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第15話:セレネ、異世界から帰還する

 セレネ達がヴァイツ帝国学院に転移して一週間も経つと、学院の中庭の魔法陣は青白い輝きを放つようになった。陣の魔力が回復しつつあるのだ。そして、それはもう間もなく満たされる。


 陣が輝きだした日の夜、セレネ達は、アルベルトをはじめとする、以前七名が集まった応接室に待機していた。


「本来ならもっと盛大な見送りをしたいのですが、なにぶんあまり騒ぎを起こしたくないもので」


 申し訳なさそうにそう呟いたのはアルベルトだ。


「とんでもない! アルベルト皇子殿下の立場なら、我々をその場で処分する事だって出来たでしょう。だというのに、住居まで用意していただき、こうしてやんごとなき方々に見送られるとは、恐縮でございます」


 アルベルトの謝罪に対し、バトラーは深々と頭を垂れ、感謝の意を示した。


「どうも、ありがと」


 一応、セレネもセレネなりに感謝した。セレネは基本的にイケメンが嫌いだが、好意的に接してくる人間に対して無駄に敵意を向ける事は無い。一応、異世界で美少女を貰った恩もある。


 アルベルトが生徒達に流した情報は、セレネが遠方の貴族であり、後ほど丁重に送り返すというものだ。魔法陣の前で大々的に別れの挨拶をして消えてしまうと、嘘だとばれてしまう。


 陣の魔力が満たされれば、セレネ達はどこにいようが強制的にこの世界から弾き出される。


 なので、今夜はこの部屋でセレネ達の帰還を主要メンバーのみで見送り、明日の早朝にダミーの馬車を出し、セレネを送り返したという手順を取る事になった。


「本当ならセレネ姫とも色々な話をしたかったのですが、なにぶん僕達の立場上、あまりあなた方に肩入れするわけにもいきませんので」


 アルベルト、ビアンカ、そしてナターリアは学院でも最上級のポジションである。「まだ社交界デビューしていない遠方の貴族」という設定のセレネと必要以上に触れあう訳にいかなかったのだ。


 万が一、「アルベルトのお気に入り」と認識された場合、存在しないセレネの経歴を探られ、そこからあらぬ疑惑が持たれるかもしれないからだ。例えば、「ナターリアが将来のライバル候補となりそうなセレネを暗殺したので見つからない」などという噂が流れたら目も当てられない。


「本当、残念だわ。私だってセレネ姫とレオノーラとでお茶会したかったのに、結局一回も出来なかったもん」

「かなしぃ」


 ビアンカもセレネとのお茶会を楽しみにしていたのだが、レオが利権を一人占めするためにシャットアウトしていたので、結局その機会は一度も無かった。セレネも嘆いたが、後の祭りである。


「仕方、ありません」

「レオノーラの言うとおりよ。ビアンカ様、私達は他の生徒達の模範となる立場なのですから、学院を私物化する事は上位貴族として慎まなければ」

「そうだけど……一回くらいこっそりやってもよかったのにぃ」


 アルベルトとナターリアは、レオが自分達と同じように、学院全体の事を考えて行動していると思っているようで、未だに不満げなビアンカを(たしな)めた。


 繰り返すが、レオはセレネの異世界の知識を一人占めしたかっただけである。


(といっても、結局金になりそうなドレスの技術は素人じゃ盗めねえし、あの『らーめん』とかいうレシピに期待するしかねえな)


 レオはセレネを一週間面倒見ていたが、結局、あまり有益な情報を仕入れる事は出来なかった。とはいえ、内職の臨時バイトとしてはまあまあ役立ってくれたし、異世界のお姫様と話す機会などなかなか無いと考えれば、トータルで損はしていないので、妥協する事にした。


「それにしても、バトラー様には本当に感服しました。学院の皆様も、あのような従者を付けたいと皆、羨望(せんぼう)眼差(まなざ)しを向けていましたよ」


 後ろに控えていたカイが、少し興奮した様子でバトラーに話しかける。


 この一週間、セレネが引きこもってレオにセクハラをしたり、内職したり、ガンダムの話をしている間、バトラーはカイの補助に入っていたのだ。


 バトラーの手際はどれも見事な物で、この一週間、カイはほとんどやる事が無かったほどだ。

『無欲の聖女』の従者であるカイが、まるでヒーローでも見るかのような視線をりりしい男性に向けている姿は、学院の生徒たちにはとても印象深かったようだ。


「はっはっは、それは光栄でございます。しかし、銀食器の取り扱いに関していえば、カイ殿の右に出る者はいないでしょう。異文化に触れる事ができ、大変勉強になりました」

「もしもバトラー様がずっとここにいて下さるなら、迎え入れたいという方々も星の数ほどいるでしょうね」

「それは過大評価というものですが、仮にそんな事があったとしても、私が生涯仕える方は『月光姫』セレネ様のみにございますので」


 バトラーは何の気負いも無く、平然とそう言ってのけた。


(これだけの従者を心酔させるセレネ姫か……どんな人物だったのか詳しく知りたかったな)


