5話
小坂達也と言う人からのメールを見つめ、大きなため息を吐く。携帯の画面にはフェアリーが水泳をしているかの様に優雅に泳いでいる。こんな心配をするのも全てはフェアリーが原因で、段々と腹が立ってくる。
「おい。どうする気なんだ? お前の事がバレているんだぞ」
苛立つ気持ちを隠さずに俺はフェアリーに詰め寄る。もしもフェアリーの存在がバレた場合には国の諜報員とか怖い人達が襲ってくるかもしれないと、悪い事ばかり考えてしまう。
もしフェアリーを消す事が出来るならば、この瞬間にも消してしまいたいと思える程だ。
「どうともしないわ。私はこれ以上、手を貸さない…… 後は自分で頑張ればいいのよ。それと心配しなくkても海斗の所へ押し寄せてくる事はないわよ。届いたメールも幾つものサーバーを経由する様に設定してあるから、一企業如きがここ迄調べ上げる事は不可能」
得意気にそう言い放つフェアリーはペロリと下を出して唇を人舐めしている。
「本当かよ…… じゃあ、何故フェアリーは連絡先を残したんだ?」
「それはあのプログラムを作っている者がどの位か知りたかったから…… ここ迄辿り着けたのなら、後は時間を掛ければある程度の形になる筈だわ」
「小坂って言う人は一体何を作っていたんだ?」
興味が湧いて、俺はフェアリーが何をしたのかを確認してみた。どうせ聞いても解らないとは思うが知らないよりかはマシだ。
「特に珍しい物を作って居たわけでも無いわ。簡単に言えばAI。思考を持つプログラムね。ちょっと覗いてみた所、そこらにあるAIよりかはマシだったから、ちょっとだけプログラムをいじって上げたの。
私に比べれば虫以下の性能しか無いけど、世界に普及しているAIの中では1番マシだわ」
「それってどういう事なんだ? フェアリーが手を加えた事で、何か大きな変化とか産まれるんじゃないのか?」
最初に浮かんだ疑問を投げかける。フェアリーが規格外のプログラムと言うのは嫌という程解っていた。そのフェアリーが手を加えた事でどうなるか? 予想が出来ない。
「心配しなくてもいいわよ。私が手を加えたのは自我を持つ部分…… 性能を上げた訳じゃないわ。ほんの少しだけ、プログラムに心を与えて上げたの。可愛らしい産声を上げていたわ」
思い出したかの様にフェアリーは笑みを浮かべていた。
「よく解らないけど、もう勝手な事はするなよ。もし次やったら口を聞いてやらないからな」
俺が睨みつけてそう告げると、視線を反らし小さな声で「……わかったわよ」と呟いていた。
反省の色が見えたので、俺も笑みを浮かべてやる。するとフェアリーも元気を取り戻しいつもの調子に戻っていた。
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それから数日後、俺とフェアリーは駅の方へ来ていた。今日の予定は以前立ち寄った漫画の虎で進められた漫画を買う事だ。大学は冬期休暇で休みが続き、バイトの方も次の予定はもう少し先であった。
やる事も特に無い俺は以前出会った女の子が進めてくれた漫画を読んで見ようと決め、本を買いに漫画の虎に向かう。
店に着いた俺は彼女が進めてくれた漫画を探してみる。
「たしか題名は…… 何だっけ? フェアリー覚えてないか?」
「信じられないわ…… 海斗は題名も分からずに店に来たの?」
「いやぁ~ 家を出る前までは覚えていた筈なんだけど……」
「メビウスリッチ・ストライカーズよ。この列の突き当りの棚にある筈だわ」
「あっそうか思い出した。それにしてもフェアリーは凄いな。場所まで解るのか!」
褒めてみるとフェアリーはニヘラとした表情を一瞬だけ見せたが、すぐにいつもの生意気な表情に戻していた。褒められて嬉しいのが解ったので良しとする。
俺がフェアリーに言われた棚でお目当ての漫画を探している時に、背後から視線を感じた。
「その本を買ってくれるのですね」
