第13話:セレネ、異世界の知識をレオに語る
セレネとバトラーがヴァイツ帝国学院に来てから早三日。その間、学院はレオノーラとセレネの噂で持ち切りだった。『無欲の聖女』と名高いレオノーラだが、今年入学したばかりで、学院では最年少である。
今まではビアンカやナターリアがレオノーラの先輩のようなポジションだったが、今は、彼女に負けず劣らず美しい、八歳の少女セレネがいるのだ。
アルベルトが流した『遠方の貴族』という情報は生徒達にうまく伝わったようで、黒き侯爵令嬢と、白き遠国の姫の二人組は、遠目から見て非常に絵になっていた。
特に、レオノーラは今まで庇護される立場だったのに、そのレオノーラに子犬のように付いて回るセレネの姿は、学院の皆に微笑ましく迎え入れられたようだった。
セレネは体質上、直射日光に弱く、日中は部屋に引きこもっている事が多かったが、夕刻を過ぎると仲睦まじく歩くレオノーラとセレネの姿は皆が目撃していた。
「レオノーラ、今日は私のお茶会に来るわよね?」
日中の授業が終わると、ビアンカはレオノーラをお茶会に誘った。
セレネが来た初日こそ我慢したものの、元々あまり我慢強くないビアンカは、二日目にしてレオノーラをお茶会に誘ったのだが、昨日は断られてしまった。
「申し訳、ありません。セレネ様、待ってます」
「セレネ姫も連れてきていいから。三人一緒なら絶対楽しいわよ」
レオは今日もビアンカの誘いを断るが、ビアンカはなおも食い下がる。
「駄目です。セレネ姫、たくさんの人、怖がります。彼女、保護するの、私です」
それでも、レオはビアンカの誘いを拒否した。ビアンカは「むぅ」と不満げに声を漏らしたが、それ以上は誘ってこなかった。レオは丁重に頭を下げ、教室を後にした。
「レオノーラ! 私のお茶会に来たかったら、いつでも声を掛けてね!」
「ありがとうございます。ビアンカ様、優しいです」
レオノーラがそう言うと、ビアンカの溜飲は多少下がったようだった。
(今、セレネ姫を取られる訳にいかねぇんだ。ビアンカ様は後でフォロー入れられるけど、あの子は一週間しかいないからな)
レオは、「セレネはまだ子供なので、大勢の見知らぬ貴族の前では緊張する」と言い訳し、セレネを一人占めする計画を立てていた。異世界の儲け話は出来る限り独占したい。
レオは授業が終わると、すぐに自室に向かう。セレネは日中は相変わらず寝ていたが、夕刻になると大体レオノーラの部屋に来ているのだ。
レオが自室のドアを開けると、案の定、既にセレネが待機していた。
恐らくカイとバトラーが用意してくれていたであろう、熱い紅茶をふーふー冷ましながらベッドに腰掛けて飲んでいた。
「レオノーラさま、おかえり!」
「セレネ様、お待たせしました」
「おっぱい!」
「ひゃっ!?」
レオノーラがセレネに近付くと、セレネは速攻でレオノーラの胸に飛び付いた。
「あんまり、ない……」
「すみません」
「それもまた、よし」
何が「それもまたよし」だ。
本当は、ビアンカやナターリアの胸の方が柔らかそうだが、下手に欲張ってしまうと、誰のおっぱいにもありつけない危険性がある。セレネはレオノーラルートに一点集中する事にしたらしかった。
色々な女性に手を出して、誰の好感度が足りずに「アルベルトorカイ友情エンド」とかに入ってしまったら取り返しがつかない。セレネは、美少女ゲームの攻略ルートのような戦術を立てていた。
(やっぱ、母親が恋しかったりするのかね)
胸に顔を埋めているセレネを、レオは振り払うどころか、頭を抱きかかえるような形で受け止めている。監禁されて母親から引きはがされていたというし、人のぬくもりを求めているのかもしれない。
その証拠に、ここ数日会話した所、セレネの過酷な状況を思わせる発言があった事に、レオは気掛かりだった。
「セレネ様、異界の、お話、聞かせてください」
「うん。なにガンダム、いい?」
(出た。また『がんだむ』だ)
