、やはり長い髪を維持したままのほうが良いのだろうか。
まだ髪に鋏は入っていない。
前言を撤回することも今ならばまだ可能。
一人脳内会議を。
そんな美月の耳に美容師の言葉が続く。
「美月ちゃんなら短いのも似合うと思うけど。でもさ、せっかくまたここまで伸ばしたのに」
似合わないわけじゃない、揺らいで壊れかけていた決意が一瞬で修復、さらにはお墨付きも一応受けたので補強もされた。
「お願いします」
決意を言葉にして伝える。
「了解。……あ、でも成瀬さんは美月ちゃんがショートにすることを了承しているの?」
「はい」
了承はしてもらっている。
が、今日は一緒に来ていない。ショートカットにすることは認めたけど、実際に短くする現場に居合わせて目撃するのは耐え難いというのが、同行していない理由だった。
だからいつもは二人で来店しているけど、今日は美月一人。
「うん、それじゃ可愛く……じゃなくてかっこよくなろうか」
「お願いします」
「ああでもね、一つだけ大事なことを言っておくけど、この画とそっくりそのままは無理だから。こういう二次元のものをそのままそっくり再現なんか不可能だからちょっとアレンジが入るけど大丈夫かな?」
美月が見せた画は厳密にいえば二次元ではなく3Ⅾデータのキャラなのだが、そんな些細なことは放置しておく。
あくまでイメージであって、絶対にこうでないといけない、なんてことはない。
「大丈夫です。……それに五十嵐さんの腕を信頼していますから」
これまでにも何度もお世話になっている。変なことにはならないだろうという全幅の信頼があった。
「そんなに信頼をされているのなら、腕によりをかけて美人……じゃなくて美少年ぽくしないとね」
鏡越しにウインクをしながら五十嵐さんが言い、美月の長い髪に鋏を入れる。
切られる髪をみながら、美月は少しだけ身も心も軽くなったような気がした。
カットを終えた後で桂と駅前で合流。
予想以上の出来栄えに桂が思わず感嘆の声を上げてしまうくらい、美月の新しいヘアースタイルは良かった。
そのままデートという名の、買い物ツアーへ。
名目上は美月の仮初の誕生日プレゼントを買うためのものだが、本質的なものはこれまでの服が合わなくなるため、新しい服の購入。
いつもよく行く郊外のショッピングモールではなく、今回は電車で移動して都心に近い場所へと。
まずはファストファッションの店へ。
そこでいつものように試着室の一角を占拠して、簡易のファッションショーが。
だが、今回はいつものとは少々異なることが。
これまでは美月の容姿に合わせて、そこに桂の趣味も加味されるが、スカート中心の可愛いコーディネートだった。しかし、今回選んだ服の大半はパンツルック。
つまり、ズボンだった。
美月の細く長い脚には絶対にスカート。自分のような太くて短い脚を出すのは世間に対して時折申し訳ない気分になってしまう。だが、美月の脚はその反対で出さないということは社会的に大きな損失になってしまうのではないのか。だから絶対にパンツルックで隠してしまうのは以ての外。それが桂の考えだった。
それが数点試着しただけで翻る。
悪くない。
というか、むしろ良いかもしれない。
それにメンズコーナーから持ってきた上着を合わせてみると、さらに良くなる。
スリムでスタイルが良いからシンプルな服装でも映える。
隠されることによってフェティッシュな魅力が醸し出される。
だけど、これ一辺倒では面白くない。
やはり脚を出さないのは損失だ。
そう考えて桂はジュニアコーナーから半ズボンを。
似合う、いや似合いすぎた。
ショートカットに男の服。それなのに胸の膨らみに柳腰、それに少々丸み帯びた小さなお尻に、細く長い脚。
フェティッシュな魅力がより強調されたような、強く香ってくるような。
その強い香りに桂はやられてしまった。
「ヤバイ、稲葉くん可愛すぎ。男の子の服を選ぶのもチョー楽しいかもしれない」
心の中の欲望が声になって漏れてしまった。
欲望の声は、すぐに行動へと。
ファストファッションの店をはしごして、さらには電車を乗り継ぎ別の場所へと。
そこは美月、というか稲葉志郎、にとって慣れ親しんだ街であったが、あまり縁のなかった店舗へと入る。
今度は古着屋のはしご。
ファストファッションで購入した分と合わせて、二人の両手では持ちきれないくらいの買い物袋が。
費用の面では使い過ぎということはないのだが、この量は流石に買い過ぎと思い、美月は、
「買い過ぎだよ。クローゼットとチェストに入りきらないよ」
と、苦言を。
これに対して桂は、
「えっ、だって小さくなった服は処分するでしょ。だから、まだまだ大丈夫よ」
桂はまだまだ行く気らしい。




