virgin Christmas 2nd
渋谷駅から道玄坂方面へと手を繋ぎながら歩く。
道玄坂界隈にはラブホ街があり、クリスマスイブという恋人達の日にホテルの一室でとうとう結ばれるため、というわけではなくたんに食事を摂るのが目的だった。
この辺りには飲食店も多い。
夜は豪勢にするために、昼間は軽くて安価のものというのが二人の共通の考えだった。
歩いているのは美月と桂以外にも大勢。
それは恋人同士であったり、或いは友人であったり、親子であったり。
「ねえ、私達って周りからどんな風に見られているのかな?」
桂は美月に訊く。
「……恋人同士には絶対見えないよな」
しっかりと手を繋ぎながら仲睦まじそうに横並びで歩いている。この文字だけ見ると紛れもなく恋人同士なのだが、まあ実際そうだけど、片や二十代の女性、もう一方は幼い美少女。この組み合わせで恋人同士と思う人間はまずいないであろう。
「うん、だからさどう見えているのかなって思って」
「どうなんだろうな?」
「仲の良い姉妹かな?」
「姉妹ってことはないだろ。どっちかと言えば親子の方が近いんじゃ」
中身は同い年だが、見た目は干支を一周以上も離れている。
美月の言う通り、姉妹という年齢差よりも親子という方が。
「ひどーい。そんなに老けて見えるかな私?」
繋いでいた手を外して桂が美月の小さな肩を、両手で作った拳でポカポカと叩く。
本気で叩いているわけではないし、美月も気にしていない。
じゃれ合いでふざけあっているだけ。
「全然」
そう言って美月は桂に笑い顔を見せる。
叩いていた手が止まる。その止まった左手を美月は掴んで、またしっかりと指を絡めて握りあった。
「ねえ、これからどうする?」
ファミレスで食事を終え、ランチについてくるコーヒーを飲みながら今後の行動について話し合う。
クリスマスイブのデートはノープラント、というわけではなく予定していることが夕方以降なので、それまでは時間を持て余していた。
だったら、夕方に家を出ればと思われるかもしれないが、できるだけ長い時間デートを楽しみたいというのが桂の希望だった。
「うーん、じゃあクリスマスらしく教会にでも行ってみるか。ほら、聖橋のところに大きな教会があっただろ」
聖橋というのは、千代田区と文京区にまたがって架かっている橋。この橋は湯島聖堂とニコライ堂を結んでいる。
「ニコライ堂のこと?」
「そう、それ」
八幡さんの氏子として育ち、先祖代々の天台宗。キリスト教関係の知識なんかほとんどない。都内で知っている教会もそこくらいのものだった。
「うーん、ちょっとね」
「それじゃ桂は何をしたいんだ?」
「そうね、せっかく渋谷にいるんだから109に行って稲葉くんにギャルファッションをさせたいな」
悪だくみをしているような笑顔しながら桂が言う。
「勘弁してくれよ。俺があの手の服好きじゃないこと知っているだろ。他の服ならまだしもさ」
この少女の姿になって色んな服を着てきた、大抵のことには慣れたけど、あの手の服を着る嗜好性はまだ持ち合わせていなかった。
「他の服だったらいいんだ?」
「うん、まあな」
「言質はとったからね。それじゃ、原宿に行って稲葉くんの着せ替えターイム」
楽しそうな顔をして言う
「しまった、計られたか」
そう言いながらも内心嫌ではなかった。
原宿に向かうことに。
道玄坂を下り、渋谷駅に。山手線に乗って一駅。
このくらいの距離ならば普段の美月はもちろんのこと、案外健脚な桂でも歩いて移動することもできるのだが、今後の予定を考えて余計な体力は使わないことに。
とくに桂は、自分では若いつもりでいても存外体力が落ちているから。
「けどまあ、丁度良かったかもな。それにお参りに行きたいと思っていたから」
電車に乗り込んでからの美月の発言。
「もうちょっと待ってお正月に行った方がいいんじゃないかな。今日はクリスマスイブなんだし」
「けどさ、せっかくの機会だし。原宿に行くことなんか滅多にないし」
「うんまあ、稲葉くんがどうしても行きたいというのなら吝かじゃないけど」
原宿駅で下車した二人は東側へ。
「あれ、反対だよ。明治神宮に先に行くんじゃないの?」
原宿駅の西側には広大な明治神宮の杜が広がっている。
「ああ、違う違う。俺が行きたいのは明治神宮じゃなくて、東郷神社という所」
美月が参拝に訪れたいと望んだ社は、日露戦争で活躍した東郷平八郎を祀る神社。
竹下通りを突っ切っていくルートもあるだが、平日でも人の多い通りを縫うように歩くことは避け、少々遠回りになるが迂回していく。
「へえー、こんなところに神社があるなんて知らなかった。でも、どうして看板にサイコロが描かれているんだろ?」
東郷神社の看板を発見し、そこに描かれているサイコロに桂疑問を懐く。
「運の神様だかららしい」
「……運の神様?」
「うん。連合艦隊の司令長官に抜擢されたのも運が良いからという理由らしいし、日本海海戦で乗っていた戦艦に敵の砲弾が落ちて、周りは怪我人だらけだったのに一人ピンピンしていたとかいう逸話があるくらいすごく運の良い人だったらしい」
これは知恵から受け入りだった。
この話を聞き、一度参拝して自分も運の良さを授かりたいと美月は考えていた。
そしていつか行ってみたいと思っていた。
あんな状況で、こんな姿になっても生きて桂と再会でき、その上今では一緒に暮らしている。悪運は強いのかもしれないが、運自体はあまり良くない方だと美月は思っている。
事実、元の姿に戻るために必要なデータ回収が文化祭のあの日以来全然できていない。
平穏な日常を送れてきたと言えば聞こえはいいが、これではなかなか男に戻れない。
データが活動していないとモゲタンにセンサーにひっかからない。
ある意味運任せなのだ。
「ふーん、それじゃお参りしていこ」
二人で並んで境内に。
参拝を済ませてきた道とは違い、今度は竹下通りへと。
「せっかくだからクレープ食べていこうよ。原宿といったらコレだし」
「そんなの食べたら太るぞ、さっき食べたばかりだろ」
ファミレスで昼食を食べてからまだ一時間程しか経過していない。
「大丈夫だよ、その分今日は歩くから」
結局押し切られてクレープを食べることに。
クレープを片手に、通り沿いのお店の軒先を見て回る。食べ物を持っているから店内に入店するのは気が引けるため。
桂は美月に似合いそうな服を探す。美月は後ろで見ているだけ。
そんな美月の脳内に信号が。参拝のご利益が早速あったのか、これはデータの出現を知らせるシグナルだった。
〈行くぞ〉
「ああ。と、その前に。桂、ちょっと行ってくるからクレープ持っていて」
「えっ?」
状況の分かっていない桂に食べかけのクレープを押し付けて、美月は走り出した。
信号の発信元は、山手線の線路を越えた向こう側、つまり明治神宮の敷地内からだった。
「何処からだ?」
明治神宮は広大だった。
〈杜の中だ〉
美月は人の目がないことを確認してから空間を跳躍した。
跳躍の途中で変身。
神域とされる杜の中にやや後ろめたさを覚えながら足を踏み入れる。
人の立ち入りが制限されている森は椋や楠、ブナの覆い茂る常緑広葉樹の森。
「……これか?」
美月が指さしたのは芽吹いたばかりの新芽だった。
〈ああ、それだ〉
植物に寄生するデータは初めてだった。
しかし、こんな小さな芽では活動しても、おそらく大したことないだろう。
「こんなに慌てなくも良かったな」
目を瞑り、肩をすくめ、欧米人がよくするようなリアクションをしながら言う。
〈そうでもないぞ、よく見てみろ〉
閉じていた目を開ける。
さっきまで新芽だったデータが、美月の膝辺りにまで成長している。
「何だ、これ?」
〈恐ろしいほどの成長スピードだ。しかし本当に恐ろしいのは、根を使い周囲に木々を侵食し同化することだ。ワタシの計算では一週間もあればこの森の全てをデータになり、移動こそできないが周囲の物を攻撃し破壊するだろう。この国では新年には神社に行くのだろう。そうなれば、どんな被害が出るのか想像もできない。今この段階でデータと接触できたのは幸いだ〉
明治神宮の初詣参拝客数は全国一。
「そうだな、被害が出ない芽のうちに刈り取らないとな」
そう言いながら、いつの間にか美月の胸位の高さにまで成長しているデータを根元ごと抜き取る。
これで回収に無事成功。
任務完了。
原宿の竹下通りへと舞い戻った美月は桂と合流。その際、預けていったクレープは美月が食べていた分よりも減っているということがあり、「食べた?」「ゴメンね、おいしそうだったから一口食べちゃった」「一口じゃないだろ」というやり取りというか、いちゃつきがあり、周囲の人に引かれてしまうという一幕があったのだが、ここでは子細に書かないことにする。
合流後、残っていたクレープも胃の中に全て納め、改めて原宿の店を物色。
特に買うような代物はない。また、少々欲しいと思ってもこの後荷物になることを考慮して見るだけ、つまり完全な冷やかし客だった。
お店としては迷惑かもしれないが、桂は次々と店内に入り美月に似合いそうな服や小物を物色し楽しんでいた。
美月はいつものごとく着せ替え人形に。
けど、それほど嫌ではなかった。桂の楽しそうな顔を見ていると、こちらも嬉しくなってくる。
夕方近くまで色んな店に入ったり出たり。
冬の早い陽が落ちそうな時間帯に再び移動を。
今度は徒歩で表参道へ。
表参道から青山通りにまで続くイルミネーションを観るため。
このために渋谷駅に集合したのだが、実をいえば表参道は原宿駅の方が近く、竹下通りに来たことは都合が良かった。
このイルミネーションを美月と、というか稲葉志郎と観ることは桂にとって以前からの強い願望だった。
それがようやく成就する。自然と口元が綻んでくる。
人の多いイベントだから周囲に注意して歩かなくてはいけないだが、桂の視線は常に上に、つまりイルミネーションが創り出す幻想的な世界へと。
そんな桂の手を美月は引っ張る。誰かとぶつからないように周囲に気を配りながら。
「ありがとうね。……でも、稲葉くんは観なくても平気なの?」
誘導してくれている美月に感謝の言葉を述べ、それから観なくていいのか質問を。
「別に俺はいいよ。そんなに興味ないし」
「……ゴメン。もしかしたら嫌だった?」
「別に。桂の嬉しそう顔を見られるだけで俺は満足だし」
甲斐性があったなら毎年一緒にクリスマスを過ごすことができたのにと、思わず反省してしまう。
「本当に?」
長年一緒にいた。姿形は変わっても互いの表情の変化に気が付くくらい。
「ああ」
安心させるように言う。
「じゃあ、私も稲葉くんの可愛い顔を見ている」
そう言って小さな美月の身体に抱きついてくる。
「それじゃいつもと変わらないだろ。わざわざ観に来た意味ないだろ」
普段なら恥ずかしさから多少強引でも無理に引き離そうとするが、この時に美月は抱きつかれたまま。
通りは混雑して引き離す余地がないというわけではなく、周囲も美月達同様にカップルが多く、同じようにいちゃついているのだから、これ位はまあいいだろうと判断して。
それに抱きつかれているのも存外幸せに感じたから。
自然に二人は顔を見合わせる。
互いに笑みがこぼれてくる。
ずっとこのまま幸せな時間が続けばいいのにと、美月は柄にもなく思ってしまう。
そんな美月の脳内に、本日二度目のデータ出現を知らせるシグナルが灯った。




