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第12話:執事二人、主について語り合う

 セレネとレオが許されざる錬金術を行っているのと同時刻、用意された別室の窓際でバトラーは物憂げな表情で月を見上げていた。


「姫はさぞや不安であろう。人の身になったお陰で交渉は上手くいったが、付き添えないのは何とも苦しいものだ……」


 バトラーは、彼にしては珍しく弱弱しい口調で囁いた。


 異世界という見知らぬ場所に来たからではない。異界に飛ばされたセレネが、さぞや心細いだろうという思いから出た言葉だった。


 バトラーは自分自身より、セレネの事を案じていた。

 自分の敬愛する主であり、命の恩人であるセレネのためなら、バトラーは命すら投げ出す覚悟は出来ている。それゆえに、傍に寄り添ってやれないのがもどかしい。


「姫は、私の前では平然と振る舞っておられたが、愛しいミラノ王子やアルエ姫様達と離れた今、どれほど心を痛めているか……」


 バトラーはそう言うが、諸悪の根源は、セレネがミラノをどこかに吹っ飛ばそうと画策した事である。

 アルエと離れるのはつらいが、ミラノはむしろ離れたい相手だ。

 そして、一週間くらいで帰れると分かった以上、セレネは現地妻を作ろうと心血を注いでいる真っ最中だ。


 つまり、心を痛めているのはバトラーだけだった。


「失礼します。バトラー様」


 バトラーが無駄な心労を背負いこんでいると、不意に扉がノックされる音が響く。

 そちらを振り向くと、そこには蜂蜜色の髪をした少年――レオノーラの従者カイが立っていた。


「これはカイ殿。異邦人である我々に対し、このような上質な部屋を用意していただき、感謝の極みにございます。姫に代わって礼を述べさせていただきます」

「いえ、お部屋を用意されたのはアルベルト皇子殿下やナターリア様、それにビアンカ皇女殿下のお力ですので」


 そう言って、カイは笑いかけた。

 中庭での警戒心はもはや完全に消え去っていた。


 一応、バトラーが滞在している部屋の向かい側に、警備兵達の詰め所も用意された。何か騒ぎがあれば、すぐに兵士達がバトラーを拘束できるような体制になっている。

 だが、バトラーの物腰が極めて穏やかなので、兵士達も割とのんびりと過ごしている。


「カイ殿、こんな夜更けに何か御用ですかな?」

「用という程でも無いのですが、セレネ姫と、レオノーラ様について報告に参りました」

「おお、それはありがたい!」


 どうやらカイは、離れに配置されたバトラーのために、わざわざセレネの様子を報告しに来てくれたらしい。


(まだ若いのに気の利く少年だ。将来、有望な執事となるであろうな)


 バトラーはカイに心から感謝し、彼の言葉を待った。


「先ほど、レオノーラ様の部屋にセレネ姫が向かわれるのを目撃しました」

「姫が? レオノーラ様に一体何のご用だったのでしょう?」

「そこまでは分かりかねます。ただ、ドアの向こうから、何やら『すごい』とか、笑い声が聞こえてきましたから、親睦を深めに行ったのではないでしょうか。和やかな雰囲気である事は間違いないと思います。確認しようにも、夜更けに淑女の部屋を開けるわけにはいきませんからね」


 立ち聞きのようで申し訳無い事をした、とカイは付け加えた。


「なるほど。正直な所、姫がどうしているかとても気掛かりだったのです。セレネ姫は聡明でありますがまだ幼子。従者の私と離れ、さぞや心細いと思っていたのですが、レオノーラ様のお心遣いになんと感謝してよいやら」

「私の主、レオノーラ様は生い立ちは不遇ですが、その慈悲深さと清廉さから、『無欲の聖女』と呼ばれるお方でございます。お嬢様方に使うのも変ですが、英雄は英雄を知る、という所でしょうか」

「無欲の聖女……でございますか。それは大層な二つ名だ。不遇な生い立ちというと、先ほどビアンカ様が反応していた件でございますかな?」

「……気付いていらしたのですね」


 カイが真顔でそう言うと、バトラーは黙って頷いた。


「私が、『姫が幼少期より監禁されている』と紹介した時、ビアンカ様は『その子もそうなの』と呟いておりました。もしかしたら、レオノーラ様もそうした出自なのでは?」


 ほんのわずかなサインを見落とさなかったバトラーに、カイは驚いた。

 カイは、その優れた観察眼を持つバトラーに、ある確認するためにこの場へやってきたのだ。


「……その通りです。実は、夜分遅くバトラー様の所に参じたのは、セレネ姫の状況報告だけではありません。あなた方の事を詳しく知りたかったのです」

「私で話せる事なら何でもお答えしましょう」


 バトラーが了承すると、カイはまず自分の主であるレオノーラについて語り出した。


 レオノーラの母であるクラウディアが悲劇に巻き込まれ、平民扱いされたレオノーラが、何者かによって虐待されながら育ち、つい最近になって発見された事。なお、これは全部周りが勝手に噂して、それに尾ひれ背びれが付いた話なのだが。


