6話
夜のコンビニは少ないながらも数名の客がおり、女性が逃げ込むには良い場所で青草千景は外から見えない食料品売り場で身を隠しながら小さく震えていた。
「大丈夫ですか!?」
コンビニに飛び込んだ俺は彼女を見つけ出し声を掛ける。
「すみません。私、知り合いが少なくて…… 頼る人が居ないんです」
「そんな事は気にしないで! それよりもつけ回している人はまだ外にいますか?」
俺がそう訪ねると彼女はコソコソと雑誌コーナーに移動し、雑誌を読むふりをしながら外の様子を窺っていた。チラチラと目線を動かして視界に一人の男が入った瞬間、身体をビクンと震わせているのが見ていて解る。
その後、俺の元に帰ってきた彼女は男の事を俺に伝えた。
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俺は一人外に出て、彼女が言う男が立つ場所へ近づく。
相手は俺が彼女と知り合いとは知らない様で、ズッとコンビニから彼女が出てくるのを待っている様子だ。
「アイツがストーカーか?」
電柱の影に半身を隠した男を横目に通り過ぎながら相手の様子を窺う。
見た感じで言うと普通の男性で少しダボッとした体格と鋭い目つきをしている。身なりはジャンパーにジーンズ、何が入っているか判らないが、スポーツバックを持っていた。
男はひたすらコンビニから千景さんが出てくるのを待っている感じで、すれ違う俺に鋭い視線を一瞬だけ送るとすぐにコンビニの方へ視線を戻す。
彼女には俺が帰るまでコンビニに居るように指示を出しているから、今の所襲われる心配は無い。男の横を通り抜け一度距離をとった俺は家屋の影から男を見つめた。
「俺ってケンカなんてやった事ないんだよな…… もし声掛けてナイフとか出されたら洒落にならない。
だけど最悪の場合は千景さんと二人で店を出るしかないよな…… 流石に千景さんの隣に男が入れば迂闊な事はしないだろう」
俺が少し離れた所で今後の動きを考えていた時、イヤホン越しにフェアリーの声が響く。
「ねぇ私があの男を追っ払てあげましょうか? 要するに今後2度とあの女に手出し出来ない様にすればいいんでしょ」
「何を言っているんだ? 携帯の中のフェアリーがどうやって…… 」
「あの女に構う余裕を無くしてあげるだけよ。勿論肉体的な危害は与えないわ」
そんな事が可能なのかと思っていたが、相手も無傷で終われるならそれに越したことは無い。
俺はフェアリーに男の対応を任す事に決めた。
フェアリーは任せなさいと一言だけ告げると、画面上から姿をけした。フェアリーに任せた時に後は私がやっておくから、千景さんを家に送り届けろと言われていた。
フェアリーの言葉を信じた俺は男に気づかれない様に、遠回りでコンビニに戻ると、千景さんを連れて店の外へ出る。
外に出て周囲を確認してみたが、電柱の影にいた男の姿は見当たらない。
ホッと一息をついて俺は千景さんの手を引き彼女の家を目指した。
手を握られた千景さんは顔を下に向けついてきた。俺に握られて嫌かもしれないが、今の状況だと我慢してくれるだろう。
千景さんの家はこのコンビニの近くにあるマンションの一室。
1階のロビーに入った所で俺は千景さんの手を離す。
「ここまで、来れば今日は大丈夫だと思います。あの男が何処かで俺の姿を見ていれば諦めるかも知れませんので、少しの間、様子を見ましょう。もし何かあれば駆けつけるので、連絡下さい」
「今日はありがとう御座います。またこのお礼は……」
「気にしなくで下さい。本も借りているので、そのお返しです。それじゃ俺はこれで帰ります」
俺の姿を千景さんは見えなくなるまで見送っていた。それから少し離れた所で俺が携帯を取り出す。画面は背景画像だけで、フェアリーの姿は無い。
仕方なく俺は一度家に帰る事にする。
家に着くと服を着替えて携帯をテーブルの上に置く。まだフェアリーは帰って来ておらず、少し心配になってしまう。
だがそんな時、スリープ状態で黒くなっていた画面が光り出しフェアリーの姿を見せた。俺はすぐにテーブルへ駆け寄ると、イヤホンをセットし、フェアリーに語りかける。
「大丈夫だったのか? 戻って来ないから心配したんだぞ」
「馬鹿ね。実体を持たない私がどうにかなる訳がないでしょ。それよりストーカーの男はもう二度と現れないわ。あの女に安心してい良いって伝えて上げなさい」
「二度と現れないって……一体どうやって?」
「簡単な事よ。男とすれ違った時に顔の画像を撮っておいたの。その写真のデーターを警察のデーターベースと照らし合わせて見たのよ。
案の定、男は前科があるのが解ったわ、罪名は婦女暴行で前科2犯。
名前が解った所で役所のデータベースから住所を探し出し家に侵入をしてPCに潜り込んで全てのデーターをネット上の様々な場所に流した後に男の携帯にその事実をメールで伝えたのあの男血相を変えて家に飛んで帰ってくるから面白かったわ。
そのデーターの中には警察に再度捕まる様な写真や動画もあったから警察にも通報してあげたの。今頃、家には警察が押し寄せているんじゃないかしら」
「それだけ危ない奴だったって事か…… それにしてもこんな短時間にそこ迄の事をやっていたとは」
「私に掛かればどんな所でも自由に出入り可能よ。それと男の携帯のカメラから遠隔監視で見れる様にしてあるの、今は必死で拡散したデーターを消そうとしているわ。今更遅いのに馬鹿じゃないの?」
得意げに言い放っているフェアリーは満足気な表情を見せていた。確かに今回はフェアリーに助けられた。俺が男に声を掛けていた場合どうなっていたか解らない。もしも刃物などを持っていた場合刺されていた可能性もある。
「エゲツない…… だけどありがとうな! お前が居てくれて良かったよ」
「バッ バカじゃないの!? お礼なんてされる様な事じゃないわよ。まぁ今後も何かあれば言いなさい。私が助けてあげるから」
お礼を告げると、頬を赤く染めたフェアリーが珍しく動揺を見せていた。その様子がなんだか可笑しく声を出して笑う。
数日後、地方新聞の小さな記事で男が捕まった事が書かれて書かれてあるのを見つける。フェアリーが言っていた通り警察が介入していた。前科も合わせると今度はすぐには戻って来ないだろう。
俺は千景さんにもう大丈夫だとメールを送った。
千景さんは驚いていたが、事実あの日以来男に付け回されていない事もあり、お礼がしたいと言ってくる。
俺の方も借りている漫画を返さなければいけなかったので、次の週末に会う約束をした。