チョコレート・デイ 余
強烈な空腹感に襲われている美月の脳内に、データ出現を知らせる警告音が鳴り響いた。
即座に回収に向かわなければ。甚大な被害が出る恐れが。
なのに、美月は動けなかった。
その理由は、先にも述べたように空腹。
データの出現場所まで移動、そこで変身し、場合によっては戦闘。
これを行うには多量のエネルギー、この場合はカロリーが必要であった。
そのカロリーが美月の小さな体内から枯渇していた。
諸事情があり昼食を摂り損ねてしまったから。
普段ならば昼飯を食べないくらいならば、空腹を感じるだけで行動に大きな支障をきたすようなことはない。
が、データが出現したとあっては大問題。
急ぎエネルギー補充を、カロリーを補給しないと。麻実もいないし。
だが、運の悪いことに冷蔵庫の中にはあまり食材がない。この後買いものに行き、食材を大量に買い込む予定だった。
一応何かがあった時のためにストックしておいた缶詰をいくつか開けて、急場しのぎでカロリーを無理やり体内に放り込もうか、それとも急ぎ近くのコンビニに駆け込んでカロリーの高い食糧を買いこみ胃の中に押し込もうか、と美月は空腹のためにあまりよく回らない頭を無理やり回転させ考える。
〈良い方法があるぞ〉
そんな美月の脳内に声が。
声の主は左手のクロノグラフモゲタン。美月をこんな境遇にした張本人。
「どうすればいいんだ?」
〈アレを摂取するんだ〉
「……あれ?」
空腹でいつもよりも回転の鈍い脳みそではモゲタンの言う、アレ、を推察することができない。
〈バレンタインに桂から貰ったチョコレートだ〉
「……ああ、あれか」
チョコの味が、口の中に残る甘さが、嫌なために長年恋人同士であったがチョコを貰うことがなかった。その代わり別の物を頂戴していた。今年はバレンタインデーの後日に一緒に甘味処に行き豆カンをご馳走になった。
例年はこれで終了なのだが、今年はスティック状のチョコも。
これは事情を知っている桂が、急場の時に必要かもしれないと考慮して贈ってくれたものだった。
少女の身になっておおよそ一年。ちょっとは食べることが可能になったが、これを丸々一本食すことは。
美月は躊躇した。
モゲタンのアドバイスに従うのが最良の方法であることは理解しているが、チョコへと手が伸びない。
大切な人から贈られたものだから、大事に奥へと仕舞いこんだわけではない。
貰ったこと事体は嬉しいから、いつでも見える場所に置いて眺めている。
エネルギー不足だが数歩の移動で取ることができ、採ることによって解消される。
それなのに美月は動けない。チョコを口にしようとしない。
あの時桂の唇に付いたチョコは甘かった。
口の中に残る後味を嫌には思わなかった。
苦手なチョコレートを完全に克服できたと思い、試しに一枚市販の板チョコを食べてみたが、やはり口に残る甘さが駄目だった。
完全に克服するまでの道のりは遠い。
あれは、あの時の雰囲気、そして桂に付いたチョコだったから大丈夫だった。
だが、今から摂取しなくてはいけないチョコにはそれがない。
急がないといけないと理解しているのに、それなのに動けないでいた。
〈急げ〉
モゲタンが早く食べること、エネルギー補充することを促す。
「分かっているよ」
分かっているが、未だに行動には移せない。
〈早くしろ、データの反応が強くなったぞ〉
「……急がないとな」
そう言いながら、行動が伴わない。
依然、美月の口にチョコレートは入らない。
〈乾燥イトミミズを食べるよりははるかにマシだろ〉
「確かにそうだけど」
これは最近麻実から借りたコミックの主人公が乾燥イトミミズを嫌々ながらも口にしてエネルギー補充している場面。
亀の餌である乾燥イトミミズを口にするよりも、苦手のチョコを口にした方がはるかにマシである。
「ええい、ままよ」
そう言いながら美月は桂から贈られたチョコを手にして口元へと運ぶ。
一瞬手が止まりそうになる。
だが、美月は止まりそうな手を強引に動かし、チョコレートを口に中に放り込む。
止めてしまったら、決心が揺らぐかもしれなかったから。
無理やり頬張り、嚥下する。
口の中に嫌な甘さが残ったままで、
「行くぞ。変身するぞ」
美月はサイクリストを模した姿へ変身し、部屋の中からデータが出現している場所へと空間を跳躍した。




