1話
冬の寒さが激しさを増した12月下旬、街の景色はクリスマスを終え正月へとシフトしていた。
俺にとってはクリスマスも正月も特に変わらない。毎日、誰も居ないアパートの一室へ学校やバイトが終わると帰るだけ。強いて言えば、正月の連休はゆっくりと寝る事が出来る位だろうか?
俺はいわゆる貧乏学生、奨学金制度を利用して大学に通っている。親は小さい時に無くなっていて、ずっと親戚の家でに世話になって来た。
大学入学を機に自立を始め親の遺産とバイトで多少の金は在るので今は何とかなっているが、まだ苦労は多く周囲の人々に助けられながら何とか日々を過ごしている。
名前は青井海斗、今年で19歳の大学2年生。少しづつこの生活にも慣れて来ている所だ。
ある日の休日、俺が買い物帰り食料品を入れたビニール袋を下げて帰路についていた時に路地でうずくまる老人を見つけた。
どうやら具合が悪いらしく、胸を押さえて動けなくなっている様ですぐさま駆け寄ると声を掛けた。
すると老人は息苦しそうにしていたが、駆け寄る俺に気付く。
「大丈夫ですか救急車を呼びましょうか?」
「家に帰れば…… 薬もあるから、済まないが連れて行ってくれぬか……?」
そう言って震える指で示したのが3軒程先に建つ洋館であった。距離で言えば20m程度だろう。それならばと老人の体を起して背負うと指さした洋館へ向かう。
家に着くと、老人がポケットから玄関の鍵を取り出し、俺は鍵を使い洋館の中へと入る。
その後、老人の指示で台所へ向かうとコップに水を汲み、引き出しから言われた色の薬を取り出して手渡す。
老人は薬を飲むと症状が少しづつ落ち着き、15分後位には大きく深呼吸をし、ほぼ回復していた。
落ち着いた老人を良く見てみると、年齢は80歳前後だろうか? 白髪で服装は綺麗で良い物を着ており、物腰も柔らかそうで品が在る様に思えた。偉い人かお金持ちなのかと考えてしまう。
「私は小坂賢治といいます。君のお陰で助かったよ。」
「いえ丁度通りかかったので大事にならなくて良かったです。えっと俺は青井海斗です」
「いつもは薬を持ち歩いているんだが、今日はうっかり忘れてしまっていてね。海斗君が通りかからなかったら私はどうなっていたのか……」
「気にしないでください。本当に偶然通りかかっただけなので、それにしてもこの広そうな家に一人で住んでいるのですか?」
この洋館は以前から気になっていた。初めて家の中に入ったが、俺達以外の人の気配は無くシーンと静まり返っている。
家の大きさは普通の民家の2倍位で敷地には庭も設置されており、この家に住んでいる人は外国の人なのだろうかと通りすがりに考えた事があった。
「私には少々勿体ない家ですが、私が居なくなればもう誰も住む事もないでしょうからね」
「身内の方は?」
いきなり失礼な質問だと思ったが会話の流れでついその事を聞いてしまう。言った後で少ししまったと後悔を感じた。
「身内と呼べる者は…… 今は居ません。寂しいものですよ」
老人は笑いながらそう答えていた。
それから俺は自分も一人身だと話すと、お互いが一人暮らし特有の苦労話に花を咲かす。俺は小坂さんへまた訪れる事を約束する。
なぜそんな事を約束したのかと言うと、一人が寂しいと言う事は自分自身が良く解っていたからだ。俺が話を聞いてやって寂しさが少しでも紛れればいいと思う。
それから学校が休みの日やバイト帰りに顔を出す様になっていく。顔を出しても10分や15分、お茶を出してくれた時などは1時間程度、話の内容も身体の調子の確認や互いの昔話などを話したりしていた。
小坂さんは昔、科学者をしていたと言っていた。それを聞いてこんな洋館に住んでいる事も納得する。なんせこの洋館には秘密の隠し部屋とか在りそうな雰囲気を持っており、科学者が住むにはピッタリ当てはまる。
