第14話:セレネ、異世界料理レシピをレオに託す
「らーめん?」
「うまいよ」
セレネは考え込んだ後、彼女の一番好きな食べ物の名を口にした。だがそれは、相変わらず世界を一段飛ばした食べ物であった。
(らーめん? 聞いた事ねえ食べ物だな。こりゃ、当たりを引いたかもしれねえ)
レオは表情はそのままで、ついに金になりそうな情報を引き出した事に歓喜した。
セレネは異世界について「がんだむ」なる軍事兵器の話以外ほとんど話してくれないので苦労していたのだ。
セレネは口が堅いのではなく、空気が読めないので、ひたすら趣味の話しかしていないだけである。
だが、仮にレオが「異世界の金儲けになりそうな話をしてくれ」とダイレクトアタックをしたとしても、ろくな情報は引き出せなかっただろう。セレネにそういった知識を求めるだけ無駄である。知らない物は話しようがない。
「らーめん、私、気になります! 教えて、下さい!」
「いいよ」
(やったぜ!)
セレネがあっさりとオーケーしてくれた事に、レオは天にも昇る気持ちだった。精霊様ありがとう。異世界で大流行している秘伝レシピを手に入れられれば、今後の人生のゴールデンロードを開くのに大いに貢献してくれるだろう。
「らーめん、スープ、だいじ」
「らーめんはスープ、ですか?」
「うん」
「カレーは飲み物」みたいなノリで話しているが、ラーメンはラーメンという料理であり、スープではない。「ラーメンにはスープが大事」という説明を、セレネは超アバウトに解説していた。
(スープか……こりゃ希望が湧いてきたな。高級食材が必須だったらちょっと難しいからな)
セレネのいい加減な説明を聞き、レオの期待のボルテージが勝手に高まっていく。孤児院育ちのレオとしては、身体が温まり、病人や弱った身体にも吸収がいいスープの配給は馴染み深いもの。つまり、平民にも出しやすい形式の料理である。
いくら異世界で流行していても、外見上グロいとそれだけで敬遠されてしまうと危惧していたが、その心配が無さそうなのもポイントだ。
「作り方、教えて、ください!」
「う、うん……」
レオノーラが身を乗り出すようにセレネに迫ったので、セレネはちょっと驚いた。物静かなレオノーラが鬼気迫る勢いでセレネに迫るのは、これが初めてだった。
だが、美少女に迫られる状況はむしろバッチコイなので、セレネはすぐに気を取り直し、人差し指を立て、ラーメンがいかに素晴らしいか、素人の知識で語り出す。
「まず、ブタのほね、にる」
「ブタの骨、食べるんですか?」
「トリでも、いい」
「うーん……」
異世界の料理はパンチが利いてるな、とレオは思った。その表情を察したのか、セレネは補足を付け加える。
「ブタ、トリ、ほねで、ダシ、とるだけ」
「ああ、ダシを取るだけ、安心しました」
さすがに骨オンリーというのはどうなのよ、と思っていたが、どうやら豚や鳥の骨は、あくまでダシを取るだけで、後で処分するらしい。レオはほっと胸を撫で下ろす。
「それから、どうする、ですか?」
「タレ、まぜて、スープつくる」
「た、タレ?」
また新しい用語が出てきたので、レオは再び身構える。
そもそも、骨から旨味を取るだけなら一般的な調理法だ。その『タレ』なる物が手に入らないと意味が無い。ここが肝だ。
「タレ、とは?」
「タレ……タレは、くろい、ソース」
「ソースで、いいですか?」
「うん」
うんじゃないが。そもそも、セレネは食う側であって作る側でないので、「タレとは何か?」と聞かれ言葉に詰まったのだ。セレネが自分で作るラーメンは、全部インスタントの粉末スープか、お湯に溶かすタイプの生ラーメンだ。なので、セレネは曖昧に答えた。
(黒いソースか……それなら俺でも何とかなりそうだけど、豚や鳥の骨で煮込んだお湯に、ソースを溶かしたスープなんて、本当に美味いのか?)
