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第2話:セレネ、レオと出会う

 書庫に入って三十分ほどで、バトラーは一冊の魔術書のような物を見つけた。表紙の部分はすり切れており、いかにも魔術書っぽい。セレネは上機嫌だ。


「よんで! よんで!」

『少々お待ちを。なにぶん古い書物なので、私も解読に時間が掛かりますので』

「いいのよ」


 地面に本を置き、バトラーはページをぱらぱらと捲っていく。相当古い時代に書かれた書物らしく、語学に堪能なバトラーでもすらすらとは読めない。

 セレネに至っては完全に絵本の読み聞かせを待つ子供状態になっている。


『ふうむ、どうやら、これは龍を(まつ)った魔術書のようですな』

「りゅう? どらごん?」

『はい。赤龍殿と同一種でしょうな。今でこそ龍は強大な生物という認識が一般的ではありますが、かつては神の化身、あるいは神そのものと扱われていたらしいです』

「なんだ」


 セレネは落胆した。読むだけで最強になれる書物を求めていたのに、大昔の人間が書いた龍の信仰書など価値がない。

 歴史書としては一級品なのだが、セレネにそういう感覚はまるで無かった。


『なになに……ほほう、これは龍の力を我が身に取り込む儀式が記されておりますな。龍を神と崇めることで、偉大なる龍の力をその身に取り込める、とあります』

「ふーん」


 自分から読んでくれと頼んだ癖に、セレネは正直もうどうでもよかった。

 大体、龍がパワー馬鹿だというのは前に誘拐された段階でセレネも知っている。セレネは自分を棚に上げ、龍の知性にいちゃもんをつけていた。


『儀式を行う形式や呪文も書いてありますな。魔法陣を展開し、力ある言葉を天に捧げよ。さすれば、龍の血がお前を遠き地へと(いざな)うだろう、とあります』

「いかい?」

『どうやら、これは瞬間移動の魔術のようですな。もっとも、あくまで古代のおまじない程度のものでしょうがな』

「しゅんかん、いかい……」


 セレネがバトラーの開いた本のページを覗き込むと、セレネには判読不能な文字と、複雑な模様の円陣の絵が描かれていた。


 どこかで見たような模様だなと記憶を掘り返すと、それがアークイラの封印の扉の模様に似ている事に気付いた。あれは確かに効果があったが……その時、セレネの脳裏に電流が走る。


「バトラー、できる?」

『この魔法陣と術式でございますか? 一応、やり方は解読できますが』

「じゃあ、やって!」

『はぁ……まあ、構いませぬが』


 別段、バトラーは古文書を信じたわけではない。ただ、主の頼みならば断る理由も無い。どうせ何も起こらないのが関の山である。


 そうしてバトラーは、古文書の通り、絨毯(じゅうたん)の上に尻尾で器用に魔法陣を描く。陣が完成すると、セレネはその真ん中に立った。


「これから、どうする?」

『後は、力ある言葉を唱えれば転移出来るとありますが。行先はどこに致しましょう?』


 バトラーは冗談めかして軽口を叩いた。これはいわば子供の遊びのようなものだ。セレネだってそれは分かっているだろう。偉大なる主にも年相応の遊び心がある事を、バトラーは微笑ましく思った。


 だが、セレネは超真剣だった。アークイラの魔力の紋章に効果があったなら、この古代の魔法陣にもワンチャンある。少なくとも、自分が手の平からファイアーボールを出すより可能性はありそうだった。


 もしもこの転移術とやらが本物なら、例えば、ミラノ王子を一人で辺境の地にふっ飛ばしたり、あるいはアルエを連れて二人で愛の逃避行(ワープ)だって出来るかもしれない。


 たぶん駄目だろうが、やらないで駄目と決めつけるよりやって駄目な方がいい。セレネは考える前に身体が動き、後で後悔するタイプだ。


「じゃあ、きれいなひと、いるとこ」


 それはそれとして、転移の試運転でも美少女のいる所をセレネは指名した。それこそがセレネであった。


『綺麗な人でございますか……ふぅむ』


 主のオーダーに対し、バトラーは少しだけ悩む。無論、オスであるバトラーからすれば綺麗はメスになるのだが。主は人間の女性である。


 となると、やはり素晴らしい男性――ミラノ王子に匹敵するような人物のいる場所に出られるように祈るべきだろう。考えを纏めると、バトラーは祈りの言葉を捧げる。


『偉大なる龍の血よ。我らが身と忠誠を捧げる代償に、我らが願いを聞き届けたまえ。清らかな魂を持つ丈夫(ますらお)の元へ、我らを、その大いなる翼にて運びたまえ!』


 ――その瞬間、光が爆発した。


『なっ!? ま、まさか本当に!?』

「えっ? まじ!?」


 膨大な光の奔流(ほんりゅう)が魔法陣から巻き起こり、セレネとバトラーは光の蛇に巻きつかれるように包み込まれる。


 光は一瞬で収まったが、書庫には二人の姿は無かった。ただ、地面に記された魔法陣と、開かれた本だけが、ここにセレネとバトラーがいた事を示していた。


 こうして、セレネは異世界転生と異世界トリップという、なかなか体験出来ない事を二重にやる羽目になった。



 光が収まり、セレネが目を開けると、目の前には見た事も無い景色が広がっていた。

 先ほどまで薄暗い書庫にいたはずなのに、気が付けば屋外に放り出されている。


 何より、さっきまで真昼だったはずなのに、辺りは満月が輝く夜になっていて、少し離れた場所には大きな学校のような建物が見えた。だが、ヘリファルテ国立大学の物とは造りが違う。


「まさか本当に転移が成功するとは……」

「あんた、だれ!?」


 セレネは景色ばかりに気を取られていたが、隣を振り向いて飛び上るほど驚いた。

 漆黒のスーツに上品な白シャツ、それに深紅のネクタイを締めた、見知らぬ長身の男性が立っていたからだ。


「私が一番驚いておりますが……あなた様の執事、バトラーでございます」

「えっ!? うそ!?」


 なんでネズミがイケメンになるんだ。擬人化かよと驚いたが、よく通るバリトンの声は、確かに聞き慣れたバトラーの物であった。


 セレネは基本的に男嫌いだが、動物のオスに関しては、人間の美少女の競合相手にならないので優しい。人間の男性の場合、クマハチくらいのレベルでないとあまり仲良く出来ない。


「転移の影響でございましょうか……いやはや、不思議な事もあるものですな」

「Oh……」


 バトラーは変化した己の肉体を馴染ませるように、手の平を握ったり、軽く身体をひねったりしている。セレネはというと、状況がまるで分からずに、イケメン執事と化したバトラーを興味深げに眺めていた。


「こんばんは、いい、夜ですね」


 その時、不意にセレネとバトラーに声が掛けられた。バトラーはすぐに警戒態勢を取るが、声の主はまだ年若い、夜の闇を溶かしこんだような黒髪を持つ可憐な乙女であった。

 そのすぐ脇には、主を守るように位置取る、顔立ちの整った少年もいる。


 彼女らこそ、「無欲の聖女」レオノーラ・フォン・ハーケンベルクと、その従者カイである。

 こうして、異界の淑女たちは邂逅(かいこう)したが、彼女たちの中身は、両方とも男性であった。

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