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チョコレート・デイ 起


 時は少し遡る。

 二月某日、美月は頭を悩ませていた。

 その理由は、間近に迫っているバレンタインデーのチョコについて。

 去年までは男であった。だから、チョコを贈るのではなく、貰う側の立場にいた。

 それが流星の降る夜に、年端もいかない少女の姿に。

 つまり贈る立場の側へと。

 それでも贈る相手が桂だけならば問題はなかった。しかし、贈る人間は一人だけじゃない。

 世の中には友チョコというものがある。恋人間ではなく友人同士でチョコを贈り合い、交換すること。

 図らずも、それを行うことになった。

 これまでの半生、あまりバレンタインデーには縁のない人生を送ってきた。義理チョコはまあ貰えていたが、いわゆる本命チョコというものを頂戴したのは桂と付き合ってから。それに加えてチョコレートは苦手な食べ物だった、口の中に残る甘さが嫌だった。それは少女の姿になっても変わらず。

 そんな人間がチョコを選んで、年の離れた友人達に贈る。

 難易度が高かった。

 いっそのことスルーしてしまおうかとも考えたが、長年病院暮らしだった麻実が「友チョコを贈り合うのが夢だったのー」と言われては、それを無視するわけにはいかない。

 が、選べない。

 好きな物だったら簡単に選ぶことが、こんな些細なことに頭を悩ますことなく、楽しみながら選んでいただろうが、……それができない。

 それでもネットで調べたり、店頭に足を運び見てみたり、と。

 高いものを選べば美味しいのかもしれないが、中学生に贈るのにあまり高価なものは。

 かといって、安物を贈るのもなんだし。

 悩みに悩んで、美月はようやく贈るべきチョコレートを見つけることができた。


 バレンタインデー当日、学校へのチョコレートの持ち込みは一応禁止されていたので、中には内緒で持ち込む強者もいるのだが、放課後の美月の家に集まってチョコの交換会をすることに。

 そんな中で美月には危惧することがあった。 

 それは靖子が参加するかどうか? 昨日告白され、そして振ってしまった。もしかしたらそれが原因で来ないかもしれないという可能性があった。

 だが、美月のそんな心配をよそにちゃんと参加。

「昨日振られたばっかやのに、よう来たなー」

 と、知恵に半ばからかわれるように、半ば感心されるように言われ、靖子は、

「美月ちゃんへのアタックは今日から心機一転。一度や二度振られたぐらいじゃ、私の美月ちゃん愛は消えてなくなったりなんかしないんだから。それに以前の反省も踏まえて、もう美月ちゃんの嫌がるようなミスは犯さないから。……はい、これ美月ちゃんの。……喜んでくれると嬉しいんだけど」