言うまでもないが美味いわけがない。
そもそも、スープの下ごしらえだって豚骨や鳥ガラだけで作る訳ではない。さまざまな食材を煮込み、浮いてくるアクを取るなど様々な作業がある。
現代日本に当たり前のように並んでいる料理は、飲食店の並々ならぬ努力によって作られている。
普段、出来あいの素材を丸ごとサンドイッチにしたり、肉を丸ごと焼いてソースをドバドバ掛けるという雑な料理しかしないセレネは、その辺を全部すっ飛ばしていた。
「あ、ごめん、あと、めんか」
「綿花!?」
セレネはラーメンのスープにこだわるあまり、「麺」について語るのを忘れていた。麺のないラーメンはラーメンではない。なので慌てて「あと、麺か」と付け加えた。
だが、レオはセレネの発言に度肝を抜かれた。「麺か」を「綿花」と聞き違えたのである。
「ほ、本当に、綿、入れるのです?」
「うん。めん、だいじ。めん、ないと、ラーメン、ちがう」
(ま、マジかよ……)
そりゃあ、麺が無いラーメンはもはやラーメンではない。それはもはや、太陽神ではないラーである。
だが、レオはその奇天烈レシピに驚愕していた。
豚や鳥の骨を煮込んでダシを取る。これ自体はありふれた手法だ。
しかし、そこにソースを溶かしこむとなると話は別だ。斬新ではあるが、斬新な物が素晴らしいとは限らない。
さらに、そこに綿花をぶち込むというトンデモ調理法だ。レオの疑問ゲージがモリモリ上がっていくが、セレネにふざけている様子は一切ない。
「あの、セレネ様、そのレシピ、本当、ですか?」
「ほんとう、だよ」
「綿、入れる、間違い、ないですよね?」
「めん、ぜったい、ひつよう。まちがいない!」
断固として合っていると言い張るセレネを見る限り、嘘は言っていなのだろう。
しかし、しかし……食べ物としてあまりにも前衛的すぎるのではないだろうか。
(待て、ここは冷静に考えるんだ。常識に囚われちゃ駄目だ。キノコとか貝とかだって、見た目はかなり気持ち悪いじゃねえか。でも、今じゃ平気でみんな食べてる。最初にそのグロい連中を『食える』って試した奴がいるはずだ。ソースを溶かしたお湯に綿花を入れるなんて誰もやった事がないはず。だからこそ、試す価値があるんじゃねえか?)
レオは冷静に錯乱していた。
常識的に考えれば、そんなもんまともな食べ物になるはずが無いと誰でも分かる。ここに第三者がいれば、「いやいや、それは無いって」と止めてくれただろう。
だが、不幸にもこの部屋には、非常識に囚われたレオと、間抜けなセレネしかいなかった。
異世界から現れたという常識外の存在であり、現地で月光姫と呼ばれるセレネが、「大流行している」とあまりに強く言い張るので、悲しいかな、レオは自分の常識の方を疑ってしまったのだ。
仮に世界中の人間が狂い、一人だけまともな人間がいたら、そちらのほうが狂人のように思われる。レオはセレネのインチキレシピの罠に嵌っていた。
「分かり、ました。らーめん、今度、作ります。セレネ様、ありがとう」
「いいってことよ」
ちょっと……いや、かなり胡散臭いが、誰も試した事が無いであろう異世界の調理レシピを仕入れらた事に、レオはとりあえず満足した。
(もしかしたら、豚とか鳥とソースが溶けあって、綿花がすごい美味くなったりする可能性もゼロじゃねえからな……もしこの調理法が成功したら、独立して店でも開くか)
とはいえ、レオノーラの姿で学院にいる間に試すのは難しいだろう。
楽しみは後で取っておく事にして、レオはとりあえず異世界の珍レシピを頭の中にしまっておく事にした。
なお、セレネ直伝のクソ調理法は、当然の如く散々たる結果に終わるのだが、それが判明するのは遥か先の話である。