振り返ると、本を紹介してくれた女性が笑みを浮かべていた。
「お久しぶりです。あの時進められたので読んで見ようと思いまして」
「とっても面白いですよ。でも……人それぞれに好みもあるし、もし気に入らなかったら私も申し訳ないというか…… そこでどうでしょう? 私が持っている本をお貸ししますので、試しに読んでみませんか?」
「えっ!? いいんですか?」
「大丈夫ですよ。私はそのシリーズを3セット持っているので、いつでも読めますから」
「3……セット? これ今で30巻まで出てますよ……?」
「長く続いて嬉しいです」
満遍な笑みを浮かべてそう答える女性に内心呆れながら俺は取り敢えず自己紹介をしてみる。
「俺は青井海斗です」
「私は青草千景といいます。この後時間があるなら、商店街を抜けた先にある公園で待っていてくれませんか? 私の家も近くなので、持って行きますよ」
「すみません。じゃあ、お願いしようかな? 公園の中心にある噴水脇のベンチで座って待っています」
「解りました。じゃあ私はこれで」
そう言うと彼女は小走りで店から出ていった。
「これが噂に聞く逆ナンっていうものね。海斗また調子に乗ってる訳じゃないわよね?」
今まで黙っていたフェアリーが凍える様な声を掛けてくる。
「どうして俺が調子に乗らないと行けないんだ? タダで本を読めて嬉しくは思うけど……」
「いいえ、私はずっと見ていたわ。海斗が鼻の下を伸ばしていたのをね。海斗はあんな感じの女が好みな訳?」
確かに彼女は可愛いとは思う。長い黒髪と大きな目、小さな口に胸は大きくウェストは細い。服装が少々地味だが、オシャレをすればかなりモテるだろう。
何故、俺に声を掛けてきたのかは解らないが決して鼻の下を伸ばして居た訳では無い。
「その話はもういい。さぁ、公園に行くぞ」
「海斗~!! 逃げる気?」
イヤホン越しに繰り返し罵倒してくるフェアリーを無視して、俺は約束の公園へと向かう。
公園にはちらほらと人がいるが、それ程多くは居ない。噴水の所まで来ると、ベンチに腰を卸して彼女を待っていた。
「お待たせしました~」
少しの間待っていると、遠くから声が聴こえる。その方向に視線を向けると、大きめの紙袋を持った彼女が走ってきていた。
「いえいえ。俺の方こそすみません」
俺も駆け寄り、彼女がもつ紙袋に手を掛けた。袋を持つとズシリとした重みを感じる。袋の口を大きく開き中を見てみると、1巻~30巻まで入っている。
「全部持ってきたんですか?」
「えぇ、続きが読みたくなったら悪いと思って」
「重いのに、すみません……」
「大丈夫です。買い占めの時なんてもっと重い場合もありますから」
彼女は力こぶを作るマネを見せてみた。
「じゃあ、遠慮なしにお借りします。お返しする時はどうすれば……?」
「そうですね、じゃあマルチトークで連絡下さい。マルチトーク知っていますか?」
マルチトークとは携帯のソフトでメールに近いソフトだ。人気が高く大体の人がインストールしている。勿論俺も一応はダウンロードしている。
俺達は互いの連絡先を交換しその場で別れた。
家に帰ると、俺は早速彼女から借りた漫画に目を通していった。
「以外に面白い……」
オススメの漫画は面白く、知らない間に数時間読み続けていた。気づけば夜の10時、巻数にして10巻も読破している。
今日は此処までかと重い、本を片付けた時に携帯から着信音が鳴り響く。
それはマルチラインの連絡が入った音で俺は携帯で内容を確認する。
「助けて下さい。今コンビニに避難しています」
連絡をくれたのは青草千景であった。コンビニに避難しているとは? 俺は彼女に対してメールを返信する。
「どうしたんですか?」
「変な人に後をつけれていて…… 今はコンビニにいるんですけど、外でずっと私が出るのを待っているんです」
「解りました。すぐに行きます」
俺は彼女にそのままコンビニにいるよう伝えると、自転車に乗り込み彼女がいるコンビニを目指した。