 カイとバトラーの会話を聞いていたアルベルトは、椅子に腰かけながらそんな事を考えていた。


 隙を見つけては、アルベルトはレオノーラにセレネとの生活を聞いたのだが、「秘密です」としか答えてもらえなかったのだ。


(もしかしたら、異界の神秘などの話をしたのかもしれないな。ただ、レオノーラは賢い子だ。話すべき時が来たら、いつか、打ち明けてくれるだろう)


 レオノーラが男性恐怖症だと思い込んでいるアルベルトは、無理に聞き出すような真似はしたくなかった。生徒会長という立場でなければ、直接セレネと会話もしたかったのだが、その機会が訪れなかった事が悔やまれる。


 アルベルトは残念がっていたが、セレネにとってはラッキーだった。アルベルト相手に会話をしたら、間違いなくボロが出ていただろう。


 一方、そのセレネはと言うと、


「おわかれ、ハグ!」

「セレネ姫ともお話したかったし、私も、お別れするのが寂しいわ」


 ビアンカに抱きついていた。


 この一週間レオノーラに標的を絞っていたが、ここにきて欲望が噴出したらしい。だが、運命のゴングは、セレネの邪心を見抜いたかのように鳴り始める。


 セレネがビアンカに抱きついた直後、周囲を昼間と思わせる程の光の爆発が起こった。中庭の魔法陣に魔力が満ちたのだ。そして、バトラーとセレネの身体は、蛍の光のような淡い光に包まれていく。


「どうやら魔法陣に力が戻ったようですね。セレネ姫、バトラー様、私達が共に過ごす時間はこれまでのようです。今の所は異常もなさそうですし、恐らく何の問題もなく元の世界に帰れるでしょう」


 ナターリアがそう言うと、セレネは、


「また、くるから!」


 と言ったので、周りの全員が微笑んだ。奇跡のような出会いであり、もう一度来ることなど叶わないだろう。だというのに、この八歳の少女は涙ではなく、笑顔で別れたいのだろう。


 皆、セレネの微笑ましい心遣いに頬を緩める。


 だが、セレネは本気(マジ)だった。異世界転生を一度体験したセレネは、二回、三回やるのも大して変わりない。今度やって来る時は、ビアンカとナターリアも堪能しよう。そう決めていた。


「セレネ様、これ!」

「サシェ?」

「セレネ様、これ、差し上げます。私、わすれないで!」

「あったりめえよ」


 光に包まれ輪郭がぼやけて始めているセレネにレオは駆け寄り、持っていたサシェを一つ手渡した。異界の少女たちの友情の光景に、皆が笑顔だ。


(どうせもう来られないだろうけど、とりあえず名刺代わりに渡しとかねえと!)


 幻想的な雰囲気にすっかり飲まれていたレオだったが、ナターリアの言葉で我に帰った。

 セレネが帰る前に少しでも自分の印象を残しておけば、万が一、次にやって来た時にまた儲け話をしてくれる可能性がある。


 手持ちにサシェしか無かったので、レオはセレネの手にサシェをねじ込んだのだ。

 

 セレネとバトラーを包み込む光はどんどん強くなっていく。

 あと少しで、この奇跡のような時間も幕を下ろすのだ。

 だが、セレネには最後にやり残したことが一つだけあった。


「ナターリア、さま」

「何かしら?」

「ぼいん、たーっち!」

「きゃっ!?」


 セレネは半分消えかけている腕を、思いっきりナターリアのおっぱいに伸ばした。

 消える前に、この中で一番豊満な肉体を持つナターリアに、セレネは絶対に触れねばならなかった。


 その直後、セレネとバトラーは完全に光に飲まれ、満面の笑みを浮かべながら、セレネは光の粒子になって大気に飲まれていく。


 バトラーは消える直前、恭しく学院の皆に一礼し、輝く砂のように美しく消え去った。


 一方、セレネはボインタッチという言葉を残し消滅した。この差は一体。


 麗しき姫と凛々しい執事が光に包まれ消える様は一見すると美しいが、セレネに関して言えば、邪悪な怪物が浄化の光を浴び、(ちり)と化すのによく似ていた。

次回、最終回となります。

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