第7話:学院の美女三名、セレネの標的にされる
ヴァイツ帝国学院は、貴族の名に恥じぬ最高級の素材と職人によって建造されている。だが、ごてごてと悪趣味に飾り立てる事は無く、質実剛健をモットーにしていた。
とはいえ、最上級の貴族たちの応接室など、ごく一部の場所は、深紅の絨毯、白銀の甲冑、座ると程よく弾力のあるクッションの敷かれた長椅子など、大陸最高級の調度品が飾られていた。
広々としたその一室には、今、六名のメンバーが居る。
対面に並べられた長椅子に座るのは、片側はバトラーとセレネ。
もう片側には、レオ、そして彼女に付き従うように横に立つカイ。
レオと並んで座っているのはビアンカ、そして亜麻色の髪をした知性的な女性ナターリアである。
ナターリアは公爵令嬢であり、学院の上級学年――いや、社交界きっての才女と言われる聡明な女性だ。今回の騒動を聞きつけ、ビアンカに少し遅れて駆け付けたのだ。
「これが、この大陸の地図になります」
長椅子の間に置かれた黒檀のテーブルの上に、ナターリアが地図を広げた。
セレネとバトラーは、それを覗き込んだ。
「やはり、我々の大陸とはまるで違いますな。記されている国名も、一つも存じ上げません」
バトラーは口元に手を当て、あらん限りの知識を振り絞ったが、どの国も一度も聞いた事のない物ばかりだ。
第一、ここが自分たちの大陸なら、北半分は白い森で覆われている筈だが、それが無い。
「本当にあなた達は別の世界からやってきたのね……生きてるといろんな事があるわね」
ナターリアは興味深げにそう呟いた後、バトラーとセレネに笑いかけた。
「まったくでございます。我々も困惑しておりますが、あなた方もさぞや驚いておることでしょう」
バトラーも苦笑する。
龍に捕まったり、大国の王子に見初められたり、本当に我が主は数奇な運命の持ち主だと、驚き半分感心半分である。
「ナターリアお姉様。感心してる場合じゃないでしょ」
知的好奇心を刺激され、色々と考察をしているナターリアにビアンカが声を掛けた。
ビアンカはナターリアを尊敬しているが、たまに思考の沼にはまってしまう部分がある事も知っている。
ビアンカの言葉に、ナターリアははっと我に帰る。
「そうね。確かに、このままだと色々と問題が出るわね。いくら異界で名を馳せた姫とはいえ、こっちの世界では何の後ろ盾も無いし、こんな話をどれだけの人が信じてくれるか……」
そうして、皆がしばし沈黙する。
誰もが体験した事の無い経験なので、対処法もさっぱり思いつかない。
かといって、そのまま放置しておく訳にもいかない。
(それにしても綺麗な子ね……)
ナターリアはちらりとセレネの方を見た。
バトラーという従者が極めて知的かつ温和な人間である事は分かったが、セレネの方はほとんど無言で座っているだけである。
精霊が降臨した、と言っても通じそうな幻想的な少女にしか見えない。
レオノーラを最初に見た時も驚いたが、この少女も、そこにいるだけで周りが輝いて見えるような美貌を持っている事にナターリアは少しだけ嫉妬した。
恐らく、ビアンカも似たような事を考えているだろう。
その時、ナターリアとセレネの視線が合う。すると、セレネはにっこりと微笑んだ。
(まだ相当幼いみたいだけど、ここでの立ち振る舞いを弁えているのね)
ナターリアは表情には出さず、内心で驚いていた。
バトラーいわく、セレネ姫はまだ齢八歳に過ぎない幼女である。
であるのに、決して騒いだりせず、異世界という環境に放り込まれても微動だにしない。
これだけでも讃嘆に値するが、ナターリアが特に評価したのはセレネの振る舞いである。
仮に聡明な頭脳や知識を持っていたとしても、それを言う人間によって説得力や印象が変わってくる。浮浪者がどれだけ素晴らしい経営哲学を語ったとしても、誰にも響かないのと理屈は一緒だ。
彼女はまだ幼いながらも自分の立ち位置を分かっているのだろう。
だからこそ、ほとんどを男性である大人の従者に任せ、自分は愛想よく振る舞くマスコットに徹しているのだ。
(沈黙は金、雄弁は銀という訳ね。でも、あの年齢で出来る事じゃないわ)
ナターリアはそう解釈し、勝手にセレネの評価を上げていた。
もちろん、セレネにそんな政治的駆け引きが出来る訳が無い。
単純に喋れないというのもあるが、それよりも、セレネには目の前に並んだ三人の美少女に全神経を集中しなければならなかったからだ。
ナターリア、ビアンカ、レオノーラ、三者三様にそれぞれの魅力がある。
おっぱいのサイズでいうとナターリアが一番秀でている。
知的かつ豊満な肉体という点でポイントは非常に高い。
しかし、勝気な金髪の、ザ・お姫様という感じのビアンカも捨てがたい。
お姫様好きにはたまらない逸品である。おっぱい力に関しては並といった所か。
そして最後はレオノーラだ。
濡羽色の艶やかな黒髪、シックな薄墨のドレスという他の二人に対して随分と地味な色合いだが、逆にそれが清楚感があってよい。
しかし、おっぱい力は三人の中で最も低い。
「なやましい……」
「確かに悩ましいですな。ですがご安心下さい。このバトラー、必ずや姫を元の世界に戻す方法を見つけますので」
先ほどから真剣な面持ちで女性三人を見つめる主に対し、バトラーは安心させるように優しく語りかけた。
(姫は大層悩んでいる……何とかして帰る方法を見つけねば)
バトラーは何かヒントが無いか、地図を見たり、ナターリアやビアンカに色々と質問をし、問題解決のために孤軍奮闘していた。
その傍ら、セレネはどの美少女を最初に選ぶか頭が沸騰するほど悩んでいた。
ボールにモンスターを入れるゲームで、最初の三匹のうち一匹を選ぶ場面の一億倍くらい悩んでいた。
絶賛異世界トリップ中のセレネに選択権など無いのだが、選択権が無いという考えがセレネの頭には無かった。
「とりあえず魔法陣が関連している事は間違いないと思います。我々が行使したまじないと一体どう結びついたのか……」
「……一つ、仮説はあるのですが」
「何でも構いません。ナターリア様の知恵を是非お借りしたい」
ナターリアの唇が動く直前、ドアをノックする音が室内に響く。
「どうぞお入りください。私が言うより、彼の口から説明して貰った方がいいかもしれません」
「彼?」
バトラーが問いかけると同時に、ドアの扉が開かれる。
「夜分遅く失礼するよ。どうも、特別な事件があったらしいですね。遅れて申し訳ありません」
「アルベルトお兄様!?」
入口に現れたのは、太陽の光を溶かしこんだような輝く金髪に、どこまでも広がる南洋の海を思わせる碧眼を持った青年――ヴァイツ帝国第一皇子にして、学院の生徒会長でもあるアルベルトであった。