第10話:セレネ、レオの内職を発見する
セレネとバトラーの処遇が一段落すると、アルベルト直々による通達が学院中に行われた。
真夜中だというのに、学院中は突如現れた謎の少女と従者の噂で持ちきりで、今も様々な噂が飛び交い上へ下への大騒ぎ。
こうなってしまうと、ビアンカやナターリアでは収拾がつかない。
アルベルトによる伝令という形で、強引に場を納める以外に方法が無かったのだ。
といっても、異世界から来たというのは荒唐無稽過ぎるので、召喚システムの誤作動で、他国の十二歳に満たない貴族の少女を呼び出してしまった。遠方かつ、まだ社交界デビューもしていない人物であり、誰も知らないのも無理はない。
当面は学院で預かり、一週間ほど休養させ、謝罪して丁重にお返しする。という内容だった。
「かなり強引だが、まあ、納得してくれるだろう。少なくとも異世界人よりは説得力はある」
「大丈夫よ。お兄様の通達ならみんな信じるわ! 鶴の一声って奴ね」
「買い被りすぎだよ」
自慢のお兄様であるアルベルトの迅速な対応に、ビアンカは実に満足げだった。
「あら、ビアンカ様は、てっきりセレネ姫を追い出すものかと思っていましたわ」
「何でよ!? 私がそんなにひどい女に見える!?」
三人だけになった客室で、紅茶を飲みながら悪戯っぽく笑うのはナターリアだ。
ナターリアの口ぶりに、ビアンカは眉を吊りあげる。
「そうではなく、一時的にでもセレネ姫にレオノーラを取られてしまうのは、あなたとしては不服かと思ったので」
「なっ……!」
そう言われた途端、ビアンカの頬が真っ赤になる。
怒りのせいではない、図星だったからだ。
「た、確かにセレネって子を完全に信頼した訳じゃないけれど、レオノーラの言う事に間違いなんかなかったし、それに、そういう所があの子のいい所だし……」
お兄様に次いでレオノーラ大好きっ子のビアンカとしては、一時的にセレネにレオノーラを取られるのは確かに気分がいい物ではない。
今まで、自分がレオノーラのお姉さんポジション(自称)だったのだ。
セレネという自分より幼く、か弱い姫君を保護すると宣言したのだから、レオノーラは付きっきりで面倒を見るだろう。
「セレネ姫だって不安なんだ。名目上は客人という扱いになっているが、異世界に放り込まれるなんて僕ですら想像も付かない。ビアンカ、もし君が一人で全く知らない土地に放り出されたら?」
「…………」
ビアンカは多少わがままな所はあるが、どこかの姫様と違って賢い姫だ。
兄の言葉の意図が汲めないほど幼くもない。
「ま、まあいいわ! 確かにあんなに小さな子だものね。それに、たったの一週間だもの。レオノーラの先輩である私が、レオノーラと纏めて面倒を見てあげてもいいくらいじゃないと!」
若干声が上ずっていたが、ビアンカは高らかに宣言し、胸を逸らした。
その様子を、アルベルトとナターリアは苦笑しながら見守っていた。
一方、異世界に放り込まれた心細いであろうセレネは――。
「あー、のびのび」
用意された学院の部屋のベッドで、大の字でたるみきっていた。図太い奴であった。
もともと夜行性のセレネとしては、騒ぎのせいでろくに昼寝も出来ていないのが不満だった。
この際、寝藁でいいから寝かせてくれと思っていたのだが、想像よりずっといい部屋を用意されてご満悦である。
しかも、セレネはろくに聞いちゃいなかったが、後で詳細を纏めてくれたバトラーの報告では、特に何もしなくても一週間程で帰還出来るらしい。
ならば、ちょっとした小旅行というのも悪くない。
セレネの中で異世界トリップは小旅行程度の扱いだった。
ちなみに、兵士の監視を付けられているのはバトラーのほうで、セレネはレオノーラと纏めてカイが監視役を任されている。
バトラーは、セレネとは少し離れた部屋に待機する事になっている。
戦闘能力や外交能力を鑑みると、危険視されるのはバトラーなので、これは自然な流れだった。
ある意味でセレネの方が危険ではあるが、外見上の美しさが幸いしてほぼノーマークである。
アルベルトを始めとするメンバーは若干申し訳なさそうにしていたが、バトラーは「主の盾になれるのなら本望」と快くそれを受け入れた。
