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第3話:レオ、光る物を発見する

 ヴァイツゼッカー帝国学院。国内外の名門貴族の子女達が集まる名門中の名門。


 その王侯貴族の中で、ここ最近、一際話題になる人物がいた。人智を超越した精霊をそのまま具現化した天使のような美しき乙女。


 その名はレオノーラ・フォン・ハーケンベルグ。


 若干十二歳という少女でありながら、めきめきと頭角を現している才女である。

 帝国の盾にして剣である名門ハーケンベルグ侯爵家の令嬢ではあるが、その出自は極めて複雑だ。


 彼女の母クラウディアは十三年前の「フローラの禍」という事件に巻き込まれ貴族界から追放。その後、レオノーラを身籠り、彼女を産んだ後に死亡。


 一人残されたレオノーラは、平民として虐待を受けて育ってきたという凄惨(せいさん)な過去を持つ。


 そのような過酷な生い立ちでありながら、幼少期から英才教育を受けた貴族の女性たちを凌駕し、その清廉さと高潔さにより「無欲の聖女」と呼ばれる逸材。


 そのレオノーラはというと――。


(おっ! やっぱり宝石が落ちてやがった! こりゃ出来る限り早く回収しねえと)


 月光に照らされた深夜の中庭を物色していた。そう、彼女は無欲どころか金銭欲に身を焦がす乙女なのだ。というか、実は乙女ですらない。


 今のレオノーラの中身は、レオという孤児院の少年である。

 不慮の事故により本来のレオノーラと入れ替わったレオは、彼女の提案した報酬に釣られ、身代わりとして学院に通う事になったのだ。


 ついでに言うと、レオノーラの母親のクラウディアは事件に巻き込まれたのではなく恋愛結婚で駆け落ちし、今も旦那さんと下町で仲良くパン屋を開業中。絶賛存命中なので安心して欲しい。


「レオノーラ様、何もこのような夜に外を出歩かなくても。夜風で身体を冷やされたら大変でございます」

「気に、しないで」

「ですが……」


 全神経を研ぎ澄ませながらドロップアイテムを探すレオに対し、後ろから心配げに声を掛ける者がいた。中性的で整った顔立ちに、蜂蜜のような金の髪を持つ少年執事――カイ・グレイスラーである。


 彼は、代々執事を生業(なりわい)としている家系に生まれたサラブレッドだ。

 レオの執事として抜擢(ばってき)されたのは、男性に恐怖感を抱いている(と思われている)レオノーラの恐怖心を少しでも軽減するためだったが、能力面でも同年代の少年より遥かに抜きん出ている。


 事実、こっそりと部屋を抜け出して中庭に向かおうとしたレオの気配を敏感に察知し、こうして勤務時間外にも主人に仕える忠誠っぷりである。


 だが、そんな忠実なる(しもべ)も、レオからすればなんとも扱いに困る相手だった。


(建物の中は一通り探しまわったから、中庭でさらに収穫が見込めると思ったんだが、こいつと一緒だと堂々と拾う訳にもいかねえしなあ……)


 レオは表面上は平静を装いながら、子犬のように付き従うカイをなんとかして引っぺがしたいと思っていた。


「カイ、もどって、構いません。今日、とても大事な事、あります」

「大事な事とは? 私に出来ることであれば、いくらでもご協力致します。私はあなたの従者なのですから」


 カイの言葉がおべっかではなく、心の底から出ているという事はレオにも理解出来る。

 出来るが、その忠誠心が困るのだ。


 邪険に扱う訳にもいかないし、カイだって仕事なのだ。

 仕事というのはつまり金の元であり、それを奪うという行為をレオは絶対にしたくなかった。


 レオはバリバリの孤児院育ちの男の子なので、油断するとすぐにべらんめぇ口調になってしまう。そのままでは、やんごとなき人々の集う学院生活に支障が出ると思ったレオノーラが、彼の発言に制約を掛けたのだ。


 そのせいで、レオは単語をぶつ切りにしか話せない不自由な身体になってしまったが、逆に周りが勝手に評価をモリモリ上げていくという事態が発生しており、人生のままならなさを感じる。

 もっとも、その事をレオ自身はあまり理解していないのだが。


「月の光、とても綺麗。今日、光る物、現れます。私、それ、探しています」

「光る物……ですか?」


 そう、麗らかな日差しの下、中庭であらあらうふふと煌びやかな乙女達がティータイムなどをしていると、装飾品などを落としてしまうことが多いのだ。


 貴族からすれば服飾の宝石が一つ落ちた程度だが、平民のレオからしてみれば超激レアであり、カイがいなければ、トリュフ掘りのブタのように地面を這いつくばって探したいくらいである。


