第6話:ビアンカ、セレネ達を学院に招き入れる
「レオノーラ! 何をしてるの!」
「うぇっ!?」
突如、甲高い女性の声が響き、レオは素っ頓狂な声を上げた。
そちらに振り向くと、物々しい全身鎧に身を包んだ兵士を引き連れた金髪の少女が駆け寄ってくるのが見えた。
「ビアンカ、様」
声の主はヴァイツ帝国第一皇女でありながら、同時に学院の下級生組のリーダーであるビアンカであった。
全身から勝気そうなオーラと生命力が溢れ出るような溌剌とした少女であるが、今はその表情を心配そうに曇らせていた。
「急に魔法陣が展開されたから様子を見に来たのに、何であなたが居るのよ? 大丈夫!? どこか怪我してない!?」
ビアンカはカイの後ろにいたレオをひったくるように抱き締めると、体中をべたべたと触って確認する。
「おほーっ」
それを見ていたセレネは奇声を発した。何だかよく分からんが、美少女が戯れる光景はセレネに多幸感を与えてくれる。
そんな間抜けな主とは裏腹に、バトラーは少しだけ警戒レベルを高めた。ビアンカと呼ばれた少女の後ろには武装した兵士が控えている。
今のところ攻撃してくる様子は無いが、万が一を考える必要があった。
「怪我、ありません。不思議な人、出会いました」
「あなた達が今回の騒ぎの張本人ね。見た所、どこかの貴族のようにも見えるけど」
ビアンカはレオを抱きしめたまま、バトラーとセレネに目線を向ける。
「僭越ながら申し上げます。彼らは、どうも誤って召喚されてしまった被害者のようです。セレネ姫、それにバトラー様と伺いました」
カイは慌ててビアンカに説明をする。
ビアンカは思い立ったら反射的に行動してしまうタイプで、レオノーラに危害を加える人物であると思われてしまったら、後ろにいる学院の警備兵を突撃させかねない。
カイの説明が功を奏したのか、ビアンカは完全に納得はしていなさそうだが、とりあえず落ち着きは取り戻したようだった。
「召喚のミス? あまり聞いた事が無いけれど……」
「カイ、言う事、本当です。私、見ました」
「そう言われても……うーん、どうしようかしら」
ビアンカは皇女であると同時に、下級生組の代表でもある。
もちろん、王侯貴族の通う学舎であるため、ビアンカに付き従っている兵士のように大人も数多く在籍しているが、学院では過去のある出来事により、生徒の自治権を強化し、あまり大人が介入出来ないようになっている。
この場では、最高権力者はビアンカとなるが、彼女もこんな事態に遭遇したのは初めてなのだ。
どうしたものかと考え込んでいると、バトラーはビアンカの前に片膝を付き。頭を下げたまま言葉を紡ぐ。
「ビアンカ様と申しましたか。カイ殿とレオノーラ様よりご紹介頂きましたが、私はバトラーと申します。そして、こちらの麗しきお方は、アークイラ第二王女のセレネ姫でございます」
「姫? ってことは、やっぱりあなた達は貴族なのね?」
「いえす」
セレネは変な挨拶をした。ビアンカは怪訝な表情を浮かべるが、すぐにバトラーがフォローを入れる。
「姫は、優れた才覚により幼少期より異端児扱いされ、暗い部屋に長い間監禁されていたのです。それゆえに言葉が不自由でありますが、その叡智は我が大陸に轟き渡っております。証明する術はありませぬが、なにとぞ温情を」
セレネが言語以上におつむが不自由な事実はさておき、バトラーはさらに姿勢を低くした。
主のためであれば泥に塗れようとも構わない。そんな決意の籠った態度に、カイもビアンカも、貴族とはあまり縁のないレオですら感心した。
「監禁……その子もそうなの?」
だが、それ以上にビアンカに引っ掛かったのは、セレネが小さな頃から監禁されていたという言葉であった。それはまさに、自分の最高の友人であるレオノーラと酷似した境遇ではないか。
――少し逡巡した後、ビアンカは結論を出した。
「バトラー様、それにセレネ姫。あなた達を一度、学院に招き入れます」
その言葉に、カイもレオも表情をぱっと明るくした。バトラーも、心なしか安堵の表情を浮かべている。一人だけ話の流れに付いていけないセレネは、ぼさっと突っ立っていた。
「ビアンカ様、ありがとう、ございます」
「あ、招き入れるといっても、あくまで事情聴取のためだからね。こんな夜中に中庭で立ち話もなんだし、それに、ちょっと目立ち過ぎるから」
「確かに、その通りですね」
ビアンカが溜め息混じりにそう言うと、カイも苦笑した。
もうとっくに消灯時間は過ぎているのだが、いつの間にやら学院の外に大量の生徒達が集まっていて、遠巻きにレオとセレネ達の様子をうかがっているのが見えた。
突然、一瞬昼になったのではと思う程に輝く魔法陣が展開されただけでも大事なのに、窓から外を覗いたら、あの「無欲の聖女」レオノーラが、見知らぬ美しい少女と話しているのだから、そのまま無視して寝ろというほうが無理な話だ。
しかも、そこにビアンカまで出てきたのだから、学院はランチタイムの食堂よりもにぎわっている。
「完全にあなた達を信頼した訳じゃないから、兵士たちも同伴で応接室まで来てもらいます。セレネ姫、バトラー様、それで構いませんね?」
「ええ、我々の言葉を信じていただき、感謝いたします」
そう言って、バトラーはビアンカに対し恭しく頭を垂れた。それからビアンカは、カイとレオの方に向き直る。
「夜遅く悪いけど、あなた達も第一発見者として同席をして貰うわ。私は途中から来たから、細かい状況を知りたいの」
「わかり、ました」
レオは了承した。むしろ、ここで呼ばれなかったら自分から同伴する事を提案するつもりだった。
(異世界から来たお姫様なんて、どんな価値のある情報を持ってるかわかんねえからな。こりゃ、何としてもお近づきにならねえと……)
レオは密かに燃えていた。レオは貴族社会の作法なぞあまり知らないが、それでも、従者によって主の格が決まる事くらいは分かる。
自分が学院に入る時も、優秀なカイをあてがったお陰で大分助かっている部分もある。
このバトラーという男の振る舞いからするに、セレネがかなりの上位貴族なのだろうとレオは踏んだ。
ならば、こんなチャンスを棒に振る訳にはいかない。なんとしてもバトラーを攻略し、セレネ姫と親密になり、金を手にするのだ。
バトラーを攻略した時点でゲームクリアであり、セレネはミニゲーム程度である事に、レオは気付いていなかった。