7話
2月の寒波は春を待つ人達に厳しい試練を与える。寒い日と温かい日が数日単位で各地を襲い、昼夜の気温の差や空気の乾燥など多くの者は予防の為にマスクを付けて外に出歩くこの季節。
用心をしても足りないのは皆が知る事実で、インフルエンザなどの病気を貰った場合などは人との接触を長期の間止められてしまう程だ。
根拠は無いのだが俺は病気は余りしないと高をくくっていた。
だが今はその時の俺を叱ってやいたいと切実に後悔している。
案の定、俺は流行の風邪かインフルエンザに掛かり今は布団の中で苦しんでいた。
「う~頭が痛い。喉が渇く……」
一応、家に備え置きしていた、風邪薬は飲んでいるが効いている感じは無い。
右を向いたり左を向いたりと体勢を入れ替えている。汗でベトベトする身体が気持ち悪く、着替えたいがそんな元気は無い。眠れば楽になるのだろうが息苦しくて寝付けずにいた。
「脇にネギを挟むのよ! そうすれば治るって情報があるわよ。それで治らなければインフルエンザウィルスに感染してる可能性が高いわ」
枕元に置いている携帯からフェアリーの叫ぶ声が聞こえる。着替えも出来ない状態なのにネギなど買いに行ける訳がない。
それに、ネギを買う位なら病院に行っていると反論したいが、そんな元気は既に無く。
再び体温が上がって来たのか? 頭がフラフラしだし気持ち悪い事も忘れて俺は深い眠りへと落ちて行った。
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コン、コン、コン
何時間眠ったか解らないが、眠りから目覚めた時に霞む視界に人影が映っている。
後ろ姿しか見えないが女性のようだ。一切染めていない綺麗な黒髪で長さは肩を少し超えた位までのばしている。後ろ姿のシルエットは見覚えがある感じがした。
俺は一人暮らしで親族もいないのでこの部屋に訪れる人は居ない。
その人は料理を作っている感じで、包丁で何かを切る音がリズミカルに響く。
眠ってから少しは動ける様になっており、熱も下がってきた感じがする。俺は上半身だけ起こして声を掛けた。
「えっと…… 誰ですか?」
「起きましたか? 一度熱を測りましょう。それでまだ熱が下がって居ない場合は病院も考えた方がいいですよ。インフルエンザの場合だと薬を飲まないと大事に発展するかもしれませんので」
振り返ったその人は千景さんであった。何故ここに居るか解らずボーっとした頭を動かそうとしていたが思考が追いつかない。その間に千景さんは俺の傍まで近づき膝をおり座るとおでこに手を当てていた。
「う~ん。まだ少し熱があるみたいですね。今お粥を作っていますので、それを食べたら薬を飲んでゆっくりしてください」
「えっと…… 何故ここに? それに部屋には鍵を掛けていた筈だし……」
「何を言っているんですか!? 自分でメールを送って来たんですよ。もしかして私が来た時も凄くうなされていたから無意識で送ってきのかな? そうだったら嬉しいかも……」
そう言って自分の携帯から俺が送ったメールを見せてくる。そこには確かに俺の名前が記載されているメールが受信されていた。
内容も風邪をひいて動けない事や。部屋には鍵が掛かっているから一階に住む大家さんに事情を話して鍵を開けて貰って欲しい事まで細かく書かれていた。
俺はそんなメールを送った記憶は全くない。だけど瞬時に誰が送ったかを直感的に理解する。
どうやらお節介を焼いてくれた人がいたようで、実際に体調が悪く困っているのも事実で今は心の中でお節介焼きに対して感謝を言って甘える事を選んだ。
「えぇ確かに俺ですね。いつ送ったか覚えてないですが、わざわざ来てくれて有難うございます」
「気にしないで下さい。困った時はお互い様ですよ。以前助けて頂いたお礼もまだですし、今からお粥を持ってきますね」
千景さんは頬を赤らめ笑顔を見せてくれた後にお粥を取りに再び背を向けた。
「薄味ですがどうですか? 熱いならもう少し冷ましますよ?」
熱々のお粥からは上に乗せた刻みネギの香りが漂って来る。何度か息を吹きかけ表面を冷ますと、俺はスプーンでお粥を口に入れた。
「あっ熱!」
「大丈夫ですか!?」
「大丈夫、大丈夫です。とても美味しいです。有難うございます」
熱いお粥は喉を通り抜け、空っぽの胃の中にじんわりと沈んでいく。一口食べた後、お腹の中で熱い感触が残っているのが解る。
味は勿論美味しく、塩加減もバッチリで食欲を刺激してゆく。今まで腹が減っていた事すら忘れていたようで、一度お粥を口にした後は器が殻になるまで一気に食べきっていた。
「ご馳走さまでした。とても美味しかったです」
「ウフ、お粗末さまでした。片付けはやっておきますので、もう一度眠って下さい」
そう言われて千景さんが作った料理を食べた俺はまた深い眠りへと落ちていく。本当に疲れているのが自分自身でも情けない。
翌朝目覚めた時は千景さんの姿は既に無く、テーブルの上にメモ書きが置かれていた。帰る事の報告と俺に無理をしない様にと書かれている。そのメモを読みながら千景さんに感謝を告げた。
だが感謝を告げなければ行けない人がもう一人いる。
「フェアリーいるんだろ? メールの件で話がある」
俺はテーブルの上に置かれていた携帯に声をかける。千景さんが来ていた時はフェアリーは全く動いて居ない様に思えた。
俺が声を掛けた後、暫く無言だったが小さな音量でフェアリーの声がスピーカー越しに響く。
「ごめんなさい……」
「フェアリー何の事を言っている?」
「勝手に名前を借りてメールを送った事よ! 無断で送った事は悪い事なんでしょ!! でも私じゃ、海斗を助けてあげれない…… こうするしか仕方なかったのよ」
画面が見えないのでどんな顔をしているかは解らないが、フェアリーの声は寂しげに感じた。
「いや今回はメールを送ってくれてありがとう。助かったよ」
「……怒ってないの?」
「怒れる訳がない…… フェアリーが俺の為に仕方なくやった事だからな! だと言って、余り良い行為じゃ無い事は解っているよな?」
釘を刺す事も忘れない。だがフェアリーの今回の行動は俺を心配してくれての事でその事が嬉しく思えていた。
「勿論わかっているわよ。ただ海斗は私が居なくなったら何も出来ないからね。今回は仕方なく助けただけだわ」
フェアリーの方も怒られない事がわかると、いつもの調子に戻っていた。
「あぁ、今後は体調管理にも気をつけるよ」
「また病気になっても私が助けて上げるから、感謝しなさいよね」
翌日には俺の体調もすっかりと良くなり、今回の病気が風邪であって良かったと思う。
一人暮らしの俺にとって病気になる事は結構深刻な問題である。動けなくなってしまった場合や救急車を呼べない場合も在るかもしれない。
フェアリーと言うやさしい少女が側に居てくれて本当に良かったと思う。