 けれど、カイがいる以上大っぴらに拾う事も出来ないので、レオはとりあえず場所だけ探し、日中隙を見て拾い直そうと位置を記憶していた。


 レオは金銭に異常なほどの執着を見せるが、それ以外は割と倫理的だし頭も回る。

 孤児院の教えで盗みはご法度とされているので、レオはどれだけ隙だらけの金持ちがいようと、財布を盗んだりはしない。


 その代わり、何らかの理由で地面に落ちてしまった宝石、その他換金出来るものがあれば、それは主を失った存在であり、やがて埋もれるか朽ちていくだけだ。


 レオが落ちている物を拾うのは、朽ち果て、忘れ去られてしまう価値の救済であり、宝石や硬貨を、正しき経済の流れに戻してやるという、極めてまっとうな理論であった。


 少なくとも、レオの中ではまっとうな理論という事になっている。


(レオノーラ様は聡明なお方。何か意図があるとは思うのだけれど……)


 そんなレオの思考に気付かないカイは、主の発言の意味を吟味していた。

 主は時折、遠回しな言い方をする。

 しかし、後になってそれが全て「あんな意味があったのか!」と分かる事が多かった。


 以前も、貴族の懇親会で、入口の冴えない兵士に最敬礼をした事があり、カイは度肝を抜かれたのだが、実はその兵士こそ、ヴァイツ帝国の第一皇子アルベルトだったという事があった。


 もちろん、ただの偶然である。


(ハーケンベルグの紫の瞳は真実を見通すと言うけれど、僕にはまだレオノーラ様の意思が汲みとれない。もっと精進しないと)


 主人の意図を汲み、前もって最適解を導き出すのも優れた従者の条件の一つ。まだその能力が未熟である事をカイは恥じた。


 レオノーラの中身は金にがめつい孤児院の少年なので、本人にすら意図しない結果が出る事も多々あるのだから、意図を汲めるはずがないのだが。


 ハーケンベルグ侯爵家の有能ぶりから、その紫の瞳は全てを見通すという畏敬の念を持たれていたが、いくら紫の瞳を持っていても、肝心の中身が違っては使いこなせない。

 

 レーシングカーも軽自動車のエンジンではスピードは出ないし、伝説の勇者の剣を持っていても、持ち主が商人では装備出来ない。


 古来より、「武器や防具は装備しないと意味が無いよ」という格言もある。


 結局、カイは主の意図がわからぬまま、夜の庭を散策する主に付き従う事にした。

 何故か急に押し黙ったカイを尻目に、レオは闇夜で獲物を狙うフクロウのように目を皿にする。


(カイの奴、俺の意図を汲んでくれたみたいだな。あんまり話しかけられると注意が散漫になっちまうからな)


 レオは(よこしま)な考えを表情には出さず、自分の忠告を聞いて宝探しに付き従ってくれるカイに感謝した。出来れば一緒に探して欲しいが、さすがにそれは無理だろう。


「レオノーラ様、あそこに何か光が!」

「なっ……!?」


 光り物、という単語に、レオは0.2秒で振り向いた。

 だが、カイが指差した方向は、レオの求めていた貴金属の輝きではなく、強烈な光を放つ魔法陣があった。


(うおっ!? な、何だありゃ!?)


 レオもカイも、月夜を昼間に変える程の眩い光に目を細める。何が起こっているのかレオにはさっぱり理解できない。


 光は徐々に収束し、輝きが落ち着いていく。数秒と経たないうちに、魔法陣の上には、二人の人間が立っていた。


 一人は、純白のドレスに身を包み、レオノーラよりもさらに白い肌をした、精霊のような真っ白な幼女。そして、もう一人は、白と黒の上品なスーツを着込んだ、すらりと背の高い男だ。


「まさか本当に転移が成功するとは……」

「あんた、だれ!?」

「私が一番驚いておりますが……あなた様の執事、バトラーでございます」

「えっ!? うそ!?」


 背の高い黒服の男は驚いたように、自分の姿を眺め、手を何度も握ったり開いたりしている。一方で、白い少女はその男を不思議そうに見上げていた。


(誰だこいつら。確か、この学院って貴族を召喚するシステムがあるんだよな)


 目の前に現れた不思議な男女を見て、レオは驚きはしたが、ひっくりかえる程でも無かった。自分もレオノーラの身体に入って体験したし、この学院では、魔力が一定以上ある場合、時期が来ると強制的に召喚されてしまうシステムがある。


(ん? 待てよ? って事は、この目の前の二人は魔力持ちって事だよな。しかも、こんな変な時期に呼ばれるって事は、もしかしてすっげーレアなんじゃね?)


 ひとしきり驚いた後にレオの脳裏に浮かぶのは金勘定である。

 学院の召喚システムに関してはそれほど詳しくないが、聞いた所では、召喚が遅いほど魔力が膨大で、魔力が膨大という事は、上流貴族である可能性が高いらしい。


 という事は、この目の前の二人組は相当な立場なんじゃないだろうか。それはつまり、お近づきになっておけば金の種になるのでは。


 そう考えた瞬間、レオは本能的に二人に歩み寄っていた。それはレオの本能に刻まれた習性であり、誘蛾灯に引き寄せられる虫のようなものだった。


 だが悲しい事に、レオは目の前の少女が誘蛾灯などという生易しいものではなく、美少女に並々ならぬ情熱を燃やす炎であり、飛んで火にいる夏の虫状態である事に気が付いていなかった。

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