第1話:セレネ、異界への鍵を手にする
※時系列的にはセレネが8歳、レオノーラが1部の陰謀を暴く直前です。
ヒーロー文庫様、TOブックス様、および中村颯希先生の許可を得てコラボしております。
中村颯希先生に内容確認をいただいておりますが、本文は青野海鳥が執筆していますので、「無欲の聖女はそんな事言わない!」などのご不満な点がありましたら、中村先生ではなく、執筆者である青野にお願いします。
大陸の覇権を握る大国ヘリファルテ。その王国に一人の風変わりなお姫様――少なくとも、外見上は可憐な少女(笑)が住んでいる。
彼女の名はセレネ・アークイラ。
染み一つ無い白雪のような肌。絹糸のような白い髪。
瞳はまるで最高級のルビーのような深紅の輝きを放ち、八歳という幼い年齢ながら、既に完成された美貌を持っていた。
だが、そんな彼女の短い人生は、決して恵まれた物ではなかった。
大陸最南端の最小国、アークイラの第二王女として産まれたものの、言動が気味悪がられ、忌み子として監禁されていたのである。彼女に愛情を施すのは、実の姉であるアルエのみであった。
そんな中、偶然、大陸中を遊学中だったヘリファルテの聖王子ミラノ・ヘリファルテに発見され、彼によって救い出され、輝かしい栄光への道を歩み始めたのである。
……と書くと、何となくシンデレラストーリーっぽいが、実はセレネの正体は、現代社会の疲れきったおっさんが美幼女に転生した、合体事故の産物である。まさに悪魔合体だ。
言動が気味悪がられ、監禁されるのも無理はない。
そのくせ無駄に強運であり、王族に生まれなかったら悪・即・斬という感じで死んでいたのだろうが、中途半端に権力に片足を突っ込んでいたので生き永らえていた。
さらに困った事に、前世の男性であった記憶が残っているせいで、身内であるはずの姉と本気で結婚をしようとする始末であり、助けてくれたミラノ王子を恋敵と認識し、攻撃するたびに自爆し、敵に塩どころか油田を譲るくらいの恩恵を与えまくっていた。
結果、皮肉にもセレネはヘリファルテ王国において、可憐な容姿とその功績から「月光姫」と呼称されるくらいの名声を得ていたが、セレネにとって偉大なる権力より、女体の弾力のほうが優先順位度が高かった。
そんな残念な美姫セレネは、今日はヘリファルテ国立大学へとやってきていた。
姉のアルエはこの大学に留学していて、セレネは稼いだ金を全部この学院に投資する事で、無理矢理パトロンになっていた。それもこれも、全ては姉に会うための大義名分のためである。
この行動も他者からは「学問に対する意欲の現れ」と解釈されていたが、現実的には宵越しの金を持たない博打打ちと同レベルである。
『姫、今日はアルエ様にはお会いしないのですか?』
「うん」
セレネが馬車に揺られ、広大な学園の敷地内を移動していると、彼女のペット兼従者である鼠の執事バトラーは、セレネの肩の上から主に問いかけた。
バトラーは白黒の毛皮に赤いリボンを結んだ知恵ある鼠であり、幼少期にセレネに魔力を分け与えられた恩と、諸々の勘違いにより彼女の忠実なる従者となった。
執事という名はセレネが与えたもので、彼はその名を大層誇りに思っている。
普段なら、「視察」という名目で姉のアルエに抱き付いたり、甘えるという大仕事をするのだが、今日のセレネは一味違う。セレネは、大学のある一角を目指していた。
『ここは……図書館でございますか』
目的地に到着すると、馬車を停めさせ、セレネとバトラーは降り立った。
ヘリファルテ国立大学は大陸中の貴族や、優れた才覚を持つ者が集まっている。
設備も充実しており、その気になれば学園内だけで一生を過ごすことだって可能な程だ。
学園内には様々な書物を扱う図書館も併設されている。ここは大陸中の叡智と歴史を集めた場所であり、セレネに最も似つかわしくない場所の一つであった。
セレネは学園最大の出資者であり、ほとんどの場所を顔パスで通る事が出来る。
最初、セレネが図書館に顔を出した時、司書を含めた利用者全員が大慌てになったが、セレネはそれをスルーした。繰り返すが、セレネは自己顕示欲より、性欲の方を優先する面倒なのかそうでないのかよく分からない人間なのだ。
「え? 閉架図書を見たい、ですか?」
「おねがい」
閉架図書とは、一般生徒達がなかなか手にする事の出来ない表に出ていない本の事である。
通常は司書や責任者が管理しており、閲覧には許可が必要になる。
