virgin Christmas 3rd
今度のデータ出現場所は、東京上空だった。
上空と一口に言っても広い。
跳ぶことはできても、飛行能力は有していない。
飛ぶことができる麻実が一緒だったらと思いながらも、現在いない人間をあてにしてしょうがない。
桂と別れた後、再び変身し、美月は高いビルの屋上へと跳躍し、データが何処にいるのか観測を。
信号が発する方向へと目を凝らす。
〈いたぞ〉
美月よりも先にモゲタンが発見する。
脳内で指し示された方向へと視線を。そこには飛行船が。
「あれか」
〈ああ、あれだ〉
データが付いていると思われる飛行船は夜の東京湾上空をゆっくりとした速度で飛行していた。
「あれなら簡単に回収できるな。跳躍して一撃でケリをつけて桂のところに戻るぞ」
飛行船であるから、これまで対峙してきたデータの中でも最大の大きさであったが、美月に容易に倒すことが、また回収できると思えた。
〈油断をするな〉
そんな美月の脳内にモゲタンの声が。
「そうは言ってもあのスピードなら簡単に乗り込むことができるだろ。回収した後も、あの飛行船を東京湾の海上に軟着陸させれば被害も出ないだろ」
〈キミが想像しているよりも東京湾には船舶の往来が多い。慎重にとまでは言わないが、気を付けないと航行する船に被害を与えることになるぞ〉
「……そうなのか」
〈それに、これはあくまで予測なのだがデータが付随したことによって内部の気体が変質したという可能性も考えられる。その気体が人類または環境に悪影響を及ぼすものになっていることも考慮しなくては。もしそうならば、甚大な被害が出るだろうと予測される〉
モゲタンの言葉に、美月は麻実に借りたとあるアニメ映画の一シーンを思い出す。それは軟着陸した飛行船からガスが噴出し警官達がパニックを起こすもの。
「なら、慎重に行かないとな。何が起きるか予想もつかないからな」
用心をしながら美月は空間跳躍を繰り返し、飛行船へと取り付いた。
本日二度目のデータ回収に無事成功し、桂のもとへと舞い戻る。
その後しばしイルミネーションを鑑賞し、別の場所へ。
それは食事のため。
クリスマスイブだからということで普段よりも豪華というか高価なものを食べよう、少し贅沢をしようということに。
何を食べるのか? それについて二人は少々頭を悩ませた。
真っ先に浮かんだ案はイタリアンかフレンチのディナー。だがそれはおそらく多くの人が考えていることと同じだから良い店を予約することは困難だろう。
クリスマスにちなんでターキー、七面鳥を食べてみるという案もあったが、実際に食べられる店を思いつかず、それならケンタッキーで代用、日本的なクリスマスの過ごし方を実践しようかとも思ったが、これでは普段とさほど変わらないということで却下。
ならば、サンタクロースの元になったセントニコラスにちなみ、世界三大料理の一つでもあるトルコ料理という意見も上がったが、二人ともトルコ料理に今一ピンとこず、この案もお流れに。
二人して散々迷った挙句、この件は美月に一任されることに。
というのも渋谷でイルミネーションを観るという自分の要望が通ったのだから、食事に関しては美月の考えを尊重し、それを優先すべきという桂の意見。
美月は考えた。
まずは老舗の洋食屋を思い付く。この店は好きな作家のエッセイなんかにもよく登場し、一度は行ってみたいと思っていた店。
だが、クリスマスイブのデートに洋食というのはありきたりなような気がしてちょっと面白くない。ならばここは、少し外して敢えて和食を、と考えていたところで美月の中に一つの料理が浮かび上がってきた。
それは、天麩羅だった。
和食ならば寿司や懐石、または鰻という選択肢もあるのだが、天麩羅が出てきたのは理由があった。
桂の美味しい天麩羅を食べさせたい。これは良い店の天麩羅を食すというのはもちろんだが、そこで少々悪い表現だが作り方を盗み、家で完全に再現とまではいかなくともそれに近い天麩羅を出して喜ばせたいという、美月の考え。
早速行動を。まずは料理の師匠でもある美人の父親に連絡を取り、天麩羅の名店をいくつか教えてもらう。
それからネットでリサーチ。値段の確認。あまりにも高額だったら、流石に師匠のお薦めでも行くのを躊躇ってしまう。
画面上に出てきた金額は美月の考えていた予算の上限を少々オーバー。
別に店にすべきかと悩んでいた美月に、
〈大丈夫だ。支払いはワタシに任せろ。バリバリ〉
と、モゲタンから。後半の擬音部分の意味は美月にはさっぱり分からなかったのだが、とにかく金銭面での目処がついた。
店に予約を。これは桂に任せることに。美月の子供の声では悪戯と思われてしまう恐れがあったから、その用心のため。
クリスマスイブで土曜日、もしかしたらもうすで予約でいっぱいになっている可能性もあったが、そんな心配は御無用であった。
ということで、美月と桂は天麩羅を食べるために銀座へと移動した。
予約してある店は店主が一代で築き上げた名店。
カウンターだけのその店で二人は、とくに美月は、浮いていたが、それでも高齢の主人は快く迎えてくれた。
素材も設備も、そしてもちろん技術も味も、その全てが美月の想像を遥かに超えるものだった。
今後の家での天麩羅調理の参考にと思っていたのだが、レベルが違いすぎて参考にはならない。
それでも不躾かもしれないが主人にいくつか天麩羅の揚げかたで質問を。そんな美月に、店主は嫌な顔を全く見せず答えてくれる。
天麩羅の衣の粉を混ぜすぎないことや、薄く衣をまとわすこと、素材によって衣の厚さを変えること、それから油から上げるタイミングは耳で判断すること。
目の前で実践し、丁寧に教えてくれた。
旬のキスの天麩羅に、珍しい牡蠣の天麩羅。そして二人が一番驚いたのが大きなサツマイモの天麩羅だった。
お腹も心も満たされたような気分で二人は店を出た。
とくに、桂は普段ならば絶対に呑まない日本酒を勧められ、それがまた天麩羅とよく合い
杯を重ねて、すこぶる上機嫌だった。
美月が手を貸さないと真っ直ぐに歩けないくらいに。
見事なまでの千鳥足だった。
そんな桂を連れてどうにかこうにか電車に乗り込む。
車内では酔っぱらっている桂が小さな美月の身体に過度のスキンシップを。
見る人が見れば、通報されてもおかしくないような事態なのだが、今日はクリスマスイブ、周りも大半は同じようなので、幸いそんなことにはならなかった。
電車を乗り継ぎ、ようやく最寄り駅まで。
こんなことならば桂を連れて空間跳躍を使用して帰宅したほうが良かったかもと一瞬だけ美月は考えたが、銀座から家までの距離を考えると、先程摂取した天麩羅のエネルギーでは賄えないという事実をモゲタンに指摘され、ならばこれで良かったのかも、ちょっとだけ周りの乗客に迷惑をかけたかもしれないけど、楽しそうにしている桂の顔を見ているとそう思ってしまう。
ともかく、未だに酔ったままの桂の手を引っ張って無事に帰宅。
すっかりと良い気分になっている桂はそのままベッドへと一直線。
「ああ、もう。この酔っ払いめ。そのまま寝るな、メイク落とせ。着替えろ。皺になるぞ」
ベッドへとダイブしそうな桂の背中に美月の注意の声が。
「ええー、面倒くさい。……ああ、そうだ稲葉くんが脱がしてくれるかな」
それくらい自分でしろ、とも思うがこんな状態の桂にそんなことを言っても言うことを聞かないことを身をもって知っている美月である。
「……分かった。じゃあ、脱がすから」
「はーい」
慣れた手つきで桂のコート、それから服を脱がしていく。
脱がしたついでにハンガーに掛けたり、畳んだり。
下着姿になった桂は小さなクシャミを。
「エアコン入れてなかった。今入れるから、ついでに風呂の準備もしてくるから」
そう言って美月は桂の傍から離れようと。
そんな美月の身体を、桂がギュッと抱きしめる。
「桂、ちょっとだけ待ってて。そのままじゃ寒いし、風邪をひくだろ」
「いやー。それに稲葉くんの身体を抱きしめていたら温かいもん。……あっ、そうだ、稲葉くんも脱いでよ。裸同士で抱き合っていたらもっと温かくなるはずだよ」
酔っぱらいに何を言っても無駄なことは熟知している。けど……。
「放してくれないと、脱げないから」
「逃げない?」
「逃げないよ」
「じゃあ、放してあげる。……けどちょっとの間だけだよ、離れたら寒くなっちゃうから」
「了解」
手早く脱ぐ。桂同様に下着姿に。
見た目の通りの年齢ならば羞恥心に苛まれるのかもしれないが、見た目とはかけ離れた実年齢で、さらにいえば男である。そんな感情とは無縁。
「これでいいか」
「……あっ、それ」
美月の下着はこの前桂が選んだピンク色の可愛らしい上下セットのデザインのもの。
「うん、桂が喜んでくるかもと思って着けてみたんだ」
本当は麻実に着ることを勧められたのだが、この場では秘密に。
「可愛い。すごく可愛いよ、稲葉くん」
下着姿になることにはまったく抵抗はないが、可愛いと褒められてしまうことには思わず恥ずかしさを感じてしまう。
照れてしまっている美月に桂が抱きつく。
不意な行動に、いつもならば桂の体重分くらいは楽勝に支えられるが、対応できずに倒れてしまう。
もちろん桂も。
カーペットの上に押し倒されるような格好に。
「あのね稲葉くん……クリスマスプレゼントが欲しいな」
小さな美月の上に覆い被さるになっている桂が言う。
「プレゼント交換はクリスマスの朝にするんだろ」
一緒のベッドで眠る生活を送っているから、互いの枕元にプレゼントを置くということができない、というか風情がない。それでクリスマス当日の朝に互いにプレゼントを渡して交換するという約束になっていた。
「今が良いの」
「……分かった。……それじゃプレゼントを準備するから。上から退いてくれるかな」
「退かない」
まるで悪戯をしている子供のように言う。
「じゃあ、持ってこれないよ」
「……私の欲しいプレゼントは……なの……」
後半部分は小さく、早口で聞き取れなかったが、美月には桂が何を望んでいるのか理解できた。
大人になる目安はまだ生えてはきていないし高校生にもなっていない。それでもあの約束をした夏の日よりも伊庭美月の身体は成長していた。
「……いいよ。約束通り桂に初めてを上げるよ」
未知の体験というものは少し怖いが美月は覚悟を決めて受け入れる。
「……ありがとう」
「でもさ、ここじゃなくてベッドで。それから……モゲタンを外すから」
「……うん」
左手の、美月の身体には不釣り合いなクロノグラフをそっと外す。
「それじゃお手柔らかに」
「うん、任せて。この日のために一杯勉強したんだから。絶対に稲葉くんを気持ちよくさせて、一生忘れられない夜にするから」
互いに手を取り合い、下着のまま二人はベッドへと向かった。
そしてベッドに横たわり、柔らかな唇を重ねた。
気持ちのいい目覚めだったけど、何か大事なことを忘れているような気が、そんな思いが桂の中に。
「……思い出した。……昨日メイクを落とすの忘れてー」
日本酒を勧められて呑み、それですっかり良い気分で帰宅してメイクを落とさず、さらにはお風呂にも入らずにそのまま眠ってしまった。
……でもそれは些細なことのような気が、本当は大変だけど、して桂は考える。
……思い出せない。
横で眠っているはずの美月を見る。起きているならば、昨夜何があったか聞こうと思った。
いつもとは違う美月が。
布団で隠れているけど、いつもよりも肌面積が大きいような。
それだけじゃなく、いつもよりも甘い、そして誘うようなちょっと淫靡な香りが、美月の身体から漂ってくるような気が。
……思い出した。……けど、まだ記憶があやふや。
確認を取らないと。桂はまだ眠っている美月を揺さぶって起こす。
「うーん、桂早いな。まだ眠たいんだけどさ。……昨日あんなことしたから」
「……したの、私達?」
「……うん。……女の身体ってすごいんだな」
「……嘘っ」
微かな記憶はあるが、どんなことをしたのか全然思い出せない。
せっかくの、念願の初体験だというのに。
桂は裸のままでがっくりと肩を落とす。
「どうしたんだ、桂?」
理由が分からない美月が尋ねる。
「だって、せっかくの稲葉くんと、二度目の初めてを経験できたのに。……私全然憶えていないんだもん。……落ち込まない方が無理だよ」
声に力なく吐露する。
「まあ、酔っていたからな」
「大事な思い出になるのに……全然憶えていない……」
その落胆ぶりは、見ている美月が気の毒に思えるほどであった。
「……それじゃあさ、もう一回するか? 今度はちゃんと記憶に、というか思い出になるように」
「……うん。……する」
そう言って桂は横にいる美月の上に覆いかぶさる。
ベッドの上で戯れる二人。
生まれたままの姿で。
聖なる日ではなく、淫らな、いや性なる日になってしまった。
というわけで、美月は大人の階段を上ってしまいました。
当初は前回の百話目でこのオチを持ってくる予定だったのですが、思いのほか話が長くなり、このようのな展開になってしまいました。




