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3話

 その日からフェアリーと過ごす日々が始まった。フェアリーは携帯の中に入っている為に四六時中、俺と行動を共にしている。


「おきろぉぉ~ 起こしてって言ってた時間は過ぎてるわよ。私が居ないと海斗はすぐにサボろうとするから、感謝しなさいよね」


 朝からハイテンションで俺を起こすフェアリーは今日も絶好調だ。

 俺は目覚まし機能の代わりにフェアリーにモーニングコールを頼んでいた。携帯電話のアラーム設定すればいいのだが、先日アラーム設定をしようとして、何故私を頼らないのかとフェアリーが拗ねてしまい、機嫌を戻すのに苦労したのを思い出す。

 

 フェアリーと数日過ごして解った事はフェアリーは自我を持っていると言う事である。指示が無くとも自分で考えて動き、嬉しい気持ちや悲しい気持ちなどの感情も持ち合わせていた。

 此処まで来ると、このプログラムが普通では無い事位は無知な俺にでも理解できる。なのでフェアリーの事が周囲にバレない様にしていた。もし公になれば騒動に巻き込まれる事は確実だ。


 フェアリーは俺の携帯に入り込み勝手にOSを作り替えてしまっているが、携帯機能や以前からインストールしていたソフトはちゃんと使用できるようにしてくれている。

 更に驚く事にバッテリーの減りが今までよりも何倍も少なくなっていた。どう言う事か確認した所、OSを作り替えたのが影響しているらしい。あらゆるソフトを最適化やプログラムを作り替え、消費電力を極端に減らしていると教えてくれた。


 それと外出時には車を運転する時に使うマイク付きのイヤホンを使う様にしている。この方法だとフェアリーは俺の声をマイクを通して認識する事ができ、周囲の人達には電話をしていると思われるので変に思われる事もない。


 今は冬休みで学校も無く、今日はバイトのシフトからも外れていた。ずっと家の中にいるのも飽きるので、フェアリーと相談した結果、気分転換に散歩へ出る事が決まる。

 上着の胸ポケットに携帯を入れると、丁度4分の1程度顔を出す。顔を出した部分にはカメラのレンズがありレンズを通してフェアリーも俺と同じ景色を共有していた。


「へぇ~ 公園って意外と人が多いわね。皆何やってるのかしら? ねぇ、この人達も海斗と同じ様な暇人な訳?」


「んな訳ないだろ! 家族連れで来ている人が多いだろ? 子供を遊ばせたりして家族の絆を深めているんだよ」


 俺達が訪れたのは家から徒歩30分程度離れた場所に作られている複合公園。子供の遊具が設置されているエリアや花や木々を集めたエリア、池でボートが乗れるエリアなどがあり、この地域では多くの人が集まる場所の一つだ。


 子供エリアを通り抜け、次のエリアは花のエリア。冬の季節には花も少ないがスイセンや椿など何種類かの冬の花は元気よく咲いていた。


「冬だから花が無いと思っていたが、意外と咲いているじゃないか。うん良い匂いだ」


 スイセンが大量に咲いている場所に近づき匂いを嗅いでみる。するとスイセンの香りが鼻孔を刺激する。


「フェアリーも匂いが嗅げればいいんだけど、難しいよな」


 胸ポケットに入れてある携帯に視線を送り声を掛ける。


「何も気にする事は無いわ。私はプログラムで睡眠や食糧摂取、排泄などの人間が保有している生理現象とは無縁の存在。でもスイセンの香り成分ならデーターで解っているわ。メチルベンゾエート、ベンジルベンゾエート、メチルシンナメート、リナロール、メチルアンスラニレート、インドール……」


「解った、解った。でも公園はもういいな。次は別の場所へ行こうか」


 フェアリーの言葉は家の中で感じた生意気な雰囲気ではなく、何処か機械的に感じた。フェアリーも俺と同じ様に香りを嗅げないのが寂しいのでは無いかと考慮してしまう。

 このまま此処にいるのも何だが心が痛むので、俺は駅の方へ向かう事を決める。駅には商店街や駅ビル、デパート、映画館などが隣接されており、それなりに賑わっている。


 俺の提案にフェアリーも同意し、俺達は一度アパートへ帰ると遠出をする時に使用する自転車に乗り込んだ。


「自転車は車道を走る物よ。解ってるの?」


 車道と歩道が分離されている道路で歩道を自転車で疾走していた俺にフェアリーはそう告げる。


「へぇ~そうなんだ。じゃあ車道を走るよ」


「自転車にも法定速度はあるのよ。この道路なら50km迄なら出して良いわよ」


「そんな速度出せるかよ!!」


 ロード用の自転車では無い為、出せる速度はたかが知れている。疲れない程度の速度で駅に向かうが、車道の端を走る俺に対して一般車の幅寄せが酷かった……


「駅に行くには次の角を右に曲がった方が信号は少なくて時間短縮出来るわよ」


「へいへい」


 フェアリーはネットから地図の情報を得て俺に指示を出す。携帯にはGPS機能もある為に地図と連動させれば、生意気なカーナビゲーションの出来上がりである。

 