 一通り話を聞き終わると、バトラーは苦虫を噛み潰したような表情になった。


「どこの世界にも傲岸不遜(ごうがんふそん)な輩はいるものだ。レオノーラ様ほどの逸材が手遅れになる前に発見されたのは、不幸中の幸いと言えるでしょう。では、私の主、セレネ姫についても語らなければなりませんな」


 そうして今度はバトラーがセレネについて語り出す。


 幼少期から母親にすら気味悪がられ、倉庫のような掃き溜めに監禁されていた事。

 大国の王子に発見され、今は幸せに暮らしているという事。そして、バトラー自身も幼いセレネに救われ、忠誠を誓った事も。


「そうだったのですか。セレネ姫も、そんな過酷な日々を過ごしていたのですね。それに、バトラー様も随分と苦労を……」

「私は他の者と少し毛色が違っておりましてな、そのせいで幼いころは仲間外れにされたものです」

「それは……」


 カイはバトラーの言葉を真摯(しんし)に受け取った。優れすぎた異能者は、周りから畏敬より嫉妬の念を持たれる事がある。レオノーラも、それが原因で最初はビアンカに難癖をつけられた事がある。


 ちなみにここでバトラーが言っているのは、物理的に他のネズミと毛色が違ったという事なのだが、目の前の紳士がまさかネズミだとはさすがのカイにも想像出来ない。


「あの、バトラー様、僕はこのままでいいのでしょうか?」

「このままで、とは?」


 カイは、目の前の完璧な執事であるバトラーに疑問を投げかけた。実はこの問いこそ、今日、カイがバトラーを尋ねた最大の理由だった。


「私は、レオノーラ様の従者として、あまりに未熟だと思うのです。もちろん、自分なりに努力はしてきました。私の家は代々従者の家系で、それなりに名も通っています。自分はそこに胡坐(あぐら)をかいているのではと、ときどき不安になるんです。僕は、あなたのような執事になりたいのです」


 それは、カイの偽らざる本心であった。


 自分の目指す執事としての最適解のような男――バトラーが目の前に現れ、そして、そのバトラーは名も知らぬ森で生まれ、そこから現在の地位まで這いあがったというのだ。


 それに比べ、自分は恵まれた家に生まれ、ぬくぬくと執事の勉強をしてきた。そう考えると、まだまだ努力が足りないように思えてしまうのだ。


 カイの問いかけに対し、バトラーは少しの間、無言で立ったままだったが、やがてゆっくりと口を開く。


「私からすれば、君の方が優れた執事であると思うのですがな」

「え?」


 予想外の返答に、カイは目を丸くするが、バトラーはそのまま言葉を紡ぐ。


「我々従者の使命は、主の陰となって寄り添う事。私は独学で、君は英才教育を受けているが、それは大した問題ではない。辿ってきた道は違えど、最終的に目指す場所は同じなのです。むしろ、私よりも君の方が伸び代があるでしょう」

「本当に、そうでしょうか?」

「もちろん。私が君くらい若かったころは、食べ物の事ばかり考えていましたからな。ただ、飢えに苦しんでセレネ姫の住居に忍び込み、今に至るのだから、天の計らいだったのかもしれませんな」


 バトラーが軽口を叩くと、カイは苦笑する。


「いずれにせよ、我々は幸せ者です。優れた従者である事も大事だが、優れた主に仕えられてこそ使命を全うできるというもの。どれだけ鍛えられた名剣であっても、持ち主が弱ければ使いこなせないのですから」

「そうですね……バトラー様、ありがとうございます」

「いえ、こちらこそ。私達がこの世界に居る期間は短いですが、こうして良き同士と出会えたことに感謝したいものですな」


 バトラーは、まだ少年であるカイに対し『同士』と言いきった。

 カイにとっては、自分を執事として対等に見てくれるバトラーの態度に、頭を垂れたい気持ちだった。


「はい! バトラー様! 僕、一生懸命努力して、レオノーラ様にふさわしい執事になります」

「ふふ、口調が『僕』になっておりますぞ、偉大なる執事カイ殿」

「あっ……」


 バトラーが冗談めかしてそう言うと、カイは赤面した。

 程良く緊張のほぐしてくれたカイに、バトラーもまた感謝していた。

 こうして執事達の夜は更けていったが、その偉大なる主たちは、絶賛内職中であった。

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