告白タイム
ちょっと毛色の異なるお話。
美月は窮地に陥っていた。
事の発端はバレンタインの前日、つまり二月十三日、珍しく靖子から二人だけで話がしたいと言われ、放課後に会う約束を。てっきり靖子が最近書き始めた小説の台詞についてのアドバイスを求められているのかと予想していたのだが全然違った。二人以外は誰もいない教室で突然「好きです」という告白を。これまでも何度か靖子から好意を示す言葉を聞いてはいたが、これほどまでに直接的な、かつ真剣な想いのこもった言葉は初めてだった。
この短く簡素な言葉に美月は窮地に追い込まれることに。
想われていることは正直嬉しい。好意を持たれて嫌な人間なんてほとんどいないであろう。それはひょんなことからおかしな境遇になってしまった美月も同じこと。
だが、嬉しいからといってこの告白を受けるわけにはいかなかった。
美月にはおかしな境遇になっても寄り添ってくれる大切な、そして長年付き合ってきた桂という彼女がいる。靖子の告白を受けるということは、その大事な人を捨てて乗り換えるということ。
そんなことは絶対にできない。以ての外。
ならば、桂との関係を続けたままで靖子の想いにも応える。
つまり、二股。
これも論外であった。そもそも美月にはそんな器用なことはできない。恋愛期間こそ長いものの、恋愛経験という観念でみれば美月の経験値は少ない。これまでの人生で付き合った人間は一人だけ、桂だけだった。そんな人間に二股で上手に、かつ面倒ごとなく関係を持つなんていうのは不可能に近いような所業。
それならば、きっぱりと断ってしまう、振ってしまうという手段もあるのだが、これを決断できない美月だった。
というのも、以前靖子は男子生徒に告白し、玉砕してその後自暴自棄になり、その結果危ない場所に入り込んで貞操の危機にあい、それを美月が救ったということが。
つまり、今回も美月が振ることによってまた自棄を起こしてしまうのではという危惧が。
さらにいえばきっぱりと振れない理由がもう一つ。
それは美月が今の関係を壊したくないということ。
靖子は大切な友人の一人であった。
この少女の姿になって中学に通うようになった当初は絶対に話なんか合わないから、教室ではクラスメイトとは友好的な関係を築かずに一人で過ごそうと考えていた。そのはずだったのだがいつの間にか周りには友達と呼べるような存在が。
得難い存在になっていた。
この関係性と壊したくないというのが美月の偽りのない本心。
しかし、ここで靖子を振ってしまえばその関係性が瓦解してしまうかもしれない。
だから、何も言えずに固まってしまう。
固まりながら美月は必死に脳みそを動かした。どう対処すれば、靖子を傷付けることなく、そしてこれまで通りの関係を継続することができるのか、と。
恋愛経験が、いや人生経験豊富であれば、この事態でも上手く対応することができるのかもしれない。見た目は中学生の美少女だが、中身はとっくの昔に成人を迎えた三十路前の男。それなりの経験を積んできたはずなのに、この場でどうすればいいのか全然分からない。
分からないままで固まってしまっている。
パンクしそうな頭の中で咄嗟に助けを求めてしまう。
左手のクロノグラフモゲタンに助力を乞う。
(……ナノマシンで記憶を操作して、告白をなかったことにできないか?)
以前にもひっ迫した状況下で記憶を操作したことがあった。
今回もそれを使えば。幸い教室内には二人だけ。
〈キミが本心からそれを望むのならば、靖子の身体に触れろ。先程の告白の記憶を除去しよう〉
動けなかった。
ほんの少しだけ手を動かせば触れることができる距離に靖子がいるにもかかわらず。
自分が頼んだことのはずなのに、その行いをすることを躊躇した。
勇気を出して告白してくれたはず。その想いをなかったことにしてしまうのは。
だが、別の名案が浮かんでこない。
だったら、やはりここは苦渋の決断を。
美月の中で葛藤が。せめぎ合いが。
それに終止符を打ったのは美月、ではなく靖子だった。
固まったままの美月を哀れに思ったのか。はたまた一向に返事を返してくれないことに業を煮やしたのか、それは定かではないが靖子の口が小さく動いた。
「やっぱり、桂さんのことが好きなんだ?」
この問いかけに小さく肯く。
本当は口で直接伝えたほうが誠意のある行為であるはずなのだが、口の中がいつの間にかカラカラに乾いていて声が出せなくなっていた。
「……そっか。……私……振られちゃたんだ」
靖子の呟きのような小さな声に何か言わないとは考えるものの、美月の頭の中には何も言葉が浮かんでこない。
振ってしまったことによって、これまで通りの友人関係を継続することは難しいのかもしれない。だがそれよりも、以前のように自暴自棄になってしまわないように気を配らないと。
何か気の利いた言葉をかけて慰めないと、そう考えているのに依然頭の中には言葉が浮かんでこない。
「……やっぱりまだ桂さんには敵わないのかな。でも、まだこれからだから。私はまだまだ子供だし。美月ちゃんは私の王子様だから。いつの日か振り向いてもらえるように努力するから。今年は駄目だったけど、来年もっと自分を磨いて再告白をするからね」
美月の杞憂なんか何処吹く風といった感じで、靖子は思いのほかサバサバとした声で、来年もまた告白をすると宣言を。
思わぬことに呆気にとられ、先程までと別の意味で言葉が全然出てこない。
「それじゃ帰ろう。多分待っていると思うから」
そう言って靖子は教室から出ていこうとする。
自分よりも遥かに大人だなと思いながら、美月は年の離れた友人の背中を追った。