前述のとおり、今のセレネは、立場上はミラノ王子の寵愛を受ける聡明な淑女であり、国政にも携わる重要人物である。
司書は不思議に思いながらも、特に言及せず、要望通りセレネを図書館の奥の書庫へと通してくれた。
『ほぉ、これはすごい……さすがに大陸一の学舎と言われるだけはありますなぁ』
書庫の中は、貴重な書物が傷まないよう冷暗所になっており、最低限の明かりと換気出来る程度の小窓があるだけだ。人間が通れるサイズではなく、盗難防止も兼ねているのだろう。
書庫は薄暗いが決して陰気な雰囲気はなく、掃除は隅々まで行きとどいており、この学園の規律の高さが窺い知れる。
蔵書量も半端ではない。首を上に向けなければ見えないほど巨大な本棚には、びっしりと本が整列している。バトラーは小柄な体格を活かし、アークイラの図書館の機密文書にもアクセスし放題だったが、ここと比べたら月とスッポンである。
バトラーは知識の宝庫に嘆息しつつ、思いついた疑問を口にする。
『姫、ところで、今日はなぜ図書館の、それも閉架書庫に?』
「べんきょう」
セレネの口から信じられない単語が発せられるが、バトラーは感心したように頷いた。
『なるほど。確かに現在を知る事も大事ではありますが、過去の知恵に学ぶ事もまた重要でございます。温故知新と言いますからな』
「うん、まあ」
年若い少女はきらびやかで新しい物ばかりに目を向けがちだが、我が主は一味違う。過去に目を向け、そこから学ぶ姿勢を持っている事に、バトラーは深く感心する。
確かに、セレネは過去の知識を求めていた。悪い意味で。
これまでに最愛の姉アルエを守るため色々奮闘してきたが、ことごとくミラノに回避や妨害されている。いい加減、ここらで一発ガツンと行きたいのだが、いかんせんセレネは頭も身体も貧弱なのがネックである。
なので、セレネは新たなる武器を求め、過去の怪しげな書物を漁る事にしたのだ。
一般公開されていない物の中には、当時のスキャンダルや、過去の遺物となった技術などが眠っている可能性がある。
この世界に来てからあまり目にしていないが、もしかしたら封じられた超魔術とか、ミラノのスキャンダルなどが眠っているかもしれないと考えたのだ。
以前、アークイラで一人で変な呪文を唱えて瞑想したりしたが、一向に能力が覚醒しなかった。セレネは、あの原因を独学だったからだと決めつけていた。
やはり、多少不人気でも修行パートは無いと駄目なのだ。あれ無しで主人公がいきなり覚醒するのはご都合主義過ぎる。
セレネは、過去に読んだ少年漫画をベースに戦略を立てていた。出港前から座礁しているような計画だが、本人はいたって真面目だ。
『ところで、どういった本をお探しでしょう? これほどの蔵書量となると、なかなか目当ての物は見つけづらいと思うのですが……』
「まほう」
『魔法、といいますと、魔力関連の資料でよろしいでしょうか?』
「うん、わたし、あっち、バトラー、そっち」
『かしこまりました』
バトラーはセレネの肩から飛び降りると、二本足で立ち、恭しくお辞儀した後、反対側に駆けていった。
セレネも早速本棚に手を伸ばすが、どこから手を付けていいか分からない上に、古文書のような書籍が山ほど積まれている状況に眩暈がしたので、とりあえず目の前にあった本を手にとって開き、
「よめんわい!」
二秒で本を閉じて本棚に戻した。先人の知識に対する興味などセレネの辞書に存在しない。
異世界の言語どころか、日本の学生時代、国語の成績が10段階評価で「2」だったセレネにとって、異界の古代文書を読めというのは、幼稚園児に東大の入試問題を解けと言っているようなものだ。
「ふぁいあーぼーる、ふぁいあーぼーる」
セレネは「ファイアーボール」と呪文を唱えながら、手当たりしだいに本をめくり、数秒で棚に戻す作業を繰り返す。
これだけ本があるのだから、「ファイアーボール」と唱えれば火球が出たりする本だってあるはずだ。謎の確信がセレネにはあったが、そんな本はこの世界のどこにも存在しない。
『姫、とりあえずではありますが、一冊見つかりましたぞ』
「でかしたっ!」
三十分ほどそれを繰り返していた所、バトラーが一冊の書物を持ち上げながら駆け付けてきた。表紙の部分はすり切れており、いかにも魔術書っぽく、セレネは上機嫌だ。
――この古ぼけた本により、異世界転生に加え、異世界トリップまで体験する羽目になるとは、この時点ではセレネもバトラーも夢にも思っていなかった。
レオノーラ達は2話以降に登場します。