だが同時に、ネズミの時のようにドアの隙間を潜って姫の元へ、という移動方法が使えないので、「セレネには出来うる限り優しく接して欲しい。そうでなければ、たとえ一国を相手にしても私は姫を守るために戦う事を辞さない」と毅然と言い放った。
無論、バトラーは不必要な暴力は好まないが、その決意を見てとったアルベルトは、「礼節を守る客人に危害を加える程、自分達は愚かではない」と笑いかけた。
その笑顔に、バトラーもまた笑顔を返し、深くお辞儀をした。
「おっと、いかん」
そんな回想はどうでもいい。いつまでも寛いでいる場合ではない。
一週間しか時間が無いのだから、早急に行動を起こす必要がある。
セレネは自分が乗り気ではない事に対しては異常にめんどくさがりだが、興味がある事に対しては、何の考えも無く行動する事を得意としている。
セレネはベッドから身を起こすと、早速、行動を開始した。
(さて、これからどうすっかな……)
その頃、レオは自室で作戦を練っていた。
セレネを保護すると言った後、可能なら自室で一緒に住み込み、なるべくあのドレスや、異世界の知識などを引き出したいと思ったレオは、
「セレネ様、私の部屋、来ます?」
と声を掛けたのだが、さすがにこれはアルベルトを筆頭とする、セレネ以外の全員が猛反対したので却下となった。
(時間も限られてるし、なるべくならセレネ姫の情報を引き出してえんだけど、どうすりゃいいのかな)
レオは孤児院生まれの孤児院育ち。
ビアンカやナターリアの方からアプローチをされた事はあるが、自分から率先して貴族に接した事がない。
異界の、しかも話を聞く限り相当の身分の姫様に、どうすれば好意的に接する事が出来るのかいまいち分からない。
(うーん、お貴族様相手に『あらあらうふふ』みたいなやり方、俺、よく分からねえんだよなぁ)
レオは頭では対セレネに対する立ち回りを構想しつつ、手は内職――ムエルタの花や、香水の染み込んだドレスの切れ端でサシェを作る作業に没頭していた。
ちなみに、ムエルタの花は葬花であり、ドレスの切れ端はハーケンベルク侯爵家で用意されたドレスが引き裂かれた物だ。香水の匂いが染み込んでいるのは、以前、ちょっとしたトラブルで瓶をぶつけられたからである。
要するに全部、レオに対する嫌がらせの産物なのだが、貴族の嫌がらせはレオにとってはお上品すぎて、逆に恩恵にあずかっている。
原材料費ゼロでサシェを作ってこっそり売り飛ばし、その金を孤児院に送ることで、レオは着々とホームに金を溜めこんでいたのだった。
「おうい」
「わっ!?」
レオは作業に没頭したので気付かなかったのだが、いつの間にかドアが開けられ、セレネが立っているのが見えた。
(げっ!? な、何でセレネ姫がここに居るんだよ!?)
今まで、カイもビアンカもアルベルトも、部屋に来る時は必ずノックをしていたので、レオは完全に油断していた。何せ、セレネはノック無しにいきなりドアを開け、声を掛けてきたのだ。
「こ、こんばんは。セレネ様、おどろきました」
「ごめん」
レオは何とか笑顔を作る。セレネも美少女を驚かせたので素直に謝った。
(さすがは異国のえらいお姫様ってか。まさか何の前触れも無くドアが開くとは思わなかったぜ……)
平然とドアの前に立っているセレネを見て、レオは自分の浅はかさを呪った。
考えてみれば、セレネは異世界で相当に身分の高い姫だ。
貴族にはレオには分からない変なルールがあるので、もしかしたら異世界ではドアをノックするという風習が無いのかもしれない。
もちろん、そんな事は無い。セレネにないのは風習ではなく常識である。
(しくじった……もうちょっと綺麗な状態で会いたかったんだが)
幼女だしもう寝てるだろうと思い、レオは今夜は夜なべしてサシェを量産し、明日以降にセレネとお近づきになる予定だった。
だが、こうも早く、しかも向こうから接触してくるとは想定外だ。
しかも、部屋には作成中のサシェの素材が散乱しており、タイミング的には最悪だ。
もしも汚部屋のがさつな女と認識されたら悪印象が残るかもしれない。
「それ、ポプリ?」
緊張するレオとは裏腹に、セレネは部屋を見回した後、レオの手の中の花びらを見て呟いた。