 駅周辺には大型デパートや商店街などがあり、駅は駅ビル形態で電車の線路は高架式、その高架下にも個人店舗が引きめき合っている。

 自分で言うのも何だが、俺が住んでいる地域は結構にぎわっていた。


 最初は商店街を歩く事に決め、自転車を駐車場に止める。入った商店街は延長500m程度で中央の歩道も広い多くの人が行き交い、誰もが休日を楽しんでいた。

 俺もフェアリーと雑談をしながら、店舗前に並べられている商品に目を通して行く。特に欲しい物は無いが、商品を見ていると欲しくなってくるのはどうしてだろう。財布の残金を思い出しながらため息を一つ吐いた。


 商店街の入り口部分には人気の店舗が並び人の集まりも多いが、奥に進むにつれて、少しづつだが人の数も減っている。中間付近に建てられているデパートに大概の客を取られてしまっているのも原因の一つだろう。

 だが数点の店には中々の客がついているのが解った。遠目に見てもそれが解り興味本位でその店に向かった。


「ここは何の店だろう?」


「地図によると、漫画の鬼って言う名前の店だわ。SNSにもこの店の事は結構上がっているけど、内容をまとめると書店の様ね」


 つい数日前にインストールしたばかりなのにフェアリーはSNSまで使いこなしているようだ。俺はやり方すらも知らないに……


「書店か…… よし店内に入ってみよう」


 店内には多くの客が商品を手に取り見つめたり、立ち読み用に封が外されている本のページをめくったりしている。更にこの店には漫画、小説、一般書籍からアニメグッズ、ゲーム機器などの様々な商品が展示されている。お目当ての商品の周辺には数名の人だかりが出来上がっていた。


「俺も一人暮らしを始めてからアニメも見なくなったな……」


 そんな言葉を呟き商品を流し見しながら店内を歩いていると、棚で出来た十字路で他の客と接触してしまう。俺は一、二歩よろついただけだが、相手は転び、手に持つ袋に入っていた商品をバラけさせた。


「ごめんなさい。怪我は無いですか?」


 すぐさま謝り、ぶつかった人に視線を向けると、見事に転び尻持ちを付いて片腕を床に、余った手で頭を押さえる眼鏡を掛けた女の人だと解る。


「あいたたた、いえ、こちらこそすいません……」


 女の子はふらつく頭を押さえながら謝っていた。だが謝罪を受けた俺は咄嗟に首を90度横に向ける事になる。俺の動きが不自然な事に気づき女の子も視線を自身の方へと向ける。


「あわわっ! すみません、すみません。見苦しい物をお見せして!」


 転んだ拍子に履いていたスカートが捲り上がり、純白の下着が露わになっている事に気づく。女の子は立ち上がり何度も頭を下げて謝ってくる。

 俺も気まずそうに横を向いたまま。落ちた本を拾い集めて行った。


「もう、大丈夫です。本当にごめんなさい」


「怪我はしてない? 俺の方こそごめん」


 拾った本を女の子に返す。本はシリーズで1巻から15巻迄を大人買いしていた。女の子は眼鏡にマスクを付けていたが、転んだ拍子にマスクは外れて今は装着していない状態だ。

 薄化粧で大人しそうな雰囲気に見えるが、素材は一級品で黒髪で可愛らしい。女の子は恥ずかしそうにしながら俺から本を受け取ってくれた。


「この本は面白いの?」


「えっ?」


「いや、最近漫画なんて読んで無かったから、面白いなら今度読んでみようと思って」


「はいっ! すっごく面白いから読んでみて下さい。私のお勧めです。一番好きなキャラは……」


 社交辞令で聞いてみただけだが、喰い付きの良さに驚いてしまう。その後暫くの間、一人語りが続き正気に戻った女の子は一礼だけしてそそくさと去っていった。


 それにしても驚いたなと、彼女を見送りそんな事を考えている時にイヤホン越しに冷たい声が響いてくる。


「ラッキースケベで調子に乗ってるんじゃないわよ。この変態!!」


 胸ポケットから携帯を取り出すと、醒めた視線を向け蔑んだ表情をしたフェアリーが、画面全体にドアップで映し出されていた。

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