 そう言って綺麗な紙で可愛いらしくラッピングされた長方形の箱を美月に渡す。

「ありがとう」

 チョコレートは苦手だが、この感謝の言葉は本心からだった。

 苦手ではあるが、靖子から贈られたことが本当に嬉しかった。

「開けてみて」

 言われて、ラッピングを開封。綺麗な包装紙だから破かないように慎重に。 

「……これって」

 中に入っていたのはチョコレートではなかった。

 羊羹だった。

「これなら美月ちゃんも食べられるでしょ」

「なんや考えることは一緒かー。けどまあ、物が違うのは幸いしたな」

「そうだねー」

 そう言って知恵と文も持ってきた鞄の中からそれぞれ物を取り出して美月に。

 知恵のは丸いもの、文のは正方形の箱。

「これは?」

「うん、ウチのは煎餅。七味のいっぱいかかった辛いやつ。ほんでこれが麻実さんので、ついでにアンタのはこれや」

「あたしのは金平糖。あ、これは靖子ちゃんの分で。こっちのチョコは麻実さんの」

「ありがとう。それじゃこっちも」

「ありがとうー。ああ、これでまた夢が一つ叶ったわー」

 それぞれがチョコを贈り合う。

「それじゃ、あたしも。はい、コレが知恵と文と靖子の。……それでこれがシロの分」

 最後に出した美月へのものは他のみんなのよりも大きめのチョコレートだった。

「ちょっ、麻実さん。美月ちゃんチョコ苦手なこと知らんかったんか」

 知恵が声を上げる。

 声を出さなかった他の二人も同じことを内心思っていた。

「知ってるわよ、それ位」

「ほんなら、なんで?」

「これはシロからのリクエストなの」

「もしかして食べられるようになったとか」

「だったらチョコレートを買ってきて、私の想いを伝えるべきだったのかしら」

「ちょっと位なら食べられるけど、一つ丸々はまだ無理かな」

「だったら、どうして?」

「もしかしたら必要ないかもしれないけど、一応用心のために麻実さんに事前に話して買ってきてもらったんだ。じゃあ、僕からの友チョコを作るからちょっとの間待っていて」

 そう言うと美月はチョコを持って立ち上がり一人キッチンへと向かった。


 細かく刻んだチョコレートを湯煎する。程よく溶けたチョコの中に牛乳と生クリームを投入。滑らかになるまでよくかき混ぜる。

 それからあらかじめカットしておいた苺やバナナ、蜜柑に林檎を冷蔵庫の中から取り出す。

 後はマシュマロにクッキー、ポテトチップ、シフォンケーキ。

 それらを数回に分けて運ぶ。

 美月がみんなに贈ろうと考えたのはチョコレートフォンデュだった。

 何を選べばいいのか分からないのであれば、それならいっそのこと作ってしまえ。形としては残らないかもしれないが、記憶に残るものを。

 それも楽しい思い出を。

「これが美月ちゃんの選んだチョコかー」

「なるほどね」

「麻実さんは知っていたのかしら? さっき美月ちゃんからリクエストがあったと言っていたから」

「まあね。初めて作るから量が分からないから、もしかしてのための予備を買ってきてと言われていたから」

「初めてって、もしかして実験台にされるの?」

「そやな、ウチらで試してみて、そんで美味しいのを作って桂さんに食べさせるつもりなんやな。酷いで美月ちゃん」

「そんな、年は離れていても友人だと思っていたのに」

「麻実さんまで。美月ちゃんはそんなことをする人じゃありません」

「冗談だって。真面目だなー靖子ちゃんは」

「そやでホンマに。そんなことはウチらはよう知っとる。そやけど、桂さんにもチョコフォンデュをプレゼントするんやろ」

「桂……さんには別のを贈るというか、作る予定だけど」

「何作るの?」

「それは秘密で。それよりも早く食べよ、チョコが冷えて固まってしまうから」

「けどさ、シロはいいの? あんたはチョコ苦手でしょ。これだとアンタ一人だけが楽しめないんじゃ」

「それは大丈夫。付ける量を加減すればいいだけだし、駄目だった時は付けずに食べればいいんだし」

「無理をしなくても。チョコじゃなくても私は美月ちゃんが作ってくれるものなら、何でも嬉しいから」

「珍しく意見がおうたな。ウチも同じや」

「あたしもー。美月ちゃんが作るのなら絶対に美味しいし」

 何度か料理を振舞い、いつも喜んで食べてくれている。

「……ありがとう。……最初はカレーにしようかとも思っていたんだ」

 思わぬお褒めの声に照れてしまう。

 照れながら破棄したアイデアを口に出す。

「どうしてカレーなのかしら?」

「チョコを使った料理を色々と調べていたらカレーの隠し味にチョコを入れるというのを見つけて、それを試してみようかなと」

「別にカレーでもかまへんのに。ちゃんとバレンタインにちなんでチョコも入っとるんやろ。それに噂の牛と豚両方入りの美月ちゃんのカレー食べてみたかったのに」

「あー、あたしも」

「私も」

「けど、麻実さんが……」

「だってカレーは金曜日に食べるものでしょ」

 毎週金曜日は麻実のリクエストでカレーの日になっていた。

「そんな、海軍とちゃうんやから」

「流石知恵ね。ちゃんと元ネタを理解してくれた」

 親指を立てる、サムシングポーズをしながら右手を大きく前へと突き出して麻実が言う。

「それはいいから、そろそろ食べようよ」

 文の一言で、ようやくチョコレートフォンデュのプチパーティが開始された。



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