そう、セレネから異世界の知識を聞き出し、何か金儲けになりそうな情報をと画策していたのだが、セレネの口から出てくるのは、多くが『がんだむ』なる存在ばかりだった。
(よくわかんねぇけど。どうも戦争の兵器っぽいんだよな……)
セレネのたどたどしい説明から察するに、『がんだむ』なるものは巨大な兵器であり、人が乗って戦うためのものらしい。色々な型があり、大将が乗る奴は赤色で通常の三倍のスペックがあるらしい。
(戦争とかよく分かんねえけど、こういうのって軍事機密なんじゃねぇのかな。こんな小さい子が延々それしか語らないって事は、そういうことばっかりな世界って事だよな……)
レオは孤児であるが、現状、ヴァイツゼッカー帝国を始めとする大陸は比較的穏やかな時代である。
少なくとも、諸国の貴族が集まって勉強する環境を整えられる程度には、各国の関係は良い。
「セレネ様、がんだむ、戦争の道具、ですよね?」
「そうだよ」
セレネは『戦争の道具』という単語を出しても、平然と肯定する。それはつまり、『がんだむ』なる物を使い、戦争をするのが至極日常的な行為だからではないのか。
(確かこの子、国の重要人物なんだよな。いくら頭がいいからって、こんな子供を戦争漬けにするなんて、よっぽど荒れた国なんだろうな……)
レオは心底同情したが、心配ご無用である。
セレネが住んでいるヘリファルテ王国のある大陸は、ヴァイツゼッカー帝国同様、大国ヘリファルテが覇権を握っており、戦争ではなく諸国と同盟を結ぶ方向にシフトした穏健派であるため、とても穏やかな時代を送っている。
「異世界の話をして欲しい」というレオの要望に対し、セレネはアークイラやヘリファルテではなく、もう一つすっ飛ばし、日本時代の趣味を延々語っていただけだった。
(『がんだむ』って奴、聞いてる感じじゃ、とてもじゃねえが俺一人でどうこう出来るもんでもねえな。第一、そんな事したくねえし)
レオは戦争兵器にそれほど詳しくないが、その『がんだむ』とやらを再現できれば、武器商人として大成功できるかもしれない。だが、十八メートルの鉄で出来た動く人形など、とてもじゃないが再現不可能だ。
奇跡的にその手法が可能だとしても、人を不幸にする戦争の道具で儲けるのは、がめついレオでも絶対にお断りだ。
(つってもなあ、ドレスの方も、素人の俺が作り方を真似出来る訳じゃねえし……)
最初は、セレネのドレスの生地や製造法を何とか盗み取ろうとしていたのだが、近くで見る純白のドレスは極めて精巧に作られており、素人が見よう見まねでどうこう出来る代物ではないと、レオは白旗を上げた。
(こりゃ別の方向からアプローチを仕掛けるほうがいいな。何がいいかな……お! そうだ!)
その時、レオに天啓が舞い降りた。
相変わらずレオノーラの薄い胸に顔を埋めているセレネを引っぺがし、レオは優しい笑みを浮かべ、セレネを真っ直ぐに見つめる。
「セレネ様、異世界のお話、聞きたいです」
「じゃあ、ゼータガンダ……」
「ガンダム、以外で」
またガンダムについて語り出そうとしたセレネを、レオは先手を打って封じる。
セレネはガンダムについて語りたいようだったが、しぶしぶ矛を収める。
「もっと、平和な話、お願いします」
「へいわ? どんな?」
「一番、好きな食べ物、なんですか?」
(作れもしない異常な戦争の兵器の事なんか喋らせたくもねえし、ドレスも駄目だ。だったら、食い物なんかいいんじゃねえか?)
レオが咄嗟に思いついたのは、異世界の食文化だった。
今まで食べた事のない異世界のレシピや料理なら、こちらの世界の素材でも再現できる可能性は高い。秘伝のレシピを持っておくのは、金儲けにかなり有効なのではと考えたのだ。
「たべもの……ら、ラーメン」
「らーめん?」
「うまいよ」
セレネは考え込んだ後、彼女の一番好きな食べ物の名を口にした。だがそれは、相変わらず世界観を一段飛ばした食べ物であった。