そんな関係が半年間程続いた時に小坂さんから封筒を渡された。
どうやら小坂さんは病気の治療の為にもう少ししたらこの洋館を出て長期入院するとの事であった。
この封筒はお礼だと告げ、最初は貰えないと断っていたが最後は押し切られてしまう。
最後の別れを済ませた後、俺は家に帰り渡された封筒を開いてみる。中身は一枚の手紙とSDカードが入っていた。何故SDカードが入っているのか意味が理解できないので、取敢えず同封されていた手紙に目を通す。
【青井海斗君へ】
私は一人身だと言ったが、実は一人の娘がいてね。
娘と言っても私が以前に作ったプログラムなのだが、実は私はその娘の育て方を間違ってしまい。苦渋の思いで一度消去しているんだ。
だけどやはり手塩にかけ思いを込めて作った娘をこのまま消し去るのが余りにも可哀相で、誰かに託してみたいと以前から探していてね。
海斗君と出会ってから半年間見てみたが、君は誠実で心やさしい。
君になら娘を託せると私は決意した。
無理な相談だがどうか育ててやってくれないか?
もし必要無ければ捨てて貰っても構わない。それが娘の運命なのだろう。だがその時はそのSDカードを粉々に壊して欲しい。
参考までに私が育て方を失敗したと感じた事を記載して置く。
①娘に身体を与えた事。
②娘を叱らなかった事。
③娘を自由にさせた事。
海斗君が娘をどの様に育ててくれるか? 私は楽しみにしているよ。
手紙を読み終えたが、小坂さんが言っている意味が良く解らなかった。手紙に同封されているSDカードに小坂さんが作ったプログラムが入っているらしい。自分で作ったから娘と言うのはなんとなく理解できる。
俺が釈然としなかった所は育てると言うワード、そして小坂さんが失敗した事柄についてだ。
失敗したと思われる事とプログラムがどうしても結びつかない。だが深く考えても仕方ない事で取敢えず俺は今使っているデスクトップパソコンにSDカードをセットしてみた。
「SDの中身はフォルダーが一つだけ……【フェアリーexe】って圧縮掛けてあるみたいだ。クリックすると自己解凍するのかな?」
どうやらこのフェアリーって言うのが小坂さんが作り上げたプログラムみたいだ。
このフォルダーをクリックすればインストールが開始されると考えて良いと思うが、もし色々インストールされるのも少々怖い。そこで今は使わなくなったノートパソコンで開いてみる事にした。
このノートパソコンは今使っているデスクトップの前に使っていた物である。製造されたのは3年前なので一世代前のタイプである。
久しぶりに電源を入れてみれば今でもちゃんと動いてくれた。データーなどは全て抜いてあるので、このノートパソコンなら壊れたとしても悔いはない。
フォルダーをクリックしてインストールを開始する。
「何だって!? 何だこの長いインストール時間は……」
画面上では解凍が始まりインストール終了までの時間が表示されていた。だがその時間が少々おかしい。
「えっと180時間って言うと…… えっ一週間を超えるじゃないか? 何か表示バグとかかな。でもこのまま電源を落とすのも小坂さんに悪い気がするし、一応インストールが終了するまで放置してみるか」
そう決めると1週間後インストールが終わったと思われる頃にノートパソコンを開いてみると、無事インストールは完了しており一人の小さく可愛らしい金髪の美少女がデスクトップ画面で動いていた。
「貴方が青井海斗ね。宜しくね私はフェアリーよ」
スピーカー越しに語られる声は美しく、画面上の少女は着込んだドレスのスカート部分を両手で持ち上げ片足を斜め後ろの内側に引き、もう片方の足の膝を軽く曲げ、背筋は伸ばしたまま頭を軽く下げて挨拶